第21話 それぞれの、これから
相談役の蘇芳が去り、緊張の糸が切れる。
だからか、華火は身体の痛みが戻り、姿勢を崩す。
「蘇芳様が来られるとは……」
「滅多な事じゃ来ないくせにねぇ」
華火の呟きに、紫檀が嫌味な言葉を吐く。
「それだけ上でも騒ぎになったんだと思うけど、煮え切らない返事だったね」
「俺達が相手してた男狐達がもう会う事はないと言ってたが、今後も誰彼構わず襲う気だろうか?」
「予言の対象を見つけるまで、続けるのだろう」
山吹の言葉に、柘榴も白藍も、なんとも言えない面持ちで自身の考えを口にした。
「でも、青鈍と木槿はまた来る気がする」
そこへ、玄がはっきりとした口調で意見を述べれば、場が静まる。そして彼は、続きを紡いだ。
「『俺の言葉に動揺するぐらいじゃあ、変わってねーんだろうな。お前らの統率者は生きてるが、無理にでも入ってこなかった段階で死んでるのと変わりねーよ。俺らのお情けに感謝しろよ』って、言われた」
「あいつらしいわね」
玄の言葉に、紫檀がため息をつく。
「騒動を起こしたあいつらの存在を俺達にわからせれば、無事じゃなくなるなんて事、誰でもわかる。なのに、教えてきた。だからまた、関わる事があるかもしれない。それに……」
玄の声が苦しげなものになれば、怒気を含む黒の瞳が見えた。
「華火が踏みつけられ、尾を斬られそうになっていた姿が忘れられない。あの時、結界を壊せば華火が痛みを感じる、尾も耳も斬られるかもって、迷った。その結果、何もできなかった。そんな俺が許せない。だから、俺はもっと強くなる」
すると、玄は華火へ拳を突き出した。
「約束する。次は迷わない」
そこへ、柘榴・白藍・紫檀・山吹も拳を出してくる。
「俺もだ」
「自分も」
「あたしも」
「僕も」
真剣な顔の皆を見回し、華火も想いを告げる。
「私も強くなる。そして皆を、信じる」
こつんと合わせる事のできた拳が嬉しくて、華火は思わず笑みをこぼす。それにつられたのか、送り狐達の表情も緩んだ。
『ようやく打ち解けられたようで、わしも嬉しいぞ』
「今回はじいさんに世話になったもんな」
「今回も、だろう?」
白蛇がからからと笑えば、柘榴が頬を掻く。そしてそれをやんわり訂正する白藍は、穏やかな笑みを浮かべていた。
「皆、本当にありがとう」
そう口にすれば、華火はようやく身綺麗になっていた自分に気付く。
「そういえば、私の手の傷は山吹が治してくれたのか?」
「念の為、全身に治癒を施しておいたよ。この霊力の枯渇からくる痛みは和らげる事はできないけど、他の傷は治ってるはずだから」
「そんな中での術の発動、感謝してもしきれない」
「僕は僕がすべき事をしただけ」
淡い金の髪を揺らし、山吹が柔らかく微笑む。
「そうか。それでも、ありがとう。もしかして私を綺麗にしてくれたのも、山吹か?」
「それはね、あたし!」
「紫檀がか。ありがとう」
「いいのよぉ。男だと気になるかなと思って。あっ! でもね、あたしも極力見ないように湯浴みしたから――」
そこまで気を遣ってくれた紫檀へ再度礼を言おうとすれば、入り口からはっきりとした声が響く。
「「それ、本当?」」
「……げっ!!」
石の囲いの向こう側から、白く大きな耳が四つだけ生えているように見える。けれど、紫檀の顔が青ざめた。
しかし華火には聞き馴染んだ声だったので、嬉しさのあまり大声で呼びかける。
「兄様!!」
「会いに来るのが遅くなってごめんね、華火。話の邪魔しちゃ悪いかなって思って、ずうっと、外で待ってたんだ」
「でもね、どうにも聞き捨てならない言葉が聞こえたからね」
親譲りの、雪のように白く長い髪をなびかせ、白衣白袴姿の双子の兄達がすたすたと歩いてくる。
冠は黄緑色の目を細め、柳も蒼色の目を同様の形へ変え、華火に微笑む。
そして白蛇へ挨拶を済ませれば、皆へ声をかけた。
「あぁ、気を遣わなくていいからね」
「そうそう。自分達は今の話をゆっくり中で聞ければ――ねぇ、これは何かな?」
冠と柳が足を止めれば、大広間を見て、そっくりな笑みを浮かべた。
「いや、あのですね! 何もしてませんから!」
「皆疲れ切って寝ていただけです」
「ほら! 華火様の部屋入れないからこうするしかなくて!」
慌てる柘榴の横で、白藍も早口で答える。そこへ、紫檀も引きつった笑みを浮かべながら話し出す。
「そうだ。兄様達のせいで皆に迷惑をかけている。だから責めないでやってくれ」
「華火は優しいね」
「今回に限り、許してあげようか。でもね、紫檀。お前は男だよね?」
「えっ? 柳兄様、紫檀は女ですよ?」
冠が華火へいつもの笑みを向ければ、柳が薄っすらと笑いながら紫檀を見た。
けれど、兄がおかしな事を言い出したので、華火はきちんと訂正する。
「華火、あれが一番危ない」
「あれはね、女に成り切っているだけの男狐だ」
「は?」
「やっだぁ! 冠様も柳様もご冗談を!」
兄達の言葉に、華火は呆気に取られる。そこへ、紫檀がわざとらしく品を作るように、体をくねらせた。
「紫檀、ばれてる」
「下手に隠さない方がいいよ」
玄と山吹がぼそりと呟けば、紫檀が真顔になった。
「あれよ。指南所でやっかまれたのよ。で、その腹いせに女になったの。そしたら女でいる事が楽しくなっちゃって。それだけよ」
「すまない。兄様達のせいでいらぬ事まで喋らせて」
無理に聞き出してしまった事に対し、華火は胸を痛める。
「これぐらい、いいわよ。詳しく話してるわけじゃないし。ま、男になってほしいなら、今すぐにでも戻れるけどな」
突然普段よりも低い声を出した紫檀が、意味深な笑みを浮かべる。
その顔を押すように、冠が縁側へ上がった。
「それが危ないんだよ、全く。じゃ、詳しい話は中で……」
紫檀を押し退け、大広間へ向かった冠の足が止まる。
「柳、こっち来て」
「何?」
静かな声を出す冠に、柳も神妙な面持ちで縁側から中へ入る。
「これ、もしかして……」
困惑したような柳が気になり、華火もゆっくりと立ち上がり、視線の先を辿る。
「あっ!」
神棚の前にちょこんと座るのは、皆の毛色と瞳の色をした狐姿のぬいぐるみ。
まさか全員、しかもいつの間に完成していたかと思い、白藍を問うように見つめる。
「留守中に寂しくないようにと、皆も一緒に。本当は装束も作る予定だったが、こんな事が起きてしまった。だから眠る前に、願掛けの意味を込めて、もうこのまま飾った」
「このままで充分だ! ありがとう、白藍! みんなも、ありがとう!」
嬉しさで頬が緩む。
そんな華火を置いて、兄達が白藍に詰め寄った。
「まさか、華火の毛、使ったの?」
「申し訳――」
「自分にも作ってくれ」
「あっ! ずるいから! 僕の分もお願いしていい?」
冠の問いに、若干顔色を悪くした白藍が頭を下げようとする。そこへ、柳が無茶な事を言い出したが、冠も同様の事を口走る。
なんだか騒がしいが、こんな日も悪くないな。
まだ騒動は解決していないが、これからもこうして皆で過ごす日々を思い描き、華火は心高鳴らせた。




