指南所での生活
玄達は診断師に適性を調べてもらい、振り分けられた。それが皆同じ送り狐だったので、玄は内心驚く。
赤狐や白狐は神社へのお役目に就く事が多い。上でのお役目も多岐にわたる。もしお役目に就く力がなかった場合は、善行の積み直しだ。
その中でも、送り狐に選ばれる者は少ない。だからこそ、縁を感じた。
騒いでいた銀狐達も仲間だとわかり、自然と目立つ者同士、共に過ごすようになる。
鍛錬を積む事で仲も深まり、居心地の良い関係を築けていた。
そこへ、変化が訪れる。
「紫檀よぉ、お前、凄いな」
「いいよいいよ! やるなら徹底的にやった方がいいから!」
禊を終え、朝餉に向かえば、狐達がざわざわしていた。
その視線の先には、三匹の男狐。
腹を抱えて笑う青鈍と木槿に絡まれているのは、化粧を施し、編み込む髪に紐の飾りまでつけた、女狐のような姿の紫檀だ。
「そうよねぇ。やるならとことこんやらないと気が済まないのよぉ」
話し方も変わり、玄はぞっとした。
「紫檀、自分に言った言葉を忘れたのか?」
「何かしら?」
「『そんなの言わせておけ。で、実力で何も言わせなくしてやれよ』と、言ったではないか」
「そうね、言ったわ。でもね、それでもあたしにやっかんでくる奴が多いから、お望み通りにしてやったわけ」
玄と共にいた白藍がそう話しかければ、紫檀は辺りを見回しながら答えた。
誰だ、紫檀を怒らせた奴は。
玄も同様に周りに視線を巡らせながら、その相手を憐れむ。
紫檀は一度決めた事をやり通す。
だからきっと、これからもっと強くなる。
そんな事もわからないなんて、馬鹿な奴。
紫檀に羨望する暇があるのなら己を磨けと、玄は心の中で呟く。
その時、遅れて来ていた柘榴と山吹を視界に捉える。
「お前……、紫檀か?」
「そうよ! どう? 似合う?」
「似合ってるよ。紫檀はやっぱり器用だね」
「山吹は良い奴ねー! 玄なんて何も言ってくれないのよ?」
柘榴があんぐり口を開ければ、紫檀はにこりと微笑む。そんな彼に山吹が本当に感心したように頷けば、紫檀がこちらを見た。
「……よく、似合って、る?」
「何で疑問形なのさ!」
あははと笑い出す紫檀の顔は、無理をしているわけではないのが伝わる。
だから玄も、そんな彼を受け入れた。
***
月日は流れ、基礎的な事から送り狐のお役目に必要な鍛錬へと移る。
それが今までとは違い、実戦を想定したものになりつつある。
その結果、玄には恐れの感情が芽生えた。
助けになれるのは、嬉しい。
だけど、俺の力は消滅。
その力を使う資格が、本当に俺にあるのか?
鍛錬は思った以上に厳しく、疲弊し、いつも朝まで起きる事はない。そんな毎日だったが、今日知らされた今後の実技の内容に、いつもの眠気が訪れない。
ついに、送り火を障り相手に使うのか。
魂を送る先は無。それは救いにならない。だからこそ、それを実行すれば後戻りが出来ないと、迷いが生まれる。
その心を、同室の山吹・青鈍・木槿へと、ほんの僅かにもらした。
すると、青鈍の態度が変わった。
『そんな事で悩んでんのか。せっかくの消滅の力だろ? なら、どうにか使いこなせるようにしてやるよ。任せとけ、黒狐様』
冗談のように名前の呼び方を変えていたが、目には明らかに侮蔑の色が浮かんでいた。
『悩む気持ち、わかるよ。でも送るには、戦う事が必要なのもわかる。それでも僕は、誰も傷付けたくない』
玄の気持ちに寄り添うような言葉を告げてくれたのは、山吹。それなのに、今度は木槿の態度がおかしくなった。
『それ、本気? 現実はそんなに甘くないよ』
いつも楽しげな顔をしている木槿から、表情が無くなる。そんな彼を、青鈍が無理やり部屋から連れ出した。
俺の心の弱さのせいで、絆が壊れた。
気にしなくていいと山吹は言った。戻ってきた青鈍と木槿の態度も、戻ったように思えた。けれど、空気が違う。
そのせいで、あんな事――。
***
その先は思い出してはいけない、記憶。
それをまた夢で見る前に、玄はがばりと起きた。
起き、れた。
きっと、青鈍と木槿に遭遇したからこその、懐かしい日々の夢。
しかし、その先にある結末を見なかった事に、額の汗を拭いながら安堵する。
山吹、ありがと。
あの夢を見ても山吹のぬいぐるみが側にあるだけで、送り火を出さずに済むようになった。だからこそ、ぬいぐるみを誰かに触れられると、不安が溢れたように送り火を出してしまう。
心を強く、か。
青鈍が残した言葉。それと向き合わなければいけない時が来たのかと、玄はぼんやり考えていた。
眠れないやつだ、これ。
部屋を出て大広間へ向かえば、縁側で月の光に照らされる華火がいた。
「どうした?」
「……ん? 玄こそどうした?」
一番疲れているはずの華火が振り返り、自分を心配している。その様子に、胸がもやもやする。
「俺は寝過ぎて目が覚めただけ。華火、何かあるなら話せ」
華火が相当心に溜め込む性格なのは、わかっているつもりだ。だからこそ、些細な事でも聞き出そうと、彼女の隣へ座り金の瞳を覗き込む。
「私は、その、胸がいっぱいで……」
「胸がいっぱい?」
華火の瞳が潤めば、微笑まれる。
「皆とこうして繋がれた事が、嬉しいんだ」
華火の心のように透明な涙が目尻に溜まる。それがあまりに綺麗で、惹きつけられた。
「あれ? 起きてたんだ」
「昼間も寝てたからか、起きちまった」
静かな時の中に、山吹と柘榴の声が混じる。
「あら、みんな仲良く早起きね」
「早起きという時間帯ではないが?」
それに続き、紫檀と白藍も部屋から出てきたようだ。
「お? 華火も玄も起きてたんだな」
大広間のふすまを開けた柘榴の声が聞こえ、振り向く。
そこには、大切な仲間の姿がある。
「みんな眠れないなら、軽く月見酒でもしちゃう?」
紫檀の提案に皆が頷き、和やかな空気に包まれる。
願わくば、みんなの顔が曇る事なく、過ごしたい。
確かな絆で結ばれた仲間を想い、玄は輝く半月を見上げた。




