第一章 九節
アレン・ルシアンは疲弊していた。
グリードとの戦闘でダメージを受けたことと、奥義を使用した反動で全身の筋肉が激痛を伴っていること。だが、とどめを指したのは先頭直後にキサラが抱きついてきたことだ。いや、あれはむしろ体当たりだった。
そのまま、俺は倒れ神社の中で意識を失っていたらしい。
朝、いつも通りお参りに来たフェルトが俺の怪我を見て手当てをしてくれた。
フェルトは本当は良い娘なのだろう。あのような不幸がなければ。
お昼を過ぎた頃には体力は大分回復していた。
そろそろ出発しようという話になり、キースの家を訪れる。キースは俺の怪我を見て大分驚いていたが神社の出来事をキサラが説明し納得してくれた。そしていよいよ出発という頃少し問題が起きた。
「すまない、フェルトを一緒につれていくことはできない」
「そんな。私、何でもしますから」
「いや、そう言われても」
「フェルト、あまり困らせてはいけない」キースがフェルトをなだめてくれている。
「では、約束してください。必ずここに戻ってくると。私、ずっと信じていますから」
「あぁ、わかった」
「約束です」
そう言うと、フェルトはキスをした。これがまずかった。俺はキスなんてはじめてだったし最初何が起こったのかわからなかったが、あとからすごい恥ずかしくなった。
無事にビーコンの町を出発できたが、クレアはまた機嫌が悪くなってしまったようだ。キサラは「私は寛容なので、あのくらいじゃ気にしません」といってくっついてくるのをやめない。
勘弁してくれ。
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フェルトはアレンたちを見送ったあと、オーガをつれて再び神社へ行くことにした。
お願い事があったから。アレンの旅が無事に終わるように、そしてこの町へ戻ってこれるようにと。
神社へ着くといつものようにお賽銭をいれて、いつものようにお願いをする。
お願いを終え、振り向くといつもは見かけない黒猫がいた。
と、黒猫は私に向かって言葉をかける。
もし1つだけ願いが叶うのなら。そう思いながらオーガを強く抱き締める。
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ビーコンの町を出発した後、道のりは険しさを増した。
次の町に向かうには山を越える必要がある。山を登り始めるにはすこし日が傾きすぎている。上ったところですぐに日が沈んで真っ暗になってしまう。山の麓で今日は休むことにした。
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夢を見た。また、昔の夢。
目眩がする。目が覚めたのは宿舎の医務室。
宿舎の自室へ戻るとルークが心配そうに声を掛けてくれた。どうやら訓練中に王子ジュードと手合わせをすることになり、ジュードの重撃を頭に受けてそのまま倒れたらしい。なさけない話だ。
幸いだったのは体調を整える、という名目で一日休みをもらえたことだ。休みの予定は決まっている。
視線をベッドの脇に送ると父から譲り受けた刀が立て掛けてある。それを手に取り、抜刀する。刃が途中からなくなっているのをみて、昨日の手合わせを思い出す。
かなりの重撃だった。あれは人の力ではなかった。しかし、刀が折れたのは俺の責任だ。
明日の休みは父に謝り新しい刀を貰おう。
翌日、体調はだいぶ回復していた。
城の訓練場では多くの兵士が今日も鍛練に励んでいたようだ。彼らを横目で見つつ、城門を抜けて城下町を通る。実家は王都の端の方にある。それほど、時間はかからない。
父には伝えていないからきっと行きなり帰ったら驚くだろう。
家の前、玄関に手をかける。
「ただいま!かえったよ。父さん、母さん」
家の奥から母が顔を出す。
「アレン。あんたどうして…」
「急にごめん、休みをもらえたから。それと父さんはいるかな。お願いがあって」
「ちょっと待っててね」と言いながら母が家の奥、工房に向かっていく。
母のあとについて家の奥へ入っていく。と、父のアランが工房から出てくる。アランは手拭いで手を吹いていたが、手拭いには血が若干ついているのが見えた。
「父さん、手に血がついてる。大丈夫なの?」
アランは手拭いの血を見て笑いながら言う。
「たいしたことない、気にするな。それで俺に用事があったんだろう?」
「実は…」
腰に下げた刀を父さんに渡す。アランは刀を抜く途中から刃がなくなっている刀をみてと顔を曇らせ感想を漏らす。
「これは、とんでもない力が加わったみたいだな。なんにせよこの刀はちゃんと持ち主を守ったみたいだ」
刀を鞘にしまうと「ちょっと待ってろ」と言い、工房に戻ると一振りの刀をもって現れた。
「これをお前に渡そうと思っていたんだ。俺の全技術を詰め込んだ究極の一振り。もうこれ以上の刀は作れないかもしれん」
「父さん…ありがとう。」
父からもらった刀を腰に下げる。
「よかったら、工房を見てもいいかな?久しぶりに父さんの仕事姿を見たいんだ」
単なる思い付きで言った言葉だった。だが。
「だめだ!」
父アランの突然の大声にすこし驚く。
「ごめん。父さんは工房を大切にしていて誰も工房に近づけないことを忘れていた。本当にごめんなさい」
「いや、いいんだ。気にしないでくれ」
「そういえばアスカは?」
アランの顔が一瞬曇る。「アスカは、ちょうど買い物を頼んでいてな。家にはいないんだ」
「そう…か。じゃあもういくよ」
実家を出て玄関の扉を閉める。
気がかりがすこしあった。工房に近づけさせたくない父さんの姿。血のついた手拭い。そして、姿を見せないアスカ。
アスカの靴は玄関にあった。そして、父さんからは酒の臭いがした。
俺は、信じていたくて、守りたくて、見て見ぬふりをした。
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朝、目を覚ます。鳥たちが騒ぎ始め森に朝の訪れを告げる。
今日は峠を越える日だ。
予定通り出発する。その後、天候に恵まれ順調に進む。
この峠を越えた先に大きな湖があり、その畔が今日の目的地。
お昼になり、道中見つけた小川の開けたところで休憩することにする。
「なぁ、クレア。目的地は近いのか?」
「ええ、次の町を過ぎればすぐ近くよ」
「そうか」
と、木々がざわめく。わずかに感じる敵意。ここからは少し遠いが…
「すまない。少しここを離れる」
「え?何処に行くの?」
「私もいく!」
「いや、敵の気配がした。キサラはクレアと一緒にいてくれ」
キサラが頷くのを確認し、森の中へ入る。
小川から500mほど離れたところで気配の主を見つけた。隠れることなく、敵意をぶつけている。
「ここからの距離でよく分かりましたね」
悪びれる様子もなく男は口にする。男は全身黒い服をまとい、動きやすさを重視した服装をしている。服装から察するに隠密行動を主としているのだろう。男の細目からは何を考えているのかさっぱり読めない。
「敵意だけを放ち、何が目的だ」
「私の目的は貴方を誘き出すこと。この目的は達成した。次の目的は、『反乱軍の本拠地の場所を探ること』」
「なぜそれを知っている!」警戒し四神を構える。
「心配は要りません。私は王直属の忍。そして、この事を知っているのは王とごく一部の人間のみ」
男は身なりとは異なり大きなしぐさをともないながら話を進める。
「それで…」
男は冷血な目で睨むと質問を続ける。
「場所はわかったんですか?」
「まだだ」
「ならば聞き出したなら、必ず私に報告をしてください」
「それは断る」
男の眉がピクリと動き反応する。
「今なんと?」
「場所は俺から王へ直接報告する」
「それはいけません」男は指をつきだすと横にふる。
「何故なら貴方は信用できない」
「どういう意味だ」
「もし、貴方が王の味方だというのならなぜ、あの女とあんなにも親しくしているのですか?」
「…それは関係ないだろう」思わず言葉に詰まる。
「関係があるのですよ。我々が行う相手を騙す類いではない。貴方のそれは、信頼…いや、もっと…強い」
「そんなはずはない!」
「あるんですよ!貴方は自分の感情がわかっていないだけだ」
「もういい、黙れ」
「もし、我々が彼女を傷つけるなら貴方は我々を殺すでしょう」
「黙れと言っている!」
「何故なら貴方は彼女を…愛しているから」
瞬間、地面を蹴り男の首を押さえ気に叩きつける。
「ほら」
男は口から血を滴ながら微笑む。思わず手を離し距離をとる。
「そうだ!ひとつ肝心なことを忘れていました」
男はわざとらしく胸の前で手を叩く。
「私の名前はラルフ。以後貴方との連絡役を勤めます。どうぞ、よろしく」
ラルフと名乗る男は深々と頭を下げる。
「そうそう、シャル君とアスカ君は元気にしていますよ」
「二人は無事なのか」
ラルフは貼り付けたような笑顔で笑う。
「彼も、あなたのことを心配していますよ」
そう言うとラルフは木々の闇に消えていった。
「アレン…」
ふと、現れたのは、ルークだった。
「アレン、お前アスカのためだったのか」
俺は黙って頷く。
「だけど、俺も子供達が反逆の罪で王国に捕まっているんだ。俺は彼女を捕らえなくてはいけない」
「…それはだめだ」
「どうして。俺たちの目的は同じだろう?協力し合えるはずだ!」
黙ったままルークに背を向けて、クレアの元へ戻る。
「アレン!」
俺は迷っている。当初の目的通り、クレアを見捨ててアスカを助けるか。それとも…
クレアの元へ戻る。
「アレン!敵はいたの?」
クレアが心配そうにしながら訪ねてくる。グリードの一件から二人の俺に対する距離がすこし近い。これは信頼されている…ということか。
「いや、俺の勘違いだったらしい」
「そっか、アレンでもそういうことあるんだね」
すこしバカにされている気もするが。そのまま流して荷物を担ぐ。
「そろそろ、出発しよう」
再び山道を登り始める。
その後、山道を上っている途中突然の大雨に当たり道中見つけた山小屋に一時避難することにした。
山小屋のなかは旅人の避難用に建てられていたらしく、囲炉裏や薪ストーブなどが備蓄されていた。それらで暖を取り、雨で冷えた体を暖める。と、濡れた衣類を着替えるからという理由で再び小屋のそとへ出されてしまう。
雨を眺めつつ待っていると木々の影から再びラルフが姿を表す。
「あんたもけっこう暇なんだな」
俺の言葉を聞いたラルフはクククと笑うと
「失礼。知っていますか?この山脈を越えると国境があり、敵国となる。そうすると我々はなかなか手を出しづらくなる。今まで姿を現さなかった私があなたと接触しているということはすこし急がなければならない。ということです」
敵国…キュリオス国にクレアを入れてしまえば王国はなかなか手を出せない、か。
「誠に残念ではありますが、そのときはアスカ君には死んでもらうことになります」
ラルフは真顔で言う。
「その場合、あなたもただでは済みませんよ」
「…わかっている。それに、アスカを殺させはしない」
再び口許に笑みを浮かべる。
「あなたからの報告をお待ちしてます」
夕方まで振り続いた雨は、夜になると雲1つない満点の星空が広がっていた。
食料を調達に行ってくる、と言い残し小屋をあとにする。
昔のように山を駆け、獲物を探す。見つけ出した猪を追いかけ、横腹を殴り気絶させる。小さい頃よりも力が増した今となっては猪を追いかけて狩ることは容易となっていた。猪に止めを指すために四神を構える。すると、ウリボーが鳴きながら猪の前に立ちはだかる。どうやら、この猪を守ろうとしているらしい。四神をウリボーに向けて構える。この子も、家族を守ろうとしているのか…。
小屋に戻ると、早速クレアが文句をいってきた。
「もう、遅い。お腹がすいたわ」
なんだかクレアの相手にもなれてきたようだ。
はいはい、と言いながらとってきた果物を小屋のテーブルに広げる。
夜、なかなか寝付けず小屋の外で夜空を見上げていた。
夕方の狩りを思い出していた。俺はどうしてしまったんだろう。すこし前なら猪なんてすぐに止めをさしたはずなのに、色々なことを考えてしまう。
「寝付けないの?」
小屋からクレアが出てくる。
「ちょっと考え事をしていた」
クレアに夕方、猪の狩りのことを伝える。クレアは笑いながら答えてくれた。
「アレンも人の子だったんだね」
「…どういう意味だ?」
「アレンはやさしいよ」
始めて言われた言葉だったからすこし戸惑う。
「私ね。最初あなたにあったとき、いくら敵だからといって躊躇いもせず相手を傷つけるのを見て『この人はなんにも感じないのかな』って思っていたの」
「俺は、邪魔するものは倒す。奪わなければ、奪われるのは俺。そう、思っていたんだ」
「アレン、約束してくれる…?」
「何を?」
「もう人を殺さないって。アレンはわたしのためにいままでたくさんの人を斬ってきたことも知ってる。でも、アレンにはもうだれかの命を奪ってほしくない。やさしい、あなたのままでいてほしいの」
「わかった、約束する」
言葉では約束したが、万一彼女を傷つける者が現れたその時は。きっと約束を破ってしまうだろう。
「ありがとう、私が反乱軍として戦っているのはみんなに傷ついてほしくないって理由が大きいの。もちろん、貴方にも。これ以上戦いで傷ついてほしくない」
クレアは空を見上げながら微笑む。
「ねぇアレン、ずっと疑問に思っていたの」
クレアの方をみると、目があった。
「どうして…私を助けてくれるの?命を懸けてまで…そこまでしてくれるの?」
「それは…」
それは最初からわかっていたような気がする。ラルフに言われなくても、ずっと前から自分で気づいていた。
「それは、クレアが好きだから…」
と、口に出してからすごく気まずくて顔を伏せる。こんなにも恥ずかしくなるなんて。
「ありがとう」
クレアは笑いながら涙を見せる。
「なんで泣くんだよ」
クレアは急いで涙を拭う。
「ごめんなさい。嬉しかったから。私も、貴方が好きよ」
俺の気持ちが確信に変わった瞬間であった。クレアを守りたい。そう、心に決めた。この先、どんなことが起ころうとうとも。
意を決してクレアに告げる。
「クレア、一緒に逃げよう。このまま、二人で。きっと国境を越えれば…」
いいかけた言葉を遮るようにクレアが俺の口を両手で押さえる。
「だめ」
クレアは切なそうに笑う。
「それ以上言ったら私はあなたの提案を受け入れてしまう」
「どうして!」
「私もアレンと一緒にいたい。でも、私にはやらなくちゃいけないことがあるから」
「反乱軍を続けるって言うのか。そんなのクレアがやらなくても、きっと…他の誰かがやってくれる」
「えぇ、そうね。きっと私の意思を継いで他の誰かが反乱軍をしてくれるかもしれない。でもね、私は他の人がやるから私がやらなくて良いなんて言い訳はしたくない。それに、私が反乱軍をしようと思った理由は私のためでもあるの。過去に私の村は王国の重税がひどくて、貧しい私たちの村は税を払うことができなくて両親は幼い姉と私を残し強制労働へ連れていかれてしまった。村に残されたのは老人と子供達だけ…そのときに誓ったの、私は両親を奪った王国を許さない。そして、私たちと同じような子供達を見たくないって」
クレアは強い意思を持っていて俺の言葉では彼女を納得させることはできない。それはわかっていた。でも、このままいけばおれは彼女を傷つけてしまう。守りきれるかわからない。
「…もうすぐこの旅も終わりね」
「クレア、それって」
「えぇ、私たちの目的地は近いわ。目的地の村のすぐ近くなの。国境付近に私たち反乱軍の拠点がある」
クレアの言葉は別れを意味していた。
「クレア、俺も一緒に」
「だめよ」
俺の言葉をさえぎりクレアはばっさりと言い切る。
「あなたは、私の大切な人。あなたまで失いたくない」
クレアは俺の首に巻いてあるマフラーを撫でる。
「このマフラーは貴方と私を繋ぎ止めてくれた。私だと思って大切にしてくれたら嬉しいな」
クレアはすこし寂しそうな顔をする。
「あなたと出会えて本当に…良かった」
クレアの言葉がぽつりと夜空の星達と共にとけていく。




