50話
ある男は巨大な生物に乗り、ルナール神国から北に数十キロほど行った場所に<魔の谷>と言われる場所に空を飛んで向かっていた。日中でも谷底には光さえ届かず、常に猛毒のガスが充満しているため魔物であろうと生息してはいない。だが、男は魔の谷の上空まで来ると躊躇なく昏い昏い谷底目掛けて飛び降りた。勢いよく落下する中、男は風の魔法を使い気流を操作する。速度は徐々に衰えていき男は谷底にゆっくりと着地する。
すると、目の前には発光する大きな建造物が飛び込んでくる。男はいつものようにその中へと入っていく。男はそのまま歩を進めある人物のいる部屋へと向かむ。人の数倍はあろうかという大きな扉を押し、中に入る。その部屋は円柱状の培養層のようなものが均等にいくつも並んでいる如何にも怪しげな場所であった。
「おい、クラーク。頼まれてた魔物の死骸を回収してきてやったぞ」
すると、物陰から丈のあっていない大きすぎる白衣を着た小柄な男が顔を出す。ボサボサな白髪を掻きながら近づいてくる。
「おや早かったね、エイル。もう少しかかるものだと思っていたんだけどね」
「帝位争いの影響で予想以上に混乱していたからな。それに竜が襲ってくるとかいう異常事態も起こっていたから楽に仕事ができたぜ」
そう言って異次元袋をクラークに差し出す。
「それはそれは研究者としては羨ましい限りだよ。竜を肉眼で見れるなんてね」
クラークは袋の中から黒鬼の頭を取り出し、丸眼鏡の位置を調整しながらじっくりと観察する。
「ふむ、私が作った黒鬼で間違いないようだね」
「当たり前だろ。俺がしくじるわけねーからな」
「分かっているとも。攻略者である君の力は信用しているよ」
エイルは満足そうな笑みを浮かべながら腕を組む。
「それでクラーク。報酬のことは忘れてねーよな?」
獰猛な赤い瞳が小柄な男に突き刺さる。クラークは怪しい笑みを浮かべながら頷く。
「もちろんさ。すぐにでもこの素体たちを解析してより強い魔物の相手をさせてあげるよ。流石に今度ばかりは君も苦戦するかもよ」
エイルはその言葉を聞き、楽しそうに笑う。それはまるで新しいおもちゃを与えられた子供のように無垢なものだった。
「上等だ。最近歯ごたえのある戦闘ができてなかったからな。あの計画の前哨戦にはちょうどいいぜ」
息まくエイルは今にも腰の短剣を抜きそうな勢いであったが、建物に響く足音を聞き猛る感情を抑えそちらを向く。そこには垣外に身を包み中折れ棒を被った棺桶のようなものを背負った男がいた。
「相変わらず君は元気だね。まあそこが君の良さでもあるが少しは落ち着きがないと攻略者の威厳というやつがないように見えるよ」
エイルは不機嫌そうに鼻を鳴らし、鋭い視線を男に向ける。
「つまんねーこと言うんじゃねーよ、ネウル。攻略者は唯々強くあればそれでいいんだよ。心も体もな。それ以上の相応しさなんて存在しねーだろ」
「確かに君の意見にも一理あると私も思うよ。だが、それは普通の人々には理解できないだろう。我々は誰にとっても人知を超えた象徴でなければならない。それは君も理解しているはずだが」
エイルの鋭い視線とネウルの柔和な視線がぶつかり合いまるで重力が増したような重苦しい雰囲気が漂う。放たれる魔力圧で建物が小刻みに震えだし、そんな状況に耐えかねたクラークが二人を止めようと口を出そうとした瞬間凛とした声が響き渡る。
「二人ともやめろ」
その声を聴き、二人の圧力は急に成りを潜める。そして、その声の方へと視線が集まる。そこには全身を黒いローブで覆われ、顔を白い仮面で隠した人物がいつの間にか立っていた。
「これはこれはご当主様。ご機嫌麗しゅうございます」
ネウルは大げさな身振りでおどけたように振る舞う。その様子を謎の男は手で制すと三人に語り掛ける。
「あの計画を実行する。だからこそこの場にネウルも呼んだ。実行は一か月後各自それまでに調整をしておけ」
それだけ言い残すと姿を消そうとする男にエイルは素早く質問する。
「ちょっと待ってくれよ、当主様よ。何でこんな早く召集をかけたんだよ。なんかあんのか?」
「それはクラークに聞け。その方が早いだろう」
そう言って今度こそ霞のように姿を消した。その場に残された人々の視線はおのずと小柄な男の用へと集まった。男は楽し気な様子で二人の要望に応える。
「二人ともこちらにどうぞ。とてもとても面白いものが見れますから」
クラークは独特な笑い声を響かせながら二人を伴って建物の奥深くへと歩を進めるのであった。




