第41話 密事
青鈍は自分が独自の天候を生み出せる事を知らない。そう考え直し、華火は大広間の畳へ手をつき、青鈍の方へ身体を向けようとした。
しかし、山吹の声がそれを止める。
「大きな障りがいたので、動きを弱める為、白蛇さんと華火に天候を操ってもらいました。重ねて掛けた為、光を強く感じたのだと思います」
「なるほど。ではそのように、犬神には説明しておこう」
何だか腑に落ちないが、蘇芳が納得してしまったので華火は黙った。
「さて……。社は酷い有り様だが、宮大工は明朝、ここへ来させる。必要な物は買い足せ。後日、私が賄おう。そして善行を積み直させる名目の保護である為、色加美の統率者と送り狐には、特別手当も付ける」
蘇芳がすらすらと話し出せば、皆が聞き入る。
それが途切れたと思えば、蘇芳の目だけがすっと細くなった。
「しかしまだ、騒動を起こしている者についての話は聞けず終いだ。よって、本日は守り役も含め、黎明を残す。急ぎ伝えたい事があれば、黎明へ。そして、逃げようなどと考えてくれるな。もう既に判を押した後。どこへ身を隠したとしても見付け出せる。では、私は上へ戻り、各々の処理を済ませる。それでは任せた」
「任されましたー!」
話を切り上げ、蘇芳が立ち上がる。その中で、黎明だけが返答した。
それを合図に皆も動き出そうとしたが、蘇芳は首を軽く横へ振る。
「見送りはいらぬ。黎明、今後の犬神への対処だけ伝える」
「はーい!」
蘇芳の横へ黎明が軽やかに駆け寄よれば、話しながら歩き出し、大広間から出ていった。
そこでようやく皆の緊張が解け、騒つき始める。
「なんつーか、今日、どうすんだ、これ?」
「大広間で休んでもらうしかないが、硝子戸がないな。これではゆっくり休めまい。栃を呼ぶか」
「せんりょう、社直してほしいから、栃、呼んできて」
『はいよっ!』
『必要な物はと言っておったな。栃殿が来るまでに、何がいるのか考えねばならぬな』
柘榴が皆を見ながら呟けば、白藍がそう提案する。それを聞き、玄が自身の管狐を召喚し、外へ解き放った。白蛇はその様子を見届け、考えを口にしていた。
「わたし達は各自の社へ連絡しておきましょうか」
「そうしましょう。上からのお小言も届くでしょうし」
「小言なんて可愛いもんじゃねーだろ……」
真空が竜胆と織部へ声を掛ければ、全く違った反応を見せた。
その中で、華火も動く。
「青鈍、と呼ぶが、いいか?」
「何でもいい。これから長い付き合いになる。俺らの事は好きに呼べ」
「そうそう! 青ちゃんとかでもいいよ!」
「ずいぶんと可愛らしいな」
「青ちゃん……。くくっ」
「お前ら、ふざけんなよ」
青鈍へ、自身の天候の事を告げておこうと思えば、木槿がにやにやとした顔を向けてくる。それに月白がわざとらしく驚けば、裏葉が下を向いて笑い出した。それらに対し、呆れたような青鈍がため息をつけば、華火を見た。
「あんな条件でいいのか?」
「いい」
「俺らのしでかした事は謝らねーぞ。今までの事全てが、俺らにとって選ぶべき道だった。だから、許さなくていい」
「それぐらい、切羽詰まっていたのはわかった。だからもう、この話はやめだ。それよりも、私の天候について――」
「しっ」
青鈍と華火の会話を遮るのは、小さな紫檀の声。突然の事だったからか、心臓が跳ね上がる。しかしいつの間にか、他の皆も集まっていた。
「華火、あの妙な天候を使うのはもうやめとけ」
「妙ではない。あれは――」
「この話は、断罪役が帰るまでなし。みんなも、華火の天候については口外しないでほしい。真空さん、竜胆さん、織部さん。もう誰かに話してしまったかな?」
青鈍が言っている意味がわからないまま、華火の言葉を山吹の囁く声が遮る。その問いかけに、真空・竜胆・織部は首を横へ振った。
「詳しい話が出来たらいいんだけどね。今はとにかくこれだけ。華火はご家族にどこまで話してる?」
「そういえば、牡丹姉様にはその後を伝えていない。父様や母様、兄様達には最初に身体が光った時の話までしかしていない」
山吹から問われ、家族に独自の天候が生み出せる事を伝えていないのを思い出す。
「それなら、そのままにしておいて。あとさ、青鈍と木槿はどうして自分達だけ、上に行こうとしていたの?」
山吹が話題を変えてしまい、華火はもやもやしたものを感じたが、口をつぐむ。
すると、木槿が身を乗り出した。
「最期ぐらい、派手に暴れようと思って! 青鈍もそう思ってたでしょ?」
「俺らには身内がいねーからな。迷惑かける奴なんざいねぇし、散々好き勝手してくれた上の奴らに一泡吹かせるのも悪くねーなと思ってな」
青鈍と木槿は軽く笑うが、そんな悲しい事に自分の命を懸けてほしくはないと、華火の胸が痛んだ。
***
「もし犬神が訪ねてきたら、全ては総会にて説明するとだけ伝えればよい」
「はい」
蘇芳が社の入り口の手前で足を止めれば、普段から昼行灯を演じている黎明が、本来の口調で答える。
「ここに、他の者はいなかったようだな」
「幻術も含め、自分が確認した限りでは。それに総会前ですから、皆、そちらに集中しているようです」
「そのようだな。で、今回保護した者達だが、全てを聞き出す事は難しいだろう。何より、上には不信感しかないはずだ。しかし、古い幻牢だけは回収せよ」
「はい。回収した幻牢はどうされますか?」
「時期が来るまで、私が預かろう」
蘇芳の言葉に、黎明が頷く。
「あとは、待つばかりですね」
「こうも早くここへまとめる事ができたのは、黎明のお陰だ。しかしこの先は、我慢比べになるかもしれぬ。心してくれ」
蘇芳を見つめていた黎明の顔が曇れば、静かな声を吐き出す。
「蘇芳様こそ、お気を付けを」
「黎明よ。自分の身だけを案じておけ。何かあれば、すぐに知らせを」
「……はい」
「明日一度、幻牢を私の所へ。その後、鈴書でも伝えたように、総会が終わるまでここの監視を任せる。総会の内容次第で、今後の動きを考える」
無言で頷く黎明を見届け、蘇芳は管狐へ乗る。
すると、無気力な黎明へと戻った。
「蘇芳様ー。宮大工が来たらそちらへ行きますねー」
「あぁ。自室で待っている」
お互いに微笑み、蘇芳は飛び立った。




