鉱石
ミレイアが魔法局に通うようになって数週間が経った。ミレイアは主にシルヴィオから教わりながら訓練をしていた。突然変異魔法については各領地の調査という名目で領主を5、6人ずつ集めてカルリトが領主本人に魔法がかけられていないかを感知しつつ変わったことが起きていないかを調査しているが今のところ何もない。
「ずっと訓練ばかりじゃつまんないっすよね。何か探しに資料室にでも行ってみたらどうっすか?」
シルヴィオのその言葉でミレイアはカミニャンを頭に乗せて資料室に来た。
『一応人はいなさそうだけど念のためこれで喋るわね』
『ええ、それが良いでしょう』
『とりあえず初日に聞いた魔法の資料でも探してみようかしら』
『そうですね』
『それにしてもいつ国宝を調べられるのかしらね』
『なにかと動きがありますから後回しなのでしょう』
『仕方ないわね……。あ、これだわ奴隷魔法の資料』
棚から資料を抜き出すと正面に人がいて無表情のまま驚くミレイア。
「もしかして、シャルル・アーティス様?」
明らかに子供だった。子供はミレイアとシャルルしかいないはずのためシャルルなのだろうと思いながらミレイアは問いかける。
「あれー?子供がいるー。あ、真っ赤の髪に真っ赤のおめめに黒猫!!わかったー!!テオの婚約者って子だねー?」
その子はパタパタとミレイアの方に回ってきて無邪気な様子で喋る。
「私はミレイア・オルガン。テオというのがテオドール殿下のことなら確かに私は婚約者よ」
「テオのこと振った子だー」
「振ったとは?」
「好きにならないって振ったんでしょー?テオしくしく泣いてたよー」
一応テオドールは泣きそうではあったが泣いてはいない。あの日のあとシャルルたち3人に会ったテオドールはミレイアのことを話していた。
「振ったわけではないわ。事実を言っただけ」
「へー。それで婚約者ちゃんはどうしてここにいるの?あーそうだ、魔法局に来るってお父様が言ってたんだった」
「婚約者ちゃんというのは私を特定するものではないわ。名前を呼んでちょうだい」
「じゃあミレイアーここで何してるのー?」
「資料を探しにきたのよ。資料室だし。あなたもそうでしょう?」
「僕ー?僕は違うよ」
「では何をしているの?」
「えっとねーいたずらー」
「いたずら?」
「そう、ここの人みーんな僕が通せんぼしても目の前で変な顔しても気にしないで通りすぎちゃうから足引っかけたりローブを引っ張ったりするんだー」
「そうなの」
「そうだよー。ねえ、今暇だから遊んでよー」
「私は暇ではないのだけれど」
「えー良いじゃんお願ーい。ねー」
ミレイアのローブを左右に引っ張るシャルル。シャルルはミレイアよりも小さく黒髪に黒目でテオドールとはまた違った可愛らしい男の子だ。
ミレイアはこれが子供なのかとロゼットと初めて話した時のことを思い返す。ロゼットのことで子供というのは自分に萎縮したり泣いたりしないものだと思ったミレイアだったがシャルルの様子を見て、泣かれてしまったら騒ぎになって自分のことが見つかってしまうと思いシャルルに付き合うことにした。
シャルルは閲覧用の机がある場所までミレイアを連れていく。
「ねーミレイアの魔法見たーい見せてー火がぼわーってするんでしょ?」
「こんな資料のある場所で火は使えないわ。危ないもの。シールド魔法なら」
シールド魔法は剣など物理攻撃にももちろん使える。ミレイアが目の前にシールドを作るとシャルルは叩いてみる。
「わー本当だーすごーい!!」
「貴方は闇魔法を持っていると聞いたわ。どれくらい扱えるの?」
「んーとね、きらきらの宝石に込められるよー」
「……物に込められるの?」
「そうだよーえっとねーなにかないかなー」
ミレイアは外商にもらってから訓練に使っている黒にも紫にも見える鉱石をシャルルに渡す。
「これに込められる?」
「あーできるよー見ててー」
シャルルが魔力を込めるとその鉱石が闇のように真っ黒に変わった。
「色が変わった?」
「ねーできたよー」
「そうね、あの、いつも魔力を込めた鉱石は色が変わる?」
「んーん、変わらないよー」
「……ちょっとシルヴィオ様に見てもらいましょう」
ミレイアはすごいものを見た気がして急いで資料と鉱石を持って資料室を出る。
「あー待ってよー僕もー」
その後ろをシャルルがついていく。そして研究室に行くとシルヴィオと他の仕事に行っていたはずの局長が戻ってきていた。
「おかえりなさい。あれ?シャルル様っすか?」
「どうしてシャルルが。シャルル、ミレイア嬢にいたずらしてないだろうね」
「してないよー」
「お二人とも、これを見てください」
「これはいつも使っている鉱石……ではなさそうですね」
局長がミレイアに手渡された鉱石を目の高さに持って見る。
「いえ、その鉱石なんです」
「あれはこんなに真っ黒な鉱石でしたっけ?」
マイアのことや突然変異魔法のことで何かと忙しく鉱石で特訓しているところをあまり見ていなかった局長が鉱石をじっと見ながら言う。
「アーティス様が闇魔法を込めたら色が変わったのです」
「「え」」
「魔力を込めて色が変わる鉱石はありますか?」
「聞いたことありませんね」
「俺もないっす」
「ただの鉱石だと思っていたのですが」
「とりあえず元に戻るか試してみましょう」
「そういえば魔力を込めた物はどうやって発動させるのですか?」
「基本攻撃に対抗する時に使うので魔力がぶつかったら反射的に発動しますよ。とりあえず闇を込めたのなら光で消しましょう」
「俺ヘラルドさん呼んでくるっす」
シルヴィオはそう言って部屋を出ていく。
「ここミレイアの部屋なのー?」
「そうよ。貴方は?」
「僕はヤンと同じ部屋ー。ねー僕シャルルだよー」
「知っているけど?」
「シャルルって呼んでー」
「……ああ、家名でなく名前で呼んでということね」
「うん!!」
「わかったわ」
「お、シャルル、ここにいたのかよ」
「あーヤンだー」
「どうかした?何かわかったの?」
ヘラルドを連れてくるつもりだったが偶然ヤンも同じ部屋に来ていて一緒に来た。普段から闇と光で2つの特性を研究することが多いのだ。
「これはミレイア嬢がいつも魔力を込める訓練に使っている鉱石なのですがシャルルが魔力を込めたら光沢がある黒にも紫にも見える色だったのが真っ黒に変わったそうで。元に戻すために光魔法を使ってもらえますか?」
局長が説明するとヘラルドは面白そうに笑う。
「へー色が変わる鉱石。聞いたことないね」
そう言いながら局長が持つ鉱石に向かって光魔法をぶつけると鉱石から黒い靄が出てきてすぐ光に飲み込まれる。
「あー僕の闇魔法がー」
「ひよっこ以下のシャルルの闇なんてちょちょいのちょいだよーだ」
「むー」
性格と実年齢を考えると確かにひよっこ以下だがシャルルの魔法は量も強さもコントロールも優れていた。それでもヘラルドにとっては所詮子供のそれだった。
「ばーか。お前と俺との間にはでっけえ壁があんだよ。そう簡単に越えられてたまるか」
「ヤンの意地悪ー」
「変わりましたね」
「いつも通りの色に戻ったっすね」
局長とシルヴィオの言うように鉱石は元の色に戻っていた。
「ミレイア嬢、この鉱石どこにあったんだ?」
「わかりません。いつもうちに来る外商から珍しいものだともらったので」
「珍しいって見た目には色が変わってるくらいで何の変哲もないけどなー」
「珍しい場所で採れたとかではないですかね。その辺りもちょっと知りたいですね。その前に今度はヘラルドさん光魔法を込めてくれませか?」
「はいよー」
ヘラルドが魔力を込めると鉱石は金色に変わった。
「では次ヤンさん相殺してください」
「おうよ」
続いてヤンが闇魔法の塊を鉱石にぶつけると光って相殺された。
「やはり元の色に戻りましたか。ではシルヴィオ、シールド魔法を込めてくれる?」
「了解っす」
シルヴィオが鉱石に魔力を込めると鉱石は銀色に変わった。
「シルヴィオ、ちょっと持っててね。これに氷魔法をっと」
局長が丸い氷をいくつも鉱石にぶつけると氷が砕けて色は元通りに。
「では最後に私の水魔法を込めて……と」
青色に変わった鉱石を局長がミレイアに向ける。
「ミレイア譲、火をぶつけてもらえますか?」
「わかりました」
ミレイアが火をただ放出して鉱石にぶつけると鉱石から水が吹き出して蒸発した。
「こんなものでしょう。どうやらこの鉱石は基本特殊問わずその魔法の色に変化する鉱石で間違いないです。どこで手に入れたものなのか……。その外商の名前は?」
「ガエルという男です」
「ああ、その名前なら聞いたことあるよ。スネイガンにも来てた。ずいぶん前に会ったから……今は70近くじゃないかな?まだやってるの?」
「ガエルは30代だったと思いますけど」
「名前を引き継いで商売している者はいますよ。怪しい者ではなさそうですし、この鉱石の出所を確認してみましょう」
こうして局長がガエルと連絡を取れるまで一旦保留ということになった。だがシャルルが面白そうと言ってミレイアの研究室に入り浸るようになってしまった。とりあえず煩いだけで害はないということでそのままになった。