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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ミステリー短編

血みどろの婚約破棄は仕組まれていた

作者: 白澤 睡蓮

保険ではなく残酷な描写ありなので、苦手な方はご注意ください。

 私が暇つぶしに読み始めた遠い異国の古新聞は、第一面が血なまぐさい事件で彩られていた。



 事実か疑いたくなるようなその事件は、第四王子の十九歳の誕生パーティーで起こった。パーティーの主役である王子は、公爵令嬢の婚約者がいながら、別の人物をエスコートして会場に現れた。王子が連れたその人物は、王子が学生だったときにひどく寵愛していた男爵令嬢だった。


 会場に遅れて入場した公爵令嬢に対して、王子は一方的に非常識な婚約破棄を宣言した。婚約破棄だけで話は終わらず、王子は公爵令嬢を断罪しようとまでした。宰相の第三子息、騎士団長の第二子息、次期魔術師団長の末弟、大神官の孫といった取り巻きの面々を引き連れ、公爵令嬢が男爵令嬢に嫌がらせやいじめ、命を脅かす行為を行っていたと主張した。


 しかしそれは言いがかりだった。公爵令嬢に明確な証拠を示され、ことごとく論破された王子は逆上した。逆上した王子はあろうことか剣で公爵令嬢に切りかかったが、その刃が公爵令嬢に届くことはなかった。公爵令嬢の風魔法によって、王子の首が地面に落とされたからだった。公爵令嬢は立ち尽くす男爵令嬢に近寄ると、腕を掴んで自身の後方に引き倒した。


 王子を殺された上に、男爵令嬢が受けた扱いを見て、騎士団長子息と宰相子息は頭に血が上った。王子同様公爵令嬢に襲いかかろうとしたが、この二人も公爵令嬢に危害を加えることはできなかった。公爵令嬢が行使した火魔法で全身を炙られ、巨大な火柱が三本上がる中、騎士団長子息と宰相子息は焼け死んだ。


 火魔法に続けて公爵令嬢が放った水魔法によって、次期魔術師団長弟も死亡。残った一人である大神官の孫はナイフで切りつけようとし、公爵令嬢が呼び出したゴーレムに頭部を潰され即死した。


 五人もの王族貴族を殺しておきながら、公爵令嬢は正当防衛が認められ、罪に問われることはなかった。



 記事を半分ほど読んで、私は新聞を机の上においた。後に続くのは、魔法がいかに素晴らしいものだったか、その人柄がいかに素晴らしいかと、公爵令嬢を賛美する内容だ。読む価値は無い。


「生まれたのが、この王国で良かった」

「急にどうした?」


 私の向かい側のソファに座っていた、狐の仮面をつけた背の高い男子学生が、私の声に反応した。腕を組んでじっとしていたから、眠っているのかと思っていたけれども、そうではなかったようだ。


 今私達がいるのは、王立学園にある一室だ。本来この部屋は、学園にいる王族が使う部屋だった。王立学園に在学中の王族がいないため、あることを条件にこの部屋は現在私たちに貸し出されている。


 彼は着けていた狐の仮面を外した。白い髪と赤い瞳に、神様が丹精込めて作ったような顔立ちは、見る者を魅了する。私はもうだいぶ慣れた。だから、彼には狐より兎の方が似合うとか、今の私はそんなことを考える。


「こんなドロドロした王国に生まれなくて良かったって、思っただけ」


 新聞の記事を人差し指で叩いて、彼に示した。


「確かに殺人沙汰の婚約破棄が起こる王国は嫌だな」

「そんな表面上じゃなくて、もっと深いところまでドロドロしてるの」


 彼はよく分からなそうに、眉間に皺を寄せた。


「つまり、王子の婚約破棄によって起きたこの殺人事件には裏がある。単なる婚約破棄ではないってこと」


 ソファの背にもたれかかっていた私は、姿勢を正した。


「まず前提として、巧妙な嘘は真実の中にほんの少し混ぜ込むのが鉄則。だから、記事の内容は概ね事実だと仮定していい。真実追求系のジャーナリストは敵に回すと厄介だし、そういう点からも記事の内容は概ね事実だと仮定できる。今から私が話すのは、その仮定をもとにした推理よ」


 さてどこから話そうか。


「最初に明らかにするのは、公爵令嬢と男爵令嬢は間違いなく共犯者だということ。王子を殺害した後、公爵令嬢は男爵令嬢の腕を引き、自分の後ろに引き倒した。公爵令嬢と男爵令嬢が敵対していたなら、公爵令嬢は男爵令嬢を顧みずに、容赦なく魔法を使っていたはず。でもそうしなかった」

「つまり?」

「つまり公爵令嬢のとった行動は、男爵令嬢の安全を確保するための行動だった。男爵令嬢を危険な王子一味から引き離し、公爵令嬢がこれから放つ魔法に、巻き込まないようにするため」

「それだけだと二人が共犯だとは、言い切れないと思うが」


 私は首を横に振った。


「それだけじゃない。男爵令嬢が王子に働きかけることで、誕生パーティーでの婚約破棄と断罪を確実なものにした。王子の言いがかりに対して、間髪入れずに公爵令嬢が抜け目ない証拠を提示して反論できたのは、あらかじめその内容を知っていたから。男爵令嬢経由で公爵令嬢に話は全て筒抜けで、証拠を用意するのは簡単なことだった。婚約破棄の茶番の間も、男爵令嬢は話の流れが逸れないように、王子を誘導していた。公爵令嬢にすぐに論破されればされるほど、王子のボルテージは上がりやすくなる。公爵令嬢は周りには聞こえない程度に、王子を相当煽ってただろうね。冷静さを欠かせて、とにかく逆上するように。王子が逆上して切りかかってくるような人物だと分かっていて、公爵令嬢と男爵令嬢は行動していた」

「この場にいたはずの国王は、何をしていたんだ。令嬢二人にいいように場をかき乱されて、みすみす息子を殺されるとは、無能と言われても仕方ないな」

「ああ、それは国王も共犯者だから」

「はあ!? 王子を殺されてるんだぞ!?」

「ごめん、間違えた。共犯者よりもむしろ、この事件の黒幕だね」

「な!?」


 ますます信じられない様子の彼が、身を乗り出してきた。一旦落ち着けと、彼を手で制する。


「王子の一人を殺したっていうのに、この公爵令嬢は結局、正当防衛でお咎めなしよ? 最終的な判断をしたのは国王なんだから、そうとしか考えられない。それに新聞記事の約半分は、公爵令嬢の素晴らしさを称賛する様な内容だった。あからさまで露骨なヨイショね」


 冷めた紅茶に口を付けた。冷めているうえに、自分で淹れたものだから味は微妙だ。


「王子の誕生パーティーなら、王宮で行われたはずだし、警備の者もたくさんいたはず。なのに次々と襲いかかる面々を、誰も止められなかったのは明らかに変でしょ。国王を含めて、国の上層部が秘密裏に動いてたんだろうね」


 私の説明を聞き終わり再び腕を組んだ彼は、国王黒幕説に納得したようだった。


「ここからはそれぞれの死に方について。最初に襲いかかった王子は、公爵令嬢を剣で切りつけようとした。そして公爵令嬢の反撃にあい、魔法一撃で首を落とされてる。人の首を的確に落とすような高度で繊細な魔法を、襲われた次の瞬間に冷静に発動できる?」

「普通は無理だろう」

「だから襲われたらすぐに魔法を発動できるように、準備していたと考えるべき。最初から殺す気満々だったということね。王子の次は騎士団長子息と宰相子息の話。鬼気迫る様子で近づいてきた騎士団長子息と宰相子息を、公爵令嬢は火魔法で攻撃した。ここでは火魔法なのが重要。火魔法の火が服に燃え移れば、相手は負傷を免れられない。火柱と称せる程大規模なものなら、逃げるのは難しかったと思う。しかも火柱が三本ということは、三回は攻撃してるってことでしょ。正当防衛にしては、殺意が高すぎる。もはや殺る気しか感じない」

「……まるで火刑だ」

「さて次は、公爵令嬢の水魔法で死んだことにされた、次期魔術師団長弟」

「妙な言い方だな」

「正確に言うなら、こうなるってこと。水魔法で人を殺そうとするなら、溺死させるのが一般的で、即死はさせられない。命を奪いたいなら、もっと殺意が高い別の魔法の方が良かったはず。ではなぜ水魔法を公爵令嬢は使ったのか。それは痕跡を水で洗い流してしまうため」

「隠す必要がある痕跡とは、一体何だ? もう衆人の前で、三人も堂々と殺しているんだ。今更何かを偽装する必要はなくないか?」

「隠蔽したかったのは、公爵令嬢以外が次期魔術師団長弟を殺した痕跡よ。誰が殺したのかと、殺した手段については、古新聞の情報だけでは判断できないから割愛させて。魔法が得意だった次期魔術師団長弟は、公爵令嬢にとって分が悪い相手だった。だから彼に関しては、もともとそういう手筈になっていて、公爵令嬢以外の誰かが殺した。公爵令嬢が火魔法で、どっかんどっかんやってる間にね。もし次期魔術師団長弟が生きていたのなら、火魔法で襲われる騎士団長子息と宰相子息を助けようとしたはずだし」


 ただ少し引っかかる部分もある。公爵令嬢の身を守ったことにすれば、誰が殺したとしても問題なかったはずだ。公爵令嬢を犯人だと偽装した意味が、何かあるのだろうか。


「後は最後に残った大神官の孫ね。仲間が無残に殺されて、最後の一人になってなお、公爵令嬢に危害を加えようとしたとは考えにくい。私が思うに、ここが真実に混ぜ込んだ少しの嘘かな」

「どんな嘘なんだ?」

「戦う力を持たない人間が、躊躇なく人を殺す殺人鬼に普通襲いかかる? 錯乱して襲いかかった可能性も否定できないけど、神官なら恐怖で身動きが取れなかったか、神に救いを求めて祈っていた可能性の方が高い」


 消されるようなことをした奴が、神に救いを求めるはずないか、と口に出してから思い直した。わざわざ言う程のことではないから、言い直したりはしない。


「公爵令嬢がわざわざゴーレムで大神官の孫を殺したのは、ゴーレムに周りの意識が誘導されるようにするため。ゴーレムの巨体で死角を作って、大神官の孫の様子を見せないようにするため。殺される寸前、死にたくないって、大神官の孫は泣き叫んでたんじゃないかな」


 私の話を聞いて、前にいる彼の顔が曇る。一方的な惨殺の瞬間を、想像してしまったのだろう。私も恐ろしいとは思う。でもそれ以上に私が恐ろしいと思ったのは、この公爵令嬢自身のことだった。場の展開に合わせて的確に行動する臨機応変さ、血も涙も無い冷徹さ、大役を任されるほどの国王からの信頼の厚さ、只者ではないのは明らかだ。


「こんな感じで、はい、第四王子一味は全員始末されたとさ、ってね」


 無理やり明るく締めてみたが、彼の表情は曇ったままだった。


「なぜそこまでして、国王は彼らを殺そうとしたんだ?」

「そこに関しては想像するしかないけど、殺された奴らは人身売買、横領、違法薬物の密輸とか、到底目を瞑ることはできないことをやってたんじゃない? いやそれだとちょっと弱いか。もしかしたら、クーデターとか目論んでたのかもね」

「そういうことならこんな大舞台で殺らずとも、病死に偽装したり、暗殺したり、いくらでも方法はあったんじゃないか? 正攻法で罪に問うこともできただろう?」


 そうした方が穏便に事は運んだだろう。でもそうしなかっただけの理由がある。


「見せしめのためよ。たとえ王侯貴族相手であっても、ここまでする。さあ震えて眠れ、という暗なるメッセージ」


 ふと引っかかっていたピースが、かちりとはまった。


「ああ、そうか。公爵令嬢という絶対的な戦力を、誇示する意味合いもあったのか。次期魔術師団長弟を公爵令嬢が殺したことにしたのは、きっとそのためね。見せびらかすように色々な種類の魔法をつかったのも、そういう目的があったから」


 本当にとんでもない国だ。不穏分子をただ潰すだけでなく、国の利益のために利用する。これが遠い異国の話で、本当に良かった。


「……それは恐ろしいな。お前がこの国で生まれて良かったと言った理由が、よく分かった」


 血なまぐさい事件の話は、今度こそ終わりだ。王族御用達の高級ソファの上で、私は大きく伸びをした。


「あ~、ひま。屋敷に帰ることもできないし、来るかどうかも分からない依頼人を、放課後ずっと待ちぼうけ。本当にひま」

「俺はお前と一緒に居れるだけで嬉しいぞ?」


 こういうことを平然と言うから、彼は性質が悪い。


「分かった、分かった。貴方は推理とかそういうのが苦手なのに、殿下のあんな提案を了承したと聞いた時は、耳を疑ったよ。どうせ探偵役をやるのは私なんだから、少しは相談しろってね」


 今は学園に通う王族がいないから、王族用の部屋を二人で使ってもいい。その代わり、学園で起こる事件や問題を解決してほしい。それが殿下の提案だった。仮に彼に相談されていたとしても、私は最終的にオッケーを出しただろう。


「だって、学園内でお前と一緒に過ごしたかった」


 また平然とそういうことを言う。


 公爵令息である彼と男爵令嬢の私が婚約者同士であることは、極一部の限られた人しか知らない。私と彼の婚約は、私の特殊な魔眼が縁の婚約だ。こんな縁だと政略結婚のように思えるだろうが、今の私と彼は相思相愛だったりする。


「私と貴方の親友同士が婚約者なのだから、その繋がりで一緒に居る体でいればいいでしょ? 今までだって、そうしてきたんだから」

「それだとお前に触れることもできない」


 彼はそんなことを言いつつも、この部屋で二人きりでも、指一本触れてこようとはしない。


「まったく、貴方は学園で何をする気よ」


 ふふふっと笑い混じりに私は答えた。依頼者が来ないこの平和で暇な時間が続けばいいと思いながら、私は冷めた微妙な紅茶を再び口に運んだ。

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