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第25話 進む為の勝負

 面識がない白狐の男狐が噂を頼りにここまで来た事に、華火は驚きを隠せない。何より、恨めしい顔で睨まれている意味もわからず、言葉に詰まる。


「おれの名は織部。いざ尋常にしょう――」

「勝手な行動は慎んで下さいますようにと、散々言ったはずですが?」


 織部と名乗る男狐の背後にすとんと降り立つのは、浄衣に身を包む長身の白狐の男狐。白く長い髪は後ろで一本に結われている。


「なっ!?」

「私の尾行に気付かないとは、まだまだのようで。さっ、帰りますよ、と言いたいところですが……」


 驚く織部をそのままに、糸目の白狐が軽く目を開き、こちらへ顔を向けた。その薄い青紫色の瞳からは、何の感情も読み取れない。


「うちの織部がすみませんね。しかし、このもこので事情がありまして。なのでここはひとつ、胸を貸してくれやしませんか?」


 何の話だ?


 今度こそ、噂とは役立たずの事だろうと思えた。だからこそ、胸を貸すとの言葉の意味がわからない。

 そこへ、真空の声が響く。


「あれ? 竜胆りんどうさんがどうしてこちらに?」

「おや、真空さん。お久しゅう。うちの新しい統率者が悩めるお年頃のようで、子守です」

「おれはもう子供じゃない!!」


 慌てて玄関から飛び出してきた真空が、困惑している。けれど顔見知りのようで、前髪を右斜めに切り揃えた竜胆の糸目がさらに開かれた。そんな彼に真顔で言い放たれた言葉に、織部の顔が朱に染まる。



 どうしたものかと困り果て、華火は申し訳なく思いながらも、紫檀を起こした。送り狐の中で彼はまとめ役でもある為、つい頼ってしまう。それに次ぐのが山吹。彼の場合は、お役目時の司令塔でもある。


「あのねぇ……。こちとらお役目終えて、もうひと眠りしたいところなのよ」

「すみませんね、紫檀さん。でもほら、結界壊すわけにもいきませんし」


 揺り起こした華火に対し、化粧を落としたはずの紫檀の笑みはどこか妖艶さがあった。けれど、寝惚けていたようで抱き寄せられ、『どうしたんだ?』と甘く囁かれる。

 しかし事の次第を伝えれば、すぐにいつもの紫檀へ戻った。

 そんな彼は今、庭先で仏頂面のまま竜胆と向き合っている。紫檀と竜胆は共に背丈が高く、華火は威圧感を覚えた。


「で、牡丹様も白蛇も、許可したのよね?」

「あぁ。華火がさらに強くなったのを、あたしも見たいんだ」

『そこの童子が思い詰めた顔をしておった。ならばその望みを叶えるのがよろし』

「おいっ! そこの蛇! おれの名は織部だ! 童子じゃない!」


 華火の後ろにいる牡丹が笑いながら答えれば、その横にいた白蛇も頷く。それに対し、織部が怒鳴り散らす。よほど子供扱いされたくないのだろうと、華火は感じ取った。


「おい、織部。上からの伝達は知ってるわよね? 今は不審者、特に浄衣を着ている奴がいれば、中には入れない。だからね、今回は感謝なさい」


 敬称を取っ払い、紫檀が見下ろすように織部の勝気な暗緑色の瞳を見据える。


「勝負は一度きりだ。それで充分だ」


 織部も紫檀を見上げ、言い切る。

 すると、華火の隣にいた真空が一歩前へ出た。


「今一番せねばならない事は、統率者として送り狐との絆を深める事です。しかし、それよりも華火との勝負を望まれる理由は、わたしにはわかりません。そして見たところ、その手甲てっこうが貴方の得物。全くの畑違いでしょうが、それでも勝敗を決める事を優先されるのですか?」


 穏やかで優しいはずの真空の声が、凛と響く。だからこそ、真空が同じ統率者として問うているのがわかる。


「おれはここから先へ進みたい。だから、華火には負けてもらう」


 織部がそう言い切れば、華火を睨み付けた。


「ここ、というのは何かわからないが、私も随分と長い間、同じ場所を歩いていた。だからこそ、受けて立つ」


 私も動けたのだ。

 きっと織部様も何かに苦しめられているのだろう。

 ならば、その足枷を外す切っ掛けとなろう。


 そう心に決め、華火は母から譲り受けた鉄扇に触れた。



「華火が決めた事なら、僕は何も言わない。けれどね、僕達の統率者が危険だと判断したら、強制で止めるからね」


 勝負をするのなら傷を癒せる山吹も必要だと、紫檀が無理矢理連れてきた。けれど山吹は怒る事なく、この地にお互いの力の影響が出ないようにと、結界まで張ってくれた。


「わかった。そうならないよう、努力する」

「ふん。すぐに方を付けてやる」


 庭の中央で対峙する織部が華火を睨みながら、指先だけは覆われていない黒鉄色の手甲へ触れる。それはすぐに、彼の瞳と同色の暗緑の炎を宿す。

 そして見守るように縁側の前で控えるのは、紫檀・山吹・牡丹・真空。そして、とぐろを巻く白蛇。その横に竜胆が立つ。


 お互い間合いを十分に取る。

 大楠の葉の囁きすら聞こえない程の静寂が、一瞬、訪れた。


「始め」


 時を動かしたのは山吹の声。


「てんこ――」


 接近戦に持ち込まれないよう、華火は天候を操る予定だった。


 速い!


 術を発動する前に、織部は間合いを詰めてくる。


「ちっ!」


 華火の左頬を、刃物を当てられたような風が走る。舌打ちをした織部の様子から、この一撃で決めようとしていたのは確実だ。


 私の動体視力は家族やここの皆に鍛えてもらっている。だが、反撃が――。


 思考を遮られるように、すぐさま織部の右手が華火の脇腹を狙う。


 動け、私の足!


 目と動作が一致せず、それでも華火は何とか横へ逃れ、鉄扇を引き抜く。華火の霊力も同時に送れば母の霊力が共鳴し、淡い桃色の炎をまとう。

 そして衝撃を感じながらも、織部の攻めを止められた。


「役立たずなら役立たずらしく、下へ沈め」

「私の名は役立たずではない」


 織部の目が悔しそうに細められれば、彼の拳に力が入った。それを感じ、華火は受け入れるように鉄扇を引く。

 すると織部は姿勢を僅かに崩した。その隙に、華火は大きく距離を取り、鉄扇を広げた。

 しかしまたすぐに、織部もこちらへ跳ぶ。


 速さも力もある。

 だが、鉄扇を広げれば防げる。


 もう、役立たずと言われても心が痛む事はない。むしろそれが原動力となり、応戦できている。

 だがこのまま膠着状態が続けば、体力の無い華火が不利になる。


 何か手立ては……。


 負ける事が、織部の為なのかもしれない。

 しかし、本気でぶつかり合ったからこその勝敗でないと納得しないのではないかと、そんな考えがよぎる。

 そして何より、自由に体を動かせるようになった自身の実力も試したくて、華火はただ負ける事を拒んだ。


 どうにか間合いを……。


 術や天候を確実に操るには言霊が必要。ならば、その時間を作り出さねばならない。

 しかし織部はずっと華火から離れず、お互いの獲物がぶつかり合う音だけが虚しく響く。

 そこへ、竜胆の声が割って入る。


「あんたら、それが本気でしょうか? ここの送り狐さん達は問題児と謳われているが、役立たずと名高い華火様が来た事で、謳い文句により一層磨きがかかりそうですね」


 意味が理解できず、華火の動きが止まる。


「その役立たずに何もできない織部も、上にいた時と変わりないようで。所詮、口だけ」


 竜胆から吐き出され続ける言葉に、織部も目を見開く。


 今、誰を馬鹿にした?


 華火が理解するより早く、自身が淡く輝き始めた。

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