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開幕

「では両者……前に!」

 レフェリーが告げる声が、拡声器に拡大されて、会場に響き渡る。

 ここで急いでは、いけない。

 かつての剣豪の有名な戦いでは、遅れて到着した者が勝ちを収めたという。

 もちろん、だからといって「遅刻こそが必勝の策」などと言うつもりはない。

 先について戦場を把握すること、場の空気に自らをなじませること。

 先手を打つメリットが、遅れることで得られるそれ以上になることは珍しくない。

 大切なのは、平常心を保つことだ。

 時間だからと、慌てて立ち上がるやつは二流。

 気持ちの揺らぎを、相手に悟らせるようでは、三流以下だ。

 焦らすようにゆっくりと立ち上がることが出来て、ようやく一流の戦士なのだ。


 漠々とした戦場を前に高鳴る心音を抑えつけ、何事もないようにゆっくりと舞台に上がる。

「■△●×▽……」

 声援や怒声が混じり合い、もはや聞き取ることも出来ないような興奮が、狭いリングにいる俺達を包み込む。

 視線を上げると、涼しい顔をして俺を見つめる対戦相手と目が合った。

「本日はよろしくお願いします。正々堂々と戦いましょう」

 そう言って奴は、右手を前に差し出してくる。

 背負った重さは俺と同じはず。

 だというのにこの余裕を保つとは……やはり油断ならない相手だ。

「ああ、こちらこそよろしく。正々堂々……か。その言葉、そっくり返すぜ!」

 差し出された手に俺の手をあてがうと、奴は強く握りしめてきた。

 当然俺も、笑みを保ったまま、奴以上の力で握り返す。

 涼しい優顔の口の端を釣り上げながら、手にかかる握力は更に強まった。


 観客席からは、俺達が仲良く手を握り合っているように見えるのかもしれないが、俺達にとってはすでに戦いが始まっていた。

 少しでも相手を萎縮させ、戦いにおいて優位に立てる場所を探り合う。

 先に手を離した方が、心理的に不利になるのは、互いにとって明白だった。

 余裕の笑顔のまま火花を散らす前哨戦に幕を引いたのは、中立にいたレフェリーだった。


 彼は、観客達の騒ぎが落ち着いたのを見計らい、襟元のピンマイクを調整しながら大きく両手を広げた。

「それでは両者、少し後ろに下がってください。戦いのルールを説明します……」

 レフェリーのその言葉を聞いて、俺達はほぼ同時に手を離して一歩ずつ後ろに下がる。

 どうやら、この段階では五分と五分。

 良いだろう。そうでなくては面白くない!


「これから二人には、特別な条件で戦ってもらいます! ルールは至ってシンプルです。

 双方は手を『握り拳(ぐー)』『二本指(ちょき)』『五本指(ぱー)』の、どれかを選択して目の前に突き出してもらい、互いの出した手の形によって、勝敗を決します。

 それぞれの手形は三竦みの関係にあります。つまり、『握り拳(ぐー)』と『二本指(ちょき)』では『握り拳(ぐー)』が勝ち、『二本指(ちょき)』と『五本指(ぱー)』では『二本指(ちょき)』が。『五本指(ぱー)』と『握り拳(ぐー)』では『五本指(ぱー)』が勝ちます。ここまでで、何か質問はありますか?」

 なるほど、手の形によって勝敗が決まる……かなりの短期決戦になりそうだな。

 初めて聞くタイプの戦いだが、相手がどの手形を選ぶのかを予測することが勝敗に直結しそうだ。


 俺がルールの内容を吟味していると、奴は「ふむ」と一息つき、レフェリーに向けて片手を上げた。

「質問があるのですが、よろしいですか?」

「もちろんです! 何でしょうか?」

「手形の優劣については理解できました。ですが例えば、互いに同じ手形を選択した場合、勝敗はどうなるのですか?」

「良い質問です! それは……」


 レフェリーの追加解説によると、互いに同手形の場合『あいこ』ということになり、決着がつくまで仕切り直しになるらしい。

 だが、こんな簡単なことにも気づけなかった時点で、俺と奴の間には心理的な優劣が明確についてしまった……

 恨みがましい視線を向けると、奴はそれに気がついたのか、胸を張って得意げにしていた。

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