第24話 噂
姉の牡丹との話が落ち着く頃合いを見計らったかのように、華火の寝巻を着た真空が大広間へ現れた。華火と背丈がほぼ同じ為、浴衣を貸せている。
そして次は牡丹が湯浴みへ向かい、華火と真空だけの時間となる。
「この最中、絶品だな」
「でしょう? 福招きはですね、この餡が美味しいんです!」
化け猫が経営する福招きは有名な和菓子屋。
招き猫の形をしているのが特徴で、黄金色に輝くふっくらとした白小豆は食べ応えがある。しかし味はあっさりとしていて、独特の旨味を伝えてくる餡がとても美味しい。
「下にも様々なものが溢れていて、飽きないな」
「わかります。なので、華火様の笑顔が見られるのであれば、真空、また差し入れを持って参ります!」
縁側から入り込む緩い風を感じれば、隣に座る真空が満面の笑みを向けてくる。
「いや、差し入れはいい」
「そんな!」
「それがなくとも、私は真空様とお話するのが、楽しい」
真空とは今日が初対面。しかし、彼女のまとう空気が心地良く、華火の話し方は普段通りとなっている。それに対して夕餉の最中に詫びれば、『そんな事は気にしないで下さい』と、笑ってくれた。
「やはり、華火様は素敵な方です」
「どこがだ?」
「わたしはこんな性格なので、嫌厭される事の方が多いのです。しかし、可愛いやら美しいやら噂を聞くと、いても立ってもいられなくて」
先程までの笑顔が、ほんの少し曇る。
けれど、華火を見る目は変わらずに力強い。
「ですから、そんなわたしと話すのが楽しいなどと、そう思って下さる華火様は素敵な方なのです」
「それは真空様の方だろう?」
華火の言葉に、今度こそ真空の笑顔が消えてしまった。
「何故でしょうか?」
「私の噂は知っているはず。それでもこのように接してくれるその真空様の心に、私は救われている」
真空の気分を害しているかもしれないが、じっとこちらを見つめる青い瞳としっかり目を合わせ、華火は心を伝えた。
「そのような過分なお言葉をいただけるなんて……。やはり、噂の立つ方は違いますね」
「私は嘘は言わない。それと、真空様はどうして噂を気にするのか?」
傷を付ける噂に興味はないはずの真空が、その他の噂は信じるのか。それが、華火には不思議でならなかった。
「わたしにはない強さを、持っている方だからです」
僅かに微笑みながら、真空がゆっくりと言葉を紡ぐ。
「誰しも強さを持っています。しかし、噂が立つというのはまた別格。たとえそれが毒花のような害のある魅力だったとしても、その心に宿る強さの表れだと、わたしは思うのです」
静かに言い切った真空へ、華火は首を傾げた。
「そのようなものの見方ができるのが、真空様の強さなのだろう。だからか。そんなに澄んだ目をしているのは」
大きく見開かれた瞳を覗き込むように、華火は顔を近付ける。
「空の青さをそのまま宿したような目の色は、真空様の心のようだ。相手の芯となるものを見つめ、包み込むように思えて、私はただただ真空様の事が知りたくなった。それはきっと、真空様の強さに惹かれているからだ」
驚かせてしまったのか、真空の反応がない。それでも華火は、最後まで想いを伝える。
「噂が立たずともこんなに美しい女狐はいる。真空様はもっとご自身をよく見つめる事だ。強さに惹かれるとは、同等の強さを持つ者なのだと、私は思うぞ」
吸い込まれてしまいそうな程、青すぎる瞳に直接触れる事はできない。だからそっと、目の下の白い頬を撫で、微笑んだ。
すると、真空の顔が真っ赤に染まる。
「やっ、あのっ、そのっ!!」
「あ、すまない。ついその青い目が綺麗で、触れたくなってしまって……」
「そ、それはいいんですけど、いや、心臓に悪いと言いましょうか……」
「そうだな。勝手に触れて、申し訳なかった」
何をしているんだ私は。
友を知らず、つい家族と同じように接してしまった事に、華火は後悔する。
すると真空は、ぶんぶんと首を横に振った。
「いいのです。わたしが動揺しすぎました。ですがその、華火様のお言葉も嬉しすぎて、余計に恥ずかしくなってしまったようで……」
まだ顔を赤らめたままの真空が可愛らしく、頬が緩む。
「お互いの強さに惹かれ合った者同士、これからも仲良くしてくれると嬉しい」
「……はいっ! 真空、華火様に嫌われてもお慕い申し上げます!!」
物凄い勢いで両手を掴まれたが、その温かさが真空の心のようで嬉しくなる。
「では、堅苦しいのはやめだ。それに嫌うなどと、そのような事はない。何せ真空は私の初めての友だ。だから私の事は華火と。そして話し方も崩してくれ。あ、今、勝手に呼んでしまったが、真空と呼んでいいか?」
「是非に!! まさか華火さ……、華火と、友となれるなんて、嬉しい」
真空の青い瞳が嬉しそうに細められ、華火も笑みを返した。
***
華火の部屋は家族のみ出入りできる術が掛けられている為、真空は入れない。なので、華火・牡丹・真空は共に大広間で眠った。
結局、華火の力の事はわからないままに、朝を迎える。
そして、円卓の上にはいつの間にか紙があり、『自分達の事は気にせず、ごゆっくり』との文字が書かれていた。
そこで初めて、皆がもう眠りについている事を知った。
「まっさか朝餉まで用意してくれているなんてね」
「本当ですね。直接お礼を言いたいところですが、そこまで長居するのは申し訳ないですから、またの機会に」
牡丹と真空が帰り支度を済ませれば、白蛇が存在を主張するように、縁側の向こうから鎌首をもたげた。
『ここに来客など滅多にない。そして宿泊までする者はおらん。だからこそ、またのお越しをお待ちしていますぞ』
「そのお気持ち、有り難く頂戴します」
「わたしも、また華火に会いに来ますね」
「その時を楽しみにしている」
縁側へ向かい、牡丹と真空がそれぞれの言葉を白蛇へ告げる。華火はその背中へ声をかけた。
すると、入り口の方から大きな声が響いた。
「たのもう! 噂の華火様はおられるか!」
名を呼ばれ、華火は縁側から外へ降り、声の主を見る。
「まさか、わたし以外にも噂の確認をしに……?」
真空の驚くような声を聞きながら、華火は白狐の男狐に声をかけた。
「華火は私だ」
「お前が、華火……」
背丈は程々にあり、白衣白袴を着用している。
白く短い髪は癖があり硬そうに見えた。
しかし、腕白そうな顔が一瞬にして歪む。
そして、深みのある暗緑色の瞳には、敵意が宿った。




