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第20話 相談役

 もう雨の音は聞こえず、代わりに誰かの寝息を耳が拾う。

 何が起きたのかわからず、華火は目を開け体を起こそうとしたが、全身がぎしぎしと音を立てるように痛み、脱力した。

 けれど、力を入れすぎて爪を食い込ませたはずの手の平の痛みはなく、ゆっくりと肘だけを曲げ、確認する。そこには、傷ひとつなかった。

 そしてようやく、ここが大広間だという事に気付く。


「何故、ここにいるんだ?」

「おはよー」


 横を向けば、布団にくるまる紫檀が、ぐったりとした顔をしている。


「何があった?」

「あのねぇ、多分なんだけど、華火が全力を出したから、あたし達の力も出しっぱなしになったみたい。その結果がこれ。統率者との契約っていうのは統率者の状態が反映されるって聞いてたけどさ、これはないわぁ」


 そう紫檀が言い切れば、誰かが華火に密着してきた。


「わっ!? あ、玄様?」

「……ん? あ……、ごめん。でも今、玄様って言ったよね? 俺の名前は玄だから。俺も華火って呼ぶし。だから、様、禁止」

「あ、あぁ」

「そうだぞー。こんなにはっきりと結び付きができたんだからな。だから華火も遠慮するなよ」

「この馬鹿に様なんて不要。自分は馬鹿ではないが、不要だ」

「あぁん!? このっ、だあぁぁ……」


 何事もなかったように、隣の布団へ転がりながら戻る玄を眺め、華火は唖然とする。

 そこへ、柘榴と白藍が声をかけてくるが、いつも通りの喧嘩が始まろうとした。けれども、身体を起こそうとした柘榴は情けない声を上げ、布団に沈んだ。


「大丈夫か?」

「平気平気。寝とけば……」


 やはり柘榴も体が言うことを聞かないようで、もぞもぞと寝直しているのだけがわかった。

 けれど、皆の話し方も変わり、華火は心配と共に嬉しさも感じる。


 何故、皆でここで寝ているのかわからないが――。


「白蛇様!」


 ようやく頭が働けば、華火を逃す為に社に残ってくれた白蛇を思い出す。

 身体は痛むが、華火は這うように縁側へ急ぐ。


「白蛇様!!」

『華火殿、起きられたか!』


 お互いの無事を確認し、安堵から、華火の視界が歪む。


「もう、あんな守られ方は嫌です……」

『心配をかけましたが、この通り、わしはぴんぴんしておる。とは言え、あの面をつけた狐が変わり者だった故、無事だったのでしょうが』

「変わり者?」

『痛みに耐性があるようで、雷を嬉々として受け止めておった。だからこそ、ここから逃してしまったのだが……』

「彼は生まれつき、痛覚が鈍いそうです。だから、それを相手に足止めをしてくれて、ありがとうございました」

 

 白蛇が沈んだ声を出せば、後ろから山吹の声がした。


「……あの、印付きと呼んだ者達は、知り合いなのか?」

「指南所の、同期だったんだ」


 振り向けば、山吹がぎこちない動きで華火の横へ座る。きっと彼の身体も痛むはずなのに、それでも姿勢正しく正座した。


「指南所は、適性を見極めるところっていうのは知ってるよね? そこで僕達は送り狐として、共に鍛錬を積んでいた。けれど、彼らは資格を剥奪され、善狐から野狐へと降格になったんだ」

「剥奪?」

「たまにいるんだ、そういう狐も。その場合、お役目に必要とされる力を、悪用できないように封じられる。それが印付き。首に赤い紐があったの、覚えてる?」


 山吹に問われ、華火は血のように赤い紐を思い出す。


「覚えている」

「あれがある場合、お役目のある狐に関わっちゃいけないんだ。まぁ、お役目自体に、って事なんだけど。だから接触する事なんて無いと、そう思っていたんだ」


 淡々と話す山吹は、どこか遠くを眺めているような表情を浮かべていた。


「送り狐同士の力は影響しやすくて、僕の結界も簡単に破られてしまった。そのせいで、華火も白蛇さんも、危険にさらしてしまった」


 眉を寄せた山吹の赤みの強い鮮やかな黄色の瞳が、こちらへ向けられる。


「だからね、華火に付き合ってほしいんだ」

「私にか?」

「そう。華火が契約を発動した時、自分の力を扱いきれなかった。僕の心が揺れたのも、原因だけどね。でも、あの時の力をちゃんと扱えるようになれば、普段からでもその力を発揮できるようになるかなって、思って」


 山吹から強い意志を感じたが、華火は心配な事を伝える。


「しかし、契約を発動するとこのように皆が動けなくなるが……」

「だからだよ。華火もまだ扱いきれていない。だからね、練習しよう。それに、気になる事もあるし」

「気になる事?」

「華火の体が光った事と、金の雨。これはさ、統率者の力じゃ――」

「これ、だらしのない。華火よ、その姿は何だ?」


 はいり口から響くのは、ここには来る事の無い方の声。


「蘇芳様! 申し訳ございません」


 軋む身体を何とか起こし、華火は頭を下げる。

 すると、ゆっくりと歩く足音がすぐ近くで止まった。


「久しいですな。その後、変わりないか?」

『あの日以来ですな。この通り、ここの狐殿が良くして下さるので、生きながらえておりますぞ』


 普段の蘇芳よりも砕けた様子がわかり、華火は恐る恐る顔を上げる。


 そこには、朝焼けのような朱の長い髪をきっちりと結い上げ、黒みを帯びた赤い瞳を細めて笑う相談役の姿があった。

 上でのお役目を務める事を示す装束、深い緋色の衣冠いかんを身にまとい、手に持つ檜扇ひおうぎで口元を軽く隠している。


 蘇芳様が、楽しそうだ。


 昔、白蛇を処分しようとした話を聞いていたからか、蘇芳の様子が不思議に思えた。

 すると、後方から這いずるような音をさせ、皆がこちらへ来た。

 そして、隣にいる山吹が口を開いた。


「蘇芳様自らこちらにおいで下さったのはとても有り難いのですが、何故ここまで時間がかかったのですか?」

「すぐさま馳せ参じたのだが?」

「僕は夜に知らせを送りましたが?」

「夜? 夜とな。はて……」


 何かを思案するように檜扇を顎に当てれば、蘇芳は目を細めた。


「私の所へ知らせが届いたのは、今朝方。それに間違いはない」

「そんなはずは……!」

「無事なら、何も問題あるまい。で、襲ってきた者の心当たりは?」


 狼狽える山吹の様子に、蘇芳は少しも表情を崩す事はない。

 それに対し、紫檀が突っかかる。


「問題は上よね? 急ぎの知らせすら、のらりくらりと運ぶなんて。蘇芳様、早く改善して下さいな」

「善処しよう。で、その知らせでは二匹の男狐とあったが、どうなのだ?」

「先に知らせたのは、見知らぬ者です。ですが、他にも仲間が。それは僕達の知る、印付きでした」

「印付きか」


 紫檀の言葉も受け流し、蘇芳は再度尋ねてくる。それに山吹が答えれば、蘇芳は懐中から折り畳まれた帖紙たとうしを取り出した。


「ここに今回の騒動を起こした狐の特徴と、名を記せ」


 それを山吹が受け取り、中に同封されていた柄杓ひしゃく型の矢立やたてから筆を取り出し、墨をつけて書き記す。


「ここへの守りを増やすか?」

「必要ありません」

「統率者を迎え入れたのなら、新たな送り狐を育てるのもいいものだと思うが?」

「僕達の考えと合わない者だった場合、すぐに追い出しますよ」

「全く。相変わらずの返事だ。それならば、全力で守り通せ」

「はい」


 蘇芳の問いかけに、山吹は顔を上げずに答える。


「お前達も、今後は単独行動を控えよ」


 蘇芳は皆を見回し、華火で目線を止める。


「ここでの暮らしはどうだ?」

「私には勿体無いぐらいの、温かな場所です」

「そうか」


 一瞬、優しげな目元になったのは気のせいだったのか。そう思う程に、蘇芳の顔が険しくなった。


「こちらで追跡をするが、あまり期待しない事だ。予言に関しては、どうにも進みが悪くてな」

「何よそれ」

「わかっているだろう? 上とはそういう場所だと。この件に関しては急がせるが、それまで耐え凌げ。何か分かり次第、知らせを送る」


 華火が後方を見れば、蘇芳に対して不服そうな声を出した紫檀と、同じような表情を浮かべる柘榴・白藍・玄がいた。

 気持ちはわかるが、それを顔に出さぬよう、華火は前を向き直す。

 そして山吹が書き終えるまで、沈黙が訪れた。


「私の用は済んだ」


 帖紙を懐中へ戻し、蘇芳が白蛇に声をかけ、外へ向かう。

 こちらを振り返る事なくはいり口を抜ければ、管狐を召喚した。それに乗る直前、彼の視線が、何もないはずの道へ向けられる。

 何に気を取られたのかわからないが、華火には、蘇芳が軽く口角を上げたように見えた。

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