第18話 昔馴染み
雨は降り続いているが、結界の中は天候の影響がない。あるのは、張り詰めた空気だけ。それを感じながら、華火は目を凝らす。
面をつけた男狐達がお互いの刀を交差させ、玄の一撃を防ぐ。
けれどその直前、黒い面をつけた男狐の口が動いていた。
「黒狐様よぉ。今はよく眠れてるのか?」
「……お前、まさか」
「玄ちゃんの事は任せたよ」
何を言っているのか聞き取れなかったが、玄の刀が押し返される。そして、白い面の男狐がこちらへ駆ける。
「しーたーん!」
「はぁっ!?」
名を呼ばれ動揺する紫檀は、それでも薙刀で迎え撃つ。
目にも止まらぬ速さで打ち込まれる斬撃を薙刀の柄で受けながら、男狐の刀を弾くように大きく振り払う。そこから紫檀の反撃が始まるものと思われた。
だが、振り切り止まった薙刀の柄を足場にし、男狐は大きく跳んだ。
「紫檀と戦うのは苦手なんだよねー!」
「あんた、まさか!」
唖然とした表情を浮かべる紫檀の顔が、男狐を追いかける。
「界!」
咄嗟に山吹が華火を背に庇うように動き、更に結界を張る。
そして目の前の水溜りへ着地した男狐が、白い面に手をかけた。
「ばぁっ!」
「むく、げ?」
面を剥ぎ取り、長い前髪の隙間から覗く紅紫の瞳を大きく見開き、結界に張り付く。その姿はまるで、幼子が無邪気に遊んでいるように見える。
けれど、山吹の体はびくりと大きく揺れた。
そして、怒鳴った。
「玄!!」
華火からは見えないが、剣戟の音は止んでいない。だから玄に何かあったのかと思い、動こうとした。
すると、目の前の男狐がにたりと笑った。
「山吹、久しぶりだねぇ。ほんとはさ、面を取っちゃいけなかったんだよ? だけどね、みんな気付いてくれないんだもん。俺も青鈍も髪切ったからわからなかった? あれ? 怒ってる?」
楽しげに笑いながら話し続ける男狐に対し、山吹の拳が震えているのがわかった。
「そんなに怒ってるなら、俺の事、斬っていいよ。って、お優しい金狐様はできないんだっけ。今でもそうなの? そんな事じゃだめだよぉ。お役目に就いたならさぁ――」
「木槿!!」
目を極限まで細めて笑う木槿と呼ばれた男狐へ、紫檀が薙刀を突く。それを紙一重でかわし、右手に持つ面だけで受ける。にたにたした笑みを崩す事なく、木槿の指先に摘まれた白い狐の面が、ぱきりと真っ二つに割れた。
「紫檀を見習えば?」
それだけ言って、木槿は面を捨て華火達の後ろへ回り込む。
すると、後方から声がした。
「皆無事……、何でてめぇがいんだよ!!」
「柘榴に白藍も久しぶりだね。俺だけじゃなくて青鈍もいるよ」
柘榴と白藍が来たのだとわかったが、面をつけていた男狐が送り狐全員と顔見知りだという事に、華火は困惑する。
そして、木槿は結界に守られる華火達の頭上へ跳んだ。
「まるで指南所にいるみたいだなぁ」
木槿は大きな声でそれだけ言うと、紅紫の炎をまとう刀で、山吹の結界を素早く斬りつけた。
「いひひ! 集中しなきゃだめだよ、山吹。送り狐同士の力は影響を受けやすいんだからさぁ」
何故送り狐がこのような事を……!
やはり送り狐だったのかとわかれば、不可解な行動に怒りが湧く。
けれど、華火達を守る結界に大きなひびが入り、それを満足そうに思い切り踏みつけながら、木槿が横へ降り立つ。
その瞬間、結界が壊れた。
「そんなんじゃあ、華火ちゃん、死んじゃうよ?」
それだけを言い残し、木槿は男狐達を閉じ込める山吹の結界へ刃を突き立て、薄氷を踏みつけたような亀裂を入れながら走り出す。
「さすがに全員を相手にするなんて無理無理! 帰ろ!」
「そうだな」
木槿が玄と鍔迫り合いしたままの青鈍へ声をかける。すると、青鈍は思い切り玄の腹を蹴り押し、駆け出す。
理由はわからないが、指南所という言葉から皆の覇気が消え、動かない。
だから華火は、皆の代わりに先程の怒りを込め、天候を操る。
逃がすか!
「天候、吹雪!」
玄から離れたのを確認し、男狐達だけを包み込むように大雪を降らす。そして、水溜まりへ着地する足を捕らえるように、固め冷す。
ここには皆がいる。
私は倒れてもいい。
力の限り、やらせてもらう!
華火がそう覚悟すれば、また自身が金の光を放つ。
「天候操れんのか」
「ま、逃げるが勝ち、ってね!」
「させるか!」
ひびの入った山吹の結界を、青鈍と木槿の足が炎をまとい、蹴り破る。
それを、正気に戻ったような玄が声を上げ、追う。それと同時に、他の送り狐も動いた。
しかし管狐を召喚され、空へ逃げられる。
「黒狐様、もう少し心を強くしろよ?」
「玄ちゃん、《《今日の鼠》》は大丈夫だったぁ? いひひ!」
逃してしまった絶望をさらに感じさせるような、酷い雨の音だけが残る。
「私の、力足らずだ……」
こんなにも全力で天候を操った事はなかったが、いつものように胸の痛みを感じる事はない。
けれど、沈んだ気持ちと共にお天気占いを終わらせれば、華火の体から力が抜けた。
「華火……!」
そばにいた山吹の声を聞きながら、華火の意識は途切れた。




