第19話 印付き
送り狐達から逃れ、青鈍と木槿は合流場所を目指す。
「もう関わる事もないだろうと思ってたけどな」
「そうだよね。でもやっぱりさ、久々に会うと疼くねぇ」
管狐に乗り、雨に打たれながらもにやつく木槿に、ため息が出る。
「お前よぉ、痛いのが好きだからって、山吹に斬らせようとすんなよ」
「変な言い方しないでよ。痛みによって自分の身体の変化を感じる事が、生きてるなぁって実感できる瞬間だと思わない? それにさぁ、俺はただ、『誰も傷付けたくない』なんて夢見てる金狐様に現実を教えてあげたいだけ」
「山吹は支援特化だろ。なら、いいじゃねーか。それを言うなら黒狐様にだろ?」
木槿のこだわりを無視し、青鈍は久々に宿る怒りを強く感じた。
さっきの女狐が降らせた金の雨の影響か?
そう思わざるを得ない程、自分が目指していた送り狐としての在り方を思い出させられる。
だからこそ、玄の在り方が許せない。
その思いを込めながら木槿に文句を言えば、笑われた。
「いひっ、いひひひひ! 青鈍はほんっとうに、玄ちゃん大好きだよねぇ! その黒い狐の面だって、玄ちゃん意識してるからでしょ?」
「お前の笑い方、気持ち悪いんだよ。あとな、俺はあいつが嫌いだ」
「はいはい。俺はね、山吹が大好きだよ!」
「そうかよ」
珍しい黒狐で、しかも消滅の力なんざ持ってるのに、送る事に抵抗があるなんておかしいんだよ。
斬り合いは出来んのに命は取れないって、馬鹿馬鹿しい。
自分の力を否定する奴は、虫唾が走る。
忘れていた感情が暴走しそうで、青鈍は話題を変える。
「にしてもだ、あの女狐、予言の対象じゃないはずなんだよ。なのにな、なんか変じゃねーか?」
「青鈍も感じた? 俺の中に何かが勝手に入ってきた気がしたんだよね。あの金の雨に打たれた時に。それからさ、自分がどんな送り狐になりたいか思い出しちゃって。で、むかむかして顔見せちゃった」
やはりきっかけは、あの女狐の金の雨。
そして思い出したのは、昔の志。ただ、それだけ。しかし青鈍は、あの女狐が妙に気になって仕方なかった。
それに、自分達は最初から正体を匂わす予定だった為、木槿の行動を咎める気はない。
「あんな天候、あったか? よくわかんねーけど、雨で頭冷やしておくか。気分が高揚させられただけかもしれねーし。面の件は、月白に呆れられて、裏葉に小言でも言われ続けとけよ」
「えー。裏葉の小言長すぎるから寝ちゃうんだけど」
自分達が降格した後に興味本位で接触した『夢魂屋』。裏葉が龍笛を奏で魂を集め、月白が夢でそれらを癒す。
送り狐とはまた違った魂の慰め方もあるのだなと感心し、今では共に過ごしている。
そのせいで、予言の騒動に巻き込んでしまった。
「まぁ、向こうも向こうで浄衣を着てねぇから、少しは加減してくれるんじゃねーか? 着慣れてないと動きにくいからな、これは。でもな、小言ぐらい我慢しろよ。ここまで協力してくれてんだからな」
「気立が良すぎなんだよね。話、一緒に聞かせちゃったのにね」
突然自分達の前に現れたのは、そこら辺にいそうな、狩衣を着た男狐。けれど顔には、能面。
それが大金と共に、浄衣を手渡してきた。
そしてもう一つ、一時的に魂や障りを宿した者を閉じ込める、指南所では馴染み深い幻牢と呼ばれる、手で包める程の小さな金の吊灯篭までもを添えてきた。
告げられた用件は、予言の白狐の統率者探し。
けれども、その後に続く言葉が厄介だった。
「『報酬は弾む。それらしい者を見付け次第、葬れ。それと関わる送り狐もだ。お前達なら出来るだろう? そして最初にお前達へ任せるのは色加美と呼ばれる町だ。ここの者達は力を試す意味で安否は問わない。違った場合、周辺の町をしらみ潰しに探せ。成功した暁には、印も解除できるぞ』、じゃねーよな」
「馬鹿だよねぇ。お金があって直接の殺しができない奴なんて限られてるのに。しかもさ、どうやって予言の対象を判別するんだって話だよ。そいつを消したからって、すぐに何かがわかるわけじゃないのに」
一向に止む気配がない雨の中、青鈍は大声で話し続ける。この雨音なら、誰にも聞こえない。それを木槿もわかっているから、こうして受け答えしてくれる。
こんな本音を言い合えるのも久しい。
監視されているかもしれないと、自分達の本当の考えはいつも筆でのやり取り。それも、すぐに燃やす。
だからこそ、木槿がまだ話し足りぬように、言葉を紡ぎ続けている。
「この町を指定したのってさ、俺達の関係を知ってたからだよね。それを匂わせちゃうのも馬鹿だよねぇ。その馬鹿な奴の恨みを買っちゃったんだろうね、華火ちゃんも、山吹達も。だからだろうけど、送り狐同士のいざこざとして処理しようしてるのも見え見えだし」
「それをわかってて匂わせてんだろ。断ればどうなるか。ま、断らなくても、この話を聞いた段階で俺らごと葬るつもりだろうしな」
印の解除なんざ、特定の奴しかできねぇ。
野狐にもいるかもしれねーが、そいつらが俺らの送る力を戻したところで、何の利益もねーしな。
外へ出される前に、自身の体毛に自分の血を浸した、首に縫い付けられた紐を触る。
霊力が宿るものは、朽ち果てない。本体が消えるまで。だから生きている限り、野狐となった狐が送り火を使って悪さをしないようにする、この呪いのような代物は消えない。
だが、善行を積み直し、善狐として再び生きる為の試験を受ければ、封具解除師がこれを取り去ってくれる。
「別にさぁ、送り火使えなくても問題ないんだけどね。でもさ、月白達まで巻き込んじゃったら、やるしかないよね」
「だな。今の世に、全ての妖狐の上に立ちたいと思えるいかれた奴なんかいるのかね? 他の種族との決まり事もあんのに、それでも夢見る奴がいるかよ。でも、それが現実になると怯える馬鹿な奴がいるのはわかったからな」
だから俺らは、その上前をはねてやる。
ただ使い捨てられるなら、依頼主の脅威をこちら側へ引き込めばいい。そうすれば手出しができなくなるはずだと、青鈍達は賭けに出ていた。
「取りあえずさぁ、今日の出来事は上に報告が行くはずなんだよね、俺達の名前ごと。これで俺達がお仕事してますよーって馬鹿に伝わると思うけど、これからどうしよっか」
「そうだな。ここの町の奴の安否は問わないって言ってたが、要は、予言の騒動に便乗して殺して構わないって事だろ? これも本当なら実行してほしい事の一つなんだろうよ」
「だよねぇ。だからさ、俺、良い事思いついちゃったんだよね!」
合流場所の高層ビルが見えた瞬間、木槿が大声を出す。
「華火ちゃんはずれっぽいけど、これからもちょっかいを出す! これでどう!?」
「これでどう? じゃねーよ。お前が山吹に会いたいだけだろ」
「青鈍、わかってるー! 上に報告も行くし、山吹に会えるし、一石二鳥じゃん! それにさぁ、俺達がちょっかい出しとけば、他の狐にちょっかい出されないでしょ? あ、でもね、華火ちゃんの金の雨も気になるんだよね。ってか、華火ちゃん、気にならない?」
もうこれは決定事項なのだとわかり、青鈍は諦めたようにため息をつく。
「……今すぐはやめとけよ。どうせしばらくは守りに入るだろうしな」
「しばらくってどれくらい?」
「わかんねー」
「何それ!」
「取りあえず、周辺の町の統率者の情報集めが済むまでやめとけ」
「あの狸さー、もっと馬鹿なら他の万屋とかに連絡しちゃってたはずなのに。金になびくかと思ったらなびかないし。くそー」
先程までは瞳を輝かせていた木槿が、今度はぶつぶつと文句を言う。
青鈍はその姿を見ながら、月白と裏葉に対して、今後も色加美町の狐達と関わる事を告げる荷の重さを感じていた。




