魔法について
翌日の授業は普段通り。ただ大国アンダシア帝国の話が出てきたためミレイアは特殊魔法の話を聞いてみたがヴィクトルは魅了のことなど知らないようだった。
試しに世界でこれまで1人しか発現しなかったような魔法はないかという話を振ってみたところ危険な魔法は魔法局で秘匿されているため魔法局の人間なら知っていて世に話が漏れないように管理しているかもしれないそうだ。地方で稀に魔法関連の事件があると聞いたことはあるが一般人だとそれがどんな魔法かはわからないまま収束するという。
「魔法局とはどんなところなのですか。そこにいけば魔法のことをもっとよく知れるのですよね」
魅了魔法に対抗できる術も見つかるかもしれないと思ったミレイア。
「そうですがお嬢様が魔法局に入るのはまず難しいでしょうね」
「そうなのですか?」
「魔法局は命の危険がある場所です。研究機関である以外に魔法局というのは危険な魔物を管理している場所でもあります。魔物の話は以前しましたね。人の邪気を吸って成長する魔物はすぐに殺すことはできません。無理に殺そうとすると吸い込んだ邪気を放出して闇魔法として精神に作用させてしまうので隔離して成長を止めてから魔物の魔力を弱めていかないといけないのです。それを行っているのが魔法局でそれが重要な仕事なのです。魔法局は危険と隣り合わせどころか危険と共存しているといってもいいところです」
「そうだったのですか。知らなかったです」
「まだ教えていないことでしたので。魔物を見つけたら殺してはいけません、ということは貴族でなくとも誰もが教わるこの世界の常識ですからね」
この世界で闇魔法と光魔法、そして無効化魔法は特殊魔法の中でも特別な魔法だ。通常の基本魔法は持たない代わりに複数のそれぞれの属性の魔法が使える。
そして闇といっても悪いものだけではない。魔物が使うから悪しきものという印象ではあるがようは使い方で善にも悪にもなるだけでそれはどの魔法を持つものにも言えることだ。
そこでミレイアはふと思う。魅了魔法は聞いたことがなかったが闇魔法も精神に影響を及ぼしうる魔法だ。それに対抗できる手段があるのなら魅了魔法にも対抗できるのではないか。
「先生、精神に影響を及ぼす闇魔法にはどのように対抗するのですか?」
「闇魔法に対抗できるのは光魔法しかありません。どの魔法でもそうですが基本ぶつけて相殺するか上回る魔法で対抗できますから。あとは無効化魔法ですね。ですがこの魔法は攻撃には使えませんから防ぐだけです」
闇だから光で対抗できる。魅了も光で対抗できたりしないだろうか。無効化魔法を持つ者は同じ特殊の光や闇と比べて極端に少ない。ヴィクトルは魔法の専門家ではないからやはり魔法局に手がかりがありそうだ。けど魔法局に入るのは難しい。ミレイアは無表情のままため息をつく。
「防ぐだけで良いのならお嬢様の持つシールドでも闇魔法を防ぐことはできますね」
「そうなのですか?」
「長時間発動させることはできないので魔法を宝石などに込めておかない限り不意討ちなどでは使えないですし実践向けではないですけどね。昔闇魔法の権威といわれる人物が魔法局で実験した結果わかったそうです」
「闇魔法の権威……?」
「この国にはそれぞれの魔法の第一人者と呼べるような人物がいるのですよ。実は私の親戚に光魔法の権威がいましてね。彼も魔法局で活躍というか研究の毎日でここ何年も顔も見ていません」
「そうなのですか」
「あ、すみません、身内自慢をしてしまいました。話もずれてしまいましたね」
「いえ、大変興味深いです」
「え、興味持ってくださいました?」
「はい」
「そうですか。お嬢様は魔法に興味がおありのようですね」
「そういうわけでもないですが」
「違うのですか?」
「違うわけではないのですが」
「レアンドロ様が許可を出すかはわかりませんが魔法局への入局ができれば魔法についてより知ることができるでしょう。学園での魔法学は学ぶというより訓練の意味が強いですからね」
「お父様に許可をもらうのは難しいでしょうか」
「危険な場所に可愛い娘を行かせようとは思いませんよ。心配ですからね」
「父がそのようなことを思いますか?」
ミレイアにとって年に数回しか見たことのないレアンドロは笑顔で最近の様子を聞くだけで、ただそれだけだった。
レアンドロとしては中々娘の起きてる時間に顔を会わせることができず、また情緒不安定な妻と同じくどう接すれば良いのかわからないと思っているのだった。
「思うでしょう。レアンドロ様はお嬢様の様子を気にかけて私に確認しにきますからね」
「そうなのですか?」
「はい。レアンドロ様とは私が3学年、レアンドロ様が1学年の時に学園で出会いそこまで親しくはしていなかったのですが2年前わざわざ私の家にやってきてお嬢様の家庭教師を命じてきましてね。家庭教師を始めてからも呼び出してくだされば伺いますと申し上げているのに夜中か早朝にいきなり家にやってきます。その時間にお嬢様にお会いになれば良いのではとは申し上げているのですがね」
「そうなのですか。先生は母のことも知っているのですか?」
「ええ。怖すぎです」
「怖すぎ」
「あ、すみません」
「いえ」
「夫人は学生時代から変わりませんよ。といっても私は学生時代の1年間のことしか知りませんが。7才の時に婚約者になってから王妃様によく突っかかってらしたそうですよ。王族の護衛たちもよく被害にあっていたそうです。私も学生時代炎の巻き添えになって読んでいた本が丸焦げになってしまったことがありました。この前も髪の毛を火の粉で燃やされました。私は筆記は得意ですが実技はそこまで得意ではありません。あんなに強い魔法に太刀打ちできないのです」
「お母様は魔法の制御がうまくできないのでしょうか」
「というより感情の高ぶる時のみ制御できなくなるのでしょう。相当に同い年の王妃様がお嫌いだったのでしょうね。ですがそれとは関係なしの実技の授業ではトップクラスの魔法の使い手でした。特に感知魔法に関して夫人の右に出る者はいなかったです。学力も申し分なく、気性が荒くなければオルガン公爵家の名に相応しいご令嬢だったと聞いていますよ」
「そうなのね」
初めて知る母のことにミレイアは少し引っ掛かりを覚えた。それが何なのかはわからなかったが。
「そうそう、お嬢様も将来は王族に嫁ぐことになりますしこのお話もしましょうか」
「王族に嫁ぐ?」
「まあレアンドロ様は婿入りでお嬢様は嫁入りですけどね」
「私王族に嫁ぐとは聞いていません」
カミニャンからは聞いているけど、とミレイアは思う。
「おや、そうでしたか。けど4年前お嬢様が3才の時に決まっていますよ。あれ?もしかしてこれ僕から話すことだったのかな。普通当主からだと思うけどレアンドロ様だしな……」
ヴィクトルは今さら思い当たってヒヤリとした。
だが婚約者を通いの家庭教師から伝えられるなんて聞いたことがない、父親である当主から言い渡されるのが常であるはずで自分は間違ってないおかしいのは必要なコミュニケーションも取れないこの家だと思い直した。
「先生?」
「あ、いえ、すみません。その、とにかくお嬢様とテオドール殿下がご婚約されるのは通例通り9才ですがご婚約の内示は既に出ております」
「なぜ9才にならないと婚約とならないのですか?」
「それはですね、王子の魔力が安定したら婚約するという決まりだからです」
「安定したら?3才になれば安定するのではないのですか?」
「普通はそうです。では前に教えたことの復習です。魔力は平常時は体の中で一定のペースで流れていますが生まれたばかりの赤ん坊の中では逆流したり早くなったり遅くなったり無意識に魔法を放出したりしてしまうこともあります。魔法を放出し続けて魔力切れを起こしてしまうと最悪死んでしまいます。ですがそれはほとんどありません。人には生まれながらに防衛本能があり魔力ゼロになる前に止まるからです。その状態であれば回復魔法をかけるなり魔力補給の薬を飲んで数日休めば回復します。ゼロに近い状態でなければ自然に回復するのを待てば良いですしね」
魔力は命と同じだ。魔力が完全になくなると死んでしまう。栄養を摂って休んでいると自然に元に戻るが急激に魔力を消費すると危険な状態になる。そのためだいたいの家には魔力が回復する薬が常備されているのだ。
「そうした魔法を放出してしまうような状態はしばらく経てば収まりますが正常な流れに落ち着くまで2年近くかかり3才の誕生日を迎える頃にはどの子供も魔力を安定させることができているのですね。さらに魔力の種類や特殊魔法があればそれを特定できるのもその安定してからです。といっても感知魔法でお腹にいる時からある程度わかっていますが。見せた感知魔法持ちのレベルによっては安定してない状態で魔法を正確に把握するのは難しいですしむしろそれほどのレベルの感知魔法持ちは少ないです。とまあ、ここまでが復習ですね。これが王族、王子になると変わってくるのです。魔力が多すぎて自力では安定しません。生まれてすぐに魔力を吸収することのできる腕輪を7本つけるんです。腕輪は放出されようとする魔力を吸収して無効化する道具です。それを1年ごとに1つずつ外しながら徐々に慣らしていくんですよ。ただ今の陛下の時は7本の腕輪をつけても安定しなくてですね。特殊魔法の雷で助産師たちを攻撃するわ国中あらゆるところで雷が落ちるわ大変だったそうです。それで二代目国王以来使われてこなかったチョーカーもつけて7年ではなく9年かけて魔力を安定させることにしたのです。そしてテオドール殿下のことですね。陛下の時に数百年使われてなかったというのに二代続けてチョーカーが必要になったのです。地割れは起こるわ砂嵐は起こるわ陛下の時は話を聞いただけでしたが実際に経験すると恐怖でしたね。天災を引き起こす王族の力は」
「そんなにすごいのですね。お父様は普通だったのでしょうか」
「普通といっても私たちただの貴族とは比べ物になりませんけどね。通常通り7本の腕輪で安定させましたよ」
「王女様だとどうなのですか?」
「王族に姫様が生まれることは稀なことですが自力で安定させることができるくらいの量の魔力を持ちますね。現にお嬢様がそうです。そして姫様が降嫁して生んだ子は通常の貴族程度の魔力量を持ちました。一方レアンドロ様のように臣下に降るという王子は今までいませんでした。みんな争いの中で死んでしまいましたからね。前例がなかったのでお嬢様が生まれる時も公爵夫人は王宮の特別な部屋で出産しました。魔力の流れで性別がわかるので生まれる前から姫様だとわかっていましたし、王子ほど大きな力だとは考えられていませんでしたけど。というわけで王子は自力で魔力を安定させることができるまで極力人と接触しないようにするのです。腕輪が壊れたことはありませんが不安定な状態で天災を引き起こしては大事ですから」
「だから従妹でも会ったことがなかったのですね」
「そうですね。大人であればある程度自分で身を守れますが子供では危険ですから。ですがテオドール殿下は規格外のそのまた上にいきましてね」
「規格外の上ですか?」
「規格外は陛下なんですけど殿下はその上にいきましてね。殿下の特殊魔法は強化。なんと腕輪とチョーカーを自分で強化してしまったのですよ。それがわかったのが去年、6才の誕生日に腕輪を外す儀式の時です。腕輪は本来何もしなければ魔力を吸収するものではないのですが万が一を考え魔法局局長が代々取り外しの儀式を行います。殿下の場合はさらに万が一のことを考えてレアンドロ様も毎年立ち会っているのですが去年の6才の時腕輪を取り外そうとした局長が倒れてしまったんです。本来強制的に魔力を吸いとるはずのないものですし局長ほどの人物がそう簡単に魔力切れを起こすはずがないのですが。局長を心配した殿下が動揺して地震を起こしレアンドロ様が殿下を宥めながら局長に回復魔法をかけつつ腕輪を外して手に持った時にその腕輪がレアンドロ様が使っていたものよりはるかに強い力を持ち強制的に魔力を吸収されてしまうと気付いたのです。レアンドロ様はとっさに強制的に魔法を吸収されないよう魔力を身体に止めたそうです」
ヴィクトルは当時のことを思い返しながら続ける。
「通常吸収魔法というのは他の魔法が放出してくるのに対して吸収するもので強い魔力を持つ吸収魔法持ちなら強制的に人や魔物などから魔力を吸収する力を使えます。万が一のことを考え騎士や王族の方などはそうした力に対抗するため自分の魔力を吸いとられないように魔力を身体に止めさせる訓練もするんだそうです。そして物に魔力を込めるというのは難易度の高いものです。それでも基本魔法であれば訓練すればできるものだと教えましたね。特殊魔法はできる人が一握りです。ましてや危険があるためまだ魔法について詳しく教えていなかった殿下ができるようになることは考えられないことでした。腕輪は2本分のチョーカーと同等かそれ以上の力を持っており強制的に魔力を吸いとるようになっていました。このことから殿下は自分で強化した道具によって魔力切れを起こすことがなかったということで陛下以上に魔力が多く魔力を身体に止めさせるほどのコントロール力があると判明したわけですね。そして強化された腕輪を外した殿下は動揺で地震を起こしたものの魔力自体は安定しているように見られましたがチョーカーも強化されていることがわかりそれで安定しているのか、それとも殿下は既に陛下以上の魔力を安定させることに成功してさらに高難易度の魔法も使えるのかという議論が行われました。というより今でも続いていますね。一応今年の殿下の誕生日に7本目も外しましたが安定しているそうです。まあこのまま結論が出ずに予定通り9才まで様子見になりそうですね。もしかしたら9才になってもまだ様子見ということになるかもしれませんけど。ああ、そうそう、殿下と婚約すればお嬢様の外出も許可されるでしょうね。そもそも外出できないので魔法局に行けなかったです」
「外出許可……?私外出できなかったのですか?」
「え?してませんよね、外出」
「必要ないので」
ミレイアは生まれてから一度も屋敷を出たことがなかった。魔法を使うのに庭に出るくらいだ。だが外に興味もなく周りが必要と思うものは業者の方が屋敷にやって来るためミレイアは外に出ないことに関してなんとも感じていなかった。
「お嬢様ですねえ……。お嬢様は単純に公爵家の令嬢ということもありますし現在この国のお子さん、学園に入ってる代まで見ても強い魔力の持ち主です。だからとても狙われやすいのです。レアンドロ様は王位継承権を破棄していますから王族から名目上では外されていまして、ただ王族と婚約を結ぶだけでも王族関係者と見なされて騎士団の精鋭を護衛に引き抜ける決まりになっているんです。レアンドロ様は公爵家の護衛たちに不足があるわけではありませんが万が一のことがあるのでそのくらいの人物をお嬢様につけたいのでしょうね。ちなみに同世代でお嬢様と魔力が同じくらいなのは魔法局局長のマイペースご子息くらいじゃないですかね。宰相の生意気なご子息はその次……現騎士団長の堅物子息は魔力は多いけど今は剣の腕前の方が秀でてるし」
「あの、先生は何者なのでしょう。王家のことにも詳しいですし宰相のご子息などともお知り合いなのですか?」
「ただ顔が広いだけですよ。ただ4人に関しては家庭教師をしてます。お嬢様だけを受け持ってるわけではないので。お嬢様が週に4日と比率が多いですがそれはお嬢様が9才になられて殿下と正式に婚約を結べば妃教育が始まり私の授業はそれまでだからです。駆け足で教えなければと思っていましたがお嬢様が優秀すぎて最近はペースを落としてもいい気がしています。お嬢様の興味がある話だけでも十分勉強としては役立つと思いますし」
「そうだったのですね」
ヴィクトルはただの家庭教師でも、またただの顔が広いだけでもなかったがそれはミレイアには言わなかった。
ヴィクトルがミレイアに勉強を教え始めたのは2年前。その頃はミレイアも淑女としてのマナー教育も受けていて午前中2時間教わり、午後の3時間はヴィクトルが公爵家に来て授業をするというスケジュールだった。マナー教育の女性教師がミレイアとミレイアの母を恐れたのとミレイアの覚えが良かったため半年もかからずにカリキュラムを全て終えてマナー教育は終了した。
ヴィクトルはテオドールたちに一般教養を教えているがヴィクトル自身は3割子守りだと思っている。というのもミレイアにはテオドールは魔力を安定させるまで他の子供と会うことができないと話したが実際は違う。とんでも魔力を持つとんでも少年がいるからだ。
現魔法局局長の息子シャルルは闇魔法の持ち主だ。世襲制ではない魔法局の局長職だがシャルルは既に次期局長が決まっている。よってテオドールを支える人物としてお友達枠になっている。テオドールの1つ年下でありながら優れた魔力とセンスを持っているためシャルルがいればテオドールは他の子供と会うことを許可されている。
もっともテオドールはその性格上危険を犯したくないからと会うのはシャルルともう2人、宰相の息子ダミアンと騎士団長の息子ジョセフのみなのだが。
そのお守り役としてヴィクトルが指名され最近では4人まとめて勉強を教えながら交流を図っている。ヴィクトルとしては個別ならまだしもまとまるなら別の家庭教師を雇ってほしいと言ったのだがシャルルがヴィクトルを指名しているので変えることができない。
闇魔法は悪に染まりやすくはあるため比較的伸び伸び育てるのが常でありシャルルも自由に育てていたところ本来の気質もあり我が強めのマイペースになった。この話が打診された際、彼は「それならヴィクトル先生が良いなー」と言い、ヴィクトルが「断っても良いですか」と聞くとシャルルは「ヴィクトル先生が良いなー」、「断っても良いで「ヴィクトル先生が良いなー」わかりました」
というわけでヴィクトルがお守りをすることになったのだ。明日も4人のお守りかと思うと思わずため息が出るのだった。
「先生はお忙しいのですね」
「心配してくださるのですね。お嬢様はお優しい。まったく、単体なら癪に障るだけなのに集まるとなぜあんなに騒がしい時間になるんだか……始める前からそうなるだろうと思って抗議してたのに……」
「心配しているわけではないのですが」
「え」
『貴方はそうはっきりと言わなくても良いでしょうに。思ってなくてもお体に気を付けてくらい言うものですよ』
ミレイアの足元に丸まりながら目を閉じて話を聞いていたカミニャンが片目を開けて呆れた様子でミレイアに言う。
『わかったわ』
「先生、お体にお気をつけください」
「ありがとうございます。レアンドロ様が回復魔法をかけてくださるので体は問題ないですよ。馬車馬の如く働かせるレアンドロ様の無慈悲な技です。あれのせいで王宮の人たちはいつまででも働かされてしまうのです。酷い話です」
「大変なのですね」
「わかってくださいますか」
「はい」
まったく感情のこもってないミレイアだったがカミニャンは再び目を閉じた。