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第26話 金の光

 後ろで見守るように存在する大楠の葉音だけが、華火の耳に届く。

 鉄扇の向こう側には、微動だにしない織部。しかし華火の変化によって、彼の目が大きく見開かれた。


「お前……」


 織部の呟きが華火の耳を掠める。けれども考えは中断する事なく、まとまる。


 私の仲間を、そして、自分の統率者を、何故侮辱するのか。


 許せない。それだけが華火の頭の中を一色に染める。

 それと同調するように、華火の身体は輝きを増す。

 その時、降り注ぐ陽の光がはっきりとした金の色へと変化した。


「なん、だ、これ……」


 織部がぎこちなく身を引く。

 顔は上へと向き、金の光を浴び続ける。

 すると、つうっと、織部の瞳からひと筋の涙が頬を伝った。


『これは……。引き出されたこの感情は……』


 織部の様子に華火の気が鎮まる。そして、金の光も消えた。

 他の者の騒めきが聞こえる中、白蛇の声がやけにはっきりと響いた気がした。


「おれは……」


 涙を拭う織部の様子がおかしく、華火は問いかけようとした。

 しかし、寝ていたはずの送り狐達の声がそれを止める。


「華火、何があった!?」

「これはどういう事だ」

「……誰だ、こいつら」


 縁側へ目を向ければ、浴衣が着崩れたままの柘榴。怪訝そうな顔の白藍。そして玄は目を擦りながらも、睨みを利かせている。

 しかし不思議な事に、ここの送り狐達だけが、胸を押さえている。


「おや。これは聞き及んでいませんでしたね」

「これが華火の力か。なるほどねぇ」

「今の光が、わたしの中に溶けて……」


 竜胆の淡々とした声と、牡丹の楽しげな顔。そして真空の目がこれでもかと見開かれている。


「くそっ……」

「もう、いいのか?」


 涙を拭い終わった織部の手甲は、炎が消えていた。だからこそ、戦う気力が失われているのがわかる。

 そんな織部へ、華火は今の戦いで感じ取れた事を伝えた。


「織部は凄く強いのだな」

「……慰めはいらない」

「いや、本心だ」

「……そうか」

 

 先程拳を交えたのもあり、華火は織部の名を自然に呼び捨てた。けれども彼はそれを咎めない。代わりに、しっかりと目を合わせてきた織部の視線を受け止め、口を開く。


「私は全く術が発動できなかった。だからこの勝負は預かりだ」

「そこは負けとか言わないのかよ」

「負けたと思わなければ、負ける事はないからな」


 ぷっとお互い吹き出せば、音もなく竜胆が側へ来た。


「すっきりしたようで。よかったですね、織部。華火様、申し訳ない。あまりにも焦ったいので、少々刺激させていただきました」

「あれはわざとか?」

「えぇ。他の方の敷地であんな言葉を吐くのは、ただの阿呆ですからね。何より、問題児と謳われる送り狐さん達には、睨まれたくないので」


 竜胆がちらりと視線を送る先には、鋭い視線を向ける皆の姿。彼の胸の内もわかった今、警戒する必要はないとの意味を込め、華火は首を横に振る。


「指南所の幻牢を作り替える切っ掛けとなった、あの事件の渦中の狐さん達ですからね」

「あの事件?」

「おや。余計な事を言いましたね」


 糸目を薄っすら開けた竜胆は、悪びれもなく言い切る。そして続けて、言葉を紡いだ。


「うちの織部はですね、自信がないのです」

「――っ! 黙れ!!」


 ずっと静かにしていた織部が弾かれたように顔を上げ、竜胆に掴みかかる。


「『お前のような者は心配せずとも、あの悪評の立つ華火とは違い、名すら知れ渡る事はない』、でしたかね。私達の上の者が常々織部に言い聞かせていたのは」


 身長差がある為、竜胆は簡単に織部を押さえ込む。


「それを間に受けた織部は、見ず知らずの華火様に焦がれた。可愛いらしいでしょう? うちのは」


 顔を真っ赤にしている織部が、怒りで震えているように見える。しかし竜胆は、笑っていた。


「織部、もう一戦するか?」

「何だよ、急に」

「いや、よくわからないが、私に勝てば心が晴れるなら、全力を出してくれ」


 急な誘いに驚いたはずの織部が軽く微笑む。しかしその笑みは、どこか痛々しい。

 言葉に傷付けられる痛みは、嫌な程味わった。だからこそ、華火は織部を気に掛ける。


「心は……、今、晴れた」

「今のでか?」

「おれの本当の気持ちを思い出せた。だからもういい」


 そこまで激しい戦いをした訳ではないが、織部の顔付きは晴れ晴れとしている。

 それに安堵しながらも、華火はおずおずとある提案を口にした。


「そうか。ならば時間のある時で構わないのだが、鍛錬に付き合ってくれないか?」

「鍛錬?」

「あぁ。織部は強い。私はもっと強くなりたい。だから、統率者に成り立ての者同士、共に成長したいと思っては、いけないか?」


 窺うように織部の顔を覗き込めば、彼は暗緑色の瞳を彷徨わせる。


「おや。華火様は積極的なお方でしたか。織部はあげませんよ?」

「いっつもいっつも……! お前は黙っとけ!!」


 織部は押さえ込まれていた拳を何とか突き上げたが、竜胆は笑みを崩す事なく、片手で受け止めた。


 ***


 どうやら真空と織部達の担当区域は近いようで、連れ立って帰っていた。管狐での伝達も可能にしてある為、これからは離れていてもやり取りができる。

 真空は華火の力について話したかったようだが、これ以上の長居は迷惑だとして、『初心を思い出せた』との言葉だけを残していった。


「華火の力は天候を操るもの。だけどね、特殊な天候も操れるようだね」


 牡丹が自身の管狐に乗れば、朗らかに笑う。


「特殊な?」

「そうだ。真空の言った通り、あたしも初心を思い出せた。感謝するよ。その他の変化はここの皆で話し合うといい。白蛇様も何やらわかっているご様子。何より、華火の力の影響が強く出ている送り狐達とね!」


 弾む声を出す牡丹が管狐を撫でれば、空へ飛んだ。


「華火のその力は、統率者になる者には欲しくて欲しくて堪らない力だろうね! 自分で答えを見付けて、その力を扱えるようになるんだよ!」

「牡丹姉様、ありがとう!」


 自分で気付く事が大切だと、華火の家族は考える。今回も鍵となる言葉だけを置いて、牡丹は飛び去った。

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