第39話 断罪役と見廻役
見知らぬ男狐の紺の目が鋭くなった気がすれば、華火から送り込まれる力が消えた。その間に、狩衣姿の白狐が白藍から離れ、真空を地面へと下ろした。
「えっとー、自分、三ノ宮の下っ端断罪役、黎明っていいますー。なので皆さん、ご協力お願いしますねー」
断罪役!?
裁きを下す者が現れた事、そして自分達の地域を管理する大社、三ノ宮からだという事実に驚く。そこには、相談役の蘇芳の意思があるように思えた。
真空が連絡したにしては、到着が早すぎる。
蘇芳様から、別の指示があったのか?
何故自分達も動きを封じられているのかわからないまま、思考を巡らせる。
そして断罪役とは、忍び装束が正装。だからこそ、狩衣姿なのも気に掛かる。
けれどもう、身体を動かす事もできず、白藍の頬を汗が伝う。
「ではですねー、あ」
「ごごご、御用なり!!」
「……失礼。御用改である」
黎明が間抜けな声を出せば、後方から女の甲高い声と、聞き覚えのある男の冷ややかな声がした。
「我ら犬神、通報を承った。狐、ここ最近、何を騒いでいる?」
やはり通報されていたか。
この声の主は、色加美町の担当の見廻役だと、白藍は確信する。
そして、元々公園にいた者は動きを封じられている為、ここでその犬神の質問に答えられるのは黎明のみ。だから事情を話す為に、黎明が声のする方へ歩き出したのだろうと思えた。
「えっとー、それー自分もー、しーりーたーいー! んですよー」
こんなふざけた態度を取るのは、黎明という白狐、本当に下っ端なのだな。
これでは向こうのお役目を妨害する行為になり、まとめて捕まる。
どうにか動けないものかと奮闘するが、目以外、ぴくりとも動かない。先程僅かにでも動かせたのは華火の力のお陰であったのだろうと、改めて彼女の凄さを実感する。
竜胆と織部が龍笛の影響を受ける中、自分達は今回も何もなかった。
契約は発動されていない。しかし、力が湧いたのは、華火自身の金の光の影響からだろう。
そんな彼女との結び付きが強いからなのか、または、特別なのか。
華火は普通の白狐だ。むしろ、弱い部類。天候がある程度持続すれば、術者としては強くなるだろう。しかし白藍は、ある予想を立てた。
まさか、華火が予言の――。
黎明と犬神が話し続ける中、白藍は考えを浮かべようとした。しかしそれを遮るように、男犬の声が大きくなった。
「貴方と話していても埒が明かない。この場は我らが預かる。お帰り願おうか」
「いやー、それはちょっとー。自分の仕事ですからー。狐の事は狐でやりますのでー」
「あのあの! あたし、新入りですけど知ってますよ! 断罪役なのにその格好でお役目っておかしいですよね!? あなた、何か隠し事があるでしょ! 嘘の匂いがします!!」
「げぇー。何それーって、犬神さんだもんねー。その特技、羨ましーですー」
話し合いが進まず、酷い有様だ。
白藍の目の前にいる銀の目の男狐も同じように思ったのだろう。目線が呆れたように軽く上へ動き、元の位置に戻った。
「ともかく、我らの上へ指示を仰ぐ」
「ややっ! それはご勘弁をー! それってー、犬神さんしか調べられなくなりますしー!」
多少苛立ちを含んでいそうな声に対し、黎明もようやく焦り出したようだ。しかし、これはもう犬神預かりになるのが確実だと、白藍は半ば諦める。
すると上空から、華火の声が響いた。
「皆、いったい何が起きたんだ!?」
他の声も白藍の耳に届き、仲間が来た事を把握した。
***
人間が作る光を目立たせるように、夜の色が濃くなっていく。その空を、華火を乗せた管狐が全力で駆ける。途中、何が起きてもいいようにと、男狐達が周りを囲ってくれている。
真空はこちらへ向かっていたはずなのに、どうしていない!?
山吹に探索の術を使用してもらったが、やはり四季公園からしか強い霊力の反応がないとの結果に終わる。あまりに微弱だとわからないらしく、それでも術を発動し続けながら移動してくれた。
しかし、あれだけはっきりとわかっていた四季公園の霊力が消えてしまったと、山吹が皆へ告げた。
皆、無事でいてくれ!
決着がついたのかは、わからない。そして真空は別の道を使ったのかと、華火は焦る。
そんな中、ようやく四季公園に辿り着けば、異様な光景が目に飛び込む。
皆、どうした――。
敵も味方も置き物のように、微動だにしていない。その中に真空も見付け、華火は叫ぶ。
「皆、いったい何が起きたんだ!?」
「……あ」
けれど華火の声に反応したのは、狩衣姿の白狐。面を着けてはいないので、青鈍が言っていた者ではないと思える。その白狐の対面には、二匹の犬神の姿がある。
それらを見ながら、華火は管狐から飛び降り、真空へ駆け寄ると抱き起こした。
「真空、無事か!? 柘榴も白藍も、何故動けなくなっているんだ!?」
悔しそうに細められた真空の青い瞳に、涙が浮かぶ。それを掬いながら、柘榴と白藍に目を向ければ、彼らの目線が横へと動く。
「あー、うーん……。ま、いっか」
狩衣姿の男狐がそう呟けば、動きを止められていた皆が脱力したように崩れた。
そして華火の腕の中で、真空が小声で話し出す。
「華火、あの男狐、断罪役だけど、変なの」
「断罪役!? もう上からの応援が来たのか」
「違うの。最初から、いた、みたい」
胸に手を当てながら必死に喋り続ける真空の言葉に、華火は先程の認識を改める。
青鈍が言っていた奴、なのか?
それにしてはやる気のなさそうな素顔を晒しているなと、華火は疑問を抱く。
「とにかく、怪我を治します。みんな、真空さんのところに集まって下さい」
いつの間にか華火の後ろにいた山吹が声を張り上げながらも、狩衣姿の男狐を見ている。
すると、紫檀が歩き出した。
「あら? 朝日さんと小春ちゃんじゃない!」
紫檀が親しげに名を呼ぶ。
その時、山吹の赤みの強い鮮やかな黄色の癒しの炎が、四季公園にいた者達を包んだ。その暖かさを感じながら、華火は紫檀が話し掛ける先の、光に照らされた男女の犬神を見つめた。
どちらも黒い軍服姿に肩マント。これはお役目のある犬神の正装である。彼らは仲間意識を高める為、装いを揃えているそうだ。
朝日と呼ばれた背の高い男犬は立ち耳。そして、狐よりは毛量の少ない尾。
それらと同色の黒茶で頬の横まである前髪は横分けされ、襟足だけが長い。眼鏡をかけているが、その向こう側にある黒い瞳の眼光は鋭く、冷たい。
そして、華火よりも背の低い小春と呼ばれた女犬は垂れ耳で、短めの尻尾。
こちらも同様に、それらと同色の薄茶のくりくりの髪は肩までの長さ。大きな黒い目は潤んでおり、こぼれ落ちてしまいそうだ。その瞳は、紫檀だけを見つめている。
「紫檀さんがいるという事は、そちらにいる浄衣の狐は本物の送り狐、という事でよろしいか?」
「そういう事! もしかして、見廻役に誰か通報したのかしら?」
「そうです! けど、その他は……?」
朝日の問いに、紫檀が明るく答える。しかし小春がおずおずと尋ねれば、山吹の近くにいた竜胆が振り向いた。
「私は送り狐の竜胆と申します。こちらは統率者の織部。こちらの女狐も統率者で真空さんといいます。この三匹だけは隣の県の者なので、お手を煩わせそうですね」
「管轄外だが、致し方ない。巻き込まれた、という事でよろしいか?」
「そのように、私達の管轄の犬神さんへお伝え下さい」
竜胆が対応している間、織部と華火の目が合う。大丈夫だったか? と小声で問えば、親指を突き立て笑ってくれた。
「あとは……」
「あとはー、野狐、ですよー」
「野狐……。もしかしてあなたも野狐じゃないですか!? 狩衣だし!」
「えぇー!? 野狐が断罪役とかー、嘘をつく意味がないじゃないですかー!」
「だってあなた、断罪役っぽくない!」
「酷いっ!!」
確かに、断罪役とは思えぬ言動ばかりだか、先程の術はきっと封だ。しかも複数の動きを止められる者は、それを得意とする断罪役ぐらいだろう。
ならば、断罪役が今回の騒動に絡んでいるのか? 何故? それより上は相談役だけ……。まさかな。
それに、黎明という男狐は本当に知らなそうにも思える。しかし、真空が最初からいたと言った意味も気になる。
それにしても、もし、とぼけたふりをしているのなら、相当な曲者、という事になるが……。
小春の呟きに黎明が答えれば、また話が逸れていく。けれど華火は黎明を見極めようと、必死で様子を観察する。他の者はどう考えているかわからないが、それでも皆の視線も断罪役へ注がれている。
そこに、別の声が割って入った。
「朝日先輩! 小春! この件はもう狐さんに任せて、撤退!!」
声の方へ振り向けば、真っ黒な犬の式神に乗る、同じ見廻役だと思われる男犬が凄い速さで駆けてくる。それが朝日の横へ止まれば、犬の式神は彼の影へと潜った。
「茶々丸、説明を」
「えぇっと、狐さんの上が来ちゃいまして……」
朝日と同じ程の背丈の茶々丸が立ち耳を伏せ、巻き尾を力なく垂らした。けれど、赤茶の柔らかそうな短い髪が乱れるぐらい顔を振れば、凛々しい目に前髪がかかる。それを払い退け、意志の強そうな黒い瞳で朝日を見た。
「失礼があったらまずいので、俺が先に様子を確認がてら、事情を説明しに来たんすよ」
「その事情とやらを私が知る前に、お越しだぞ」
茶々丸が話し終えれば、朝日が上空へ視線を向けた。それを、華火も辿る。
「狐の事で犬神殿を手間取らせたようだな。今よりこの場は三ノ宮の相談役、蘇芳が預かる」
夜の空に浮かぶのは、管狐に乗る深い緋色の衣冠を身にまとう蘇芳の姿。普段はきっちりと結い上げている朱の髪を下ろし、力強い声を響かせた。




