クッキーをわたしたい
「先輩、これどうぞ」
「ん? なんだ?」
JR中央線立川駅、ベンチに並んで電車を待っている砂川先輩に私の自信作をあげた。
砂川先輩はちょっと独特で、まわりからスペシャル、略してスペと呼ばれている。
「クッキーを作ってみました」
「そうなのか? 急にどうした?」
驚いてなかなか中を見ようとしてくれない。
でもたしかに急過ぎたかもしれない。戸惑って当然だ。
「え、あ、いや、それじゃあバレンタインデーってことで」
お菓子作りをしていると話したこともないし、こんなことをしたこともなかったので、冗談めかしてバレンタインデーでってことにした。
なんとなくノリで言っちゃったけれど、大胆だったかな?
ただ最近のバレンタインは愛の告白をする以外にも何かを贈る習慣があるわけだし、問題はないはず。
「バレンタインデーって二月だろう? 今は八月だぞ?」
季節は夏真っ盛り。ホームのどこかにいるのだろうか、蝉の声が響いている。
「いいんです! あげたくなったら、その日がバレンタインデーなんです!」
「そういうものなのか?」
「そうです!」
一度言ってしまった手前、そう押し通すかない。
冗談の通じない人だな、まったく。せっかくクッキーを作ってきたというのに。
「それじゃあ、遠慮なくいただこう」
最初からそうやって素直に受け取ってくれよ。
「ずいぶんかわいいな」
電車はまだ来ないようなので先輩は早速食べ始めた。
「どうですか?」
「美味しい。好きな味だ」
「よかったです」
肩の力が抜けた。自信はそれなりにあったけれど、美味しいと言ってもらえるまでドキドキしていた。
「小花さんが作ったのか?」
口を拭きながら先輩が言う。
「はい。頑張ってみました」
「すごいじゃないか」
「えへへ、ありがとうございます」
褒められるとにやにやしてしまう。気持ち悪がられないといいけれど。
突然、先輩は顎に手を当て、何やら考え込み始めた。どうしたのだろうか。
「そうか、それじゃあ被っちゃうよな。それでもいいのかな? どうなんだろう?」
先輩はぶつぶつよくわからないことを呟いている。
「何がですか? 何が被ったんですか?」
「ホワイトデーだ」
「え?」
「さっきの理論だと、返したくなったら、その日がホワイトデーになるんじゃないのか?」
真顔で言う先輩。
そして「でもやっぱりバレンタインデーとホワイトデーが同じ日っておかしいよな」とかまだ悩んでいる。
そんなこと真剣に考える!? いや、もはや、スぺデーだよ。これはもう毎日がスぺデーだよ。
「あ、いや、そんな、お返しをもらうために作ったわけじゃないのでいいですよ」
「いや、美味しかったから、ちゃんと返したい。ちょっと今は駅だし何もないから、あとでしっかり返させてもらう、同じ日でもいいだろう?」
「は、はい」
軽口をたたくもんじゃないなって思ったけれど、私はまたにやにやしていたかもしれない。




