第42話 探り合い
断罪役が大広間に戻れば、緊張が走る。
「さてー。じゃ、幻牢、出して下さいー」
「やっぱ知ってんじゃねーか」
「幻牢が使われてる、って事だけですよー」
「じゃあさぁ、何で狩衣着てんの?」
「あっ! そうですよ! どうして能面まで着けていたのですか!?」
黎明が幻牢の事を口にすれば、青鈍が睨みつけた。すると木槿が疑問を投げかけ、さらに真空まで質問を重ねた。
能面……。この者は、騒動に関係しているのか?
蘇芳の処罰の内容から、やはり相談役は関わりないように思える。しかし黎明はどうにも胡散臭い。
「ちょっとー! 自分が断罪役ですよー! 尋問は自分がするんでー」
「格好は同じだが、声は違うな」
「馬鹿さ加減は一緒ですが」
「裏葉さーん。悪口は聞こえないよーに、お願いしますねー」
黎明が心外だとばかりに目を見開くが、月白と裏葉の言葉にげんなりした顔になった。
「黎明さん。今回は単独ですか? それとも、蘇芳様から?」
「何がですかー?」
「能面は目立ちますが、狩衣はその辺りの妖狐に紛れられますし、何より、今日は応援に来て下さったのが早いなと。それが不思議だったのです」
山吹が話し続ければ、黎明は両手で顔を覆って下を向いてしまう。
「あーあ。めんどー」
黎明はそれだけを言い、ゆっくりと顔を上げ、にんまりした。
「黙秘!」
「俺らには根掘り葉掘り聞くのに、お前はだんまりか」
「それが仕事ですからねー」
「じゃあお前の何を信じて、俺らは話をしなきゃなんねーんだよ」
青鈍が淡々と言葉を紡げば、黎明がぽんと手を打ち、呟く。
「何も」
あまりにも静かな黎明の声が不気味だったからか、皆の憶測が飛び交う囁きも止まった。
「は?」
「何も信じず、話して下さいねー」
「それじゃ話さない、でもいいよねぇ?」
「いいえー。じゃーん! これ、判押しちゃいましたよね? 無理にとは言いませんけどー、話せる事だけお願いしますー」
青鈍が呆気に取られたような声を出せば、黎明は再度、念を押した。それに対し木槿が問えば、黎明は処罰が記された巻物を取り出し、へらりと笑った。
何も信じず、でも巻物があるから話せとは、無理強いにも程がある。
黎明の態度は柔らかに感じるが、内容は酷いもの。そしてもし関係者ならば、青鈍達の返答次第でこの場が戦場と化すかもしれないと、華火の背に嫌な汗が滲む。
しかし、青鈍は普通に話し出した。
「元旦に天狐様の予言が下されてから、ひと月程経った頃だ。お前みたいな格好をした奴から、幻牢と浄衣と大金を渡され、予言の白狐らしき統率者はその送り狐と共に葬れと言われた。それで最初に指定されたのが、この色加美町だ。でも色加美の場合は力を試す意味で安否は問わない、との事だった。これでいいか?」
私達の場合は力を試す、だと?
しかもここへ私が来る事を知っていた。
しかし何故、皆まで……。
お触れが出る前に統率者がどこへ降りるのかを知っているのは、上でも限られた者達。そしてそれを決めるのは、各社の相談役だ。その事実を踏まえれば、蘇芳までもが疑わしい。
だからこそ、華火は誰を信じればいいのか、迷い始める。
すると、何かを探るような目を向け続けていた青鈍に対し、黎明は大きく頷いた。
「よくぞ話してくれましたねー」
「お前が関係者なら、知ってんだろうと思ってな」
「確かにー」
「それと、今のに追加だ。そっちの若い統率者と送り狐も対象になった」
青鈍の言葉に織部が目を見開き、竜胆は動じた様子を見せず、話し出した。
「織部が予言の白狐、といった事は関係なく、という事ですね?」
「みたいだな。入梅前までにどーにかしろって言われたが、なんかあんのか?」
「あー。それはですねー、最近下の狐が騒ぎすぎてー、犬神に目を付けられているんですよー。なのでー、入梅に予定外の総会が行われるんですよねー。あんなの、年に一度で十分なんですけどねー」
織部や竜胆が狙われている事も不可解だが、総会が開かれる前に、わざと騒動を起こすように仕向けたのか?
総会とは、日本に住まう妖の代表者が集うもの。平和な世を保つ為の交流の場であると同時に、お互いの探り合いの場でもあると言われている。
そこで予言の騒動に触れられれば、妖狐は不利な立場になる。そうなれば、種族間で結ばれた契約に、縛りある条件が追加される可能性もある。
けれどそれが狙いならば、同族の足を引っ張るだけ。それすらも華火には理解し難い。
「それで、黎明様はいつまでここにいるのかしら?」
「自分は宮大工が来るまでいますよー」
「その後は、どちらへ?」
「上に戻りますー」
「その後は?」
皆も悩んでいるのか、静まり返っていた。その中で、紫檀が黎明へ問いかけ続け、今度は黎明が黙った。
「あたし達、黎明様が側にいるていで過ごせばいいのかしら?」
「えっとー、それはご自由にー。何かあれば、今日みたいに駆けつけますー。けど、いないていで過ごした方がいいですよー。いつ何が起こるか、わかりませんしー」
「そこははっきりしてくれなきゃ困るわよね、みんな? それにさ、隣の県のこっちの狐達はどーすんのさ?」
「えっとー、隣と言っても、どちらでしょーか?」
「わたし達は五ノ宮の管轄の者ですが……」
「あー……。枯野様のとこかー」
紫檀の質問にのらりくらりと答え続けていた黎明だったが、真空の返答に眉をひそめた。
「うーん……。保留!」
「保留って!」
「取りあえず、蘇芳様に丸投げしちゃいましょー。任せて下さいー!」
「貴方が何かする訳でもないのに、よくそんな事が言えますね!」
「あっ! 真空さん、お腹空いてるんですよねー? だからずっと怒って――」
悩んでいそうな様子はすぐに消え、黎明が笑顔で話し出す。その内容に、皆も呆れ返ったように黙った。
しかし真空だけが対応すれば、話があらぬ方向へ転がり出す。そんな黎明へ、真空が怒りで震えてるのがわかる。そして彼女は我慢の限界を迎えたようで、睨みつけた。
「わたしは貴方に怒っているのです! ふざけるのも大概にしなさい!!」
真空の怒声を受けても、黎明は悪びれもせず、にっこりと笑った。
「真空さん。今日初めてお会いしたのに、自分の事そんなに気に掛けてくれるんですねー」
この言葉に、真空の動きがぴたりと止まる。
だ、大丈夫だろうか……。
華火には、緊迫した空気が流れたような気がした。
次の瞬間、足を踏み鳴らしながら立ち上がった真空が、一気に黎明との距離を詰めた。
「どこをどう受け止めたら、そんな言葉がこの口から出てくるのですか!?」
「やっ、やへぇてー」
真空が黎明の頬を両手で思い切り引っ張れば、彼は情けない声を上げる。しかし黎明のどこか嬉しそうな様子に、華火は止めに入る機会を逃した。
華火が真空をなだめている間、黎明から更に情報を引き出そうと、男狐達は彼を囲んでいた。ここから先は狐同士の問題だとして、白蛇は外で先に眠っている。
そこへ、栃が万屋の他の狸も連れて到着し、一旦話は終わる。
「これ、どないしたんですのん?」
「まぁ、いろいろと、です。栃さん、硝子戸を含むその周辺、至急直していただけますか?」
「まぁ、それぐらいやったら……。見ない顔もありますし、深入りせんときますね」
庭先にいる栃は黎明・竜胆・織部を見ながら、今度は青鈍達へ視線を送る。
すると、月白が栃へ話し掛けた。
「狸。今後、自分達の顔も覚えておけ」
「お兄さん、誰ですのん? なんや聞き覚えのある声――」
栃が問い掛ける中、月白が懐中から割れた狐の面を取り出せば、栃の垂れ目が見開かれた。
「お前! あん時の舐め腐った狐か!」
「覚えていたか。使えん狸だったが、物覚えはいいようだな」
「山吹さん! これ、どないなってんの!?」
栃が動揺しすぎて普段よりも口汚くなっているが、月白は挑発するように嘲笑う。
そして説明を求められた山吹も、あははと笑って受け流した。




