第三章 終節
神の容姿はシャルそのものだった。だけどこれまでの他の人や魔物とは感じが全然違った。なにも感じられなかったのだ。
『まず最初に私は君に謝らなければならない』
神は以外にも、謝罪を口にした。
『君には辛く、苦しい運命を与えてしまった。だけど君はこの運命を乗り越えた。ここまでたどりついた君を私は嬉しく思う』
嬉しい、と口にした神からは感情など感じなかった。
「運命…?」
『そう、すべての生き物には運命が定められている。だが、人は罪を犯し、過ちを繰り返す。人々に命を吹き込んだのは私。皆に謝らなければならない。愚かな心を与えてしまったことを』
神は不意に左手をあげると肘を曲げる。ちょうど僕の死角となる腕から右手で剣を引き抜く。一目でわかった。剣はこれまで感じてきたどの物質よりも堅い。
『人々への罪滅ぼしとして皆へ祝福を与えよう。それは君が望むもの。だがその前に過ちをおかした、罪は償わなくてはいけない』
神は剣を横になぐと空間を切り裂き、その斬撃は衝撃波として広がる。瞬時に全身に紋章を浮かべ、黒炎を纏い両手で衝撃波を受け止める。
『恐れることはない』
剣を高く掲げる。
『痛みなど感じぬ』
降り下ろすと斬撃波が放たれる。あんなものをまともに受けたら即死どころか死体すら残らない。黒炎を纏った右手でそれを打ち払う。
「祝福など…いらない!」
神を睨み付け、否定する。
「僕は今まで選択することを避けていた。その責を負う事を恐れていたんだ。僕のせいで誰かが…違う、僕自身が傷つくことが怖かったんだ。でも僕は今ここにいる。おまえに決められた運命だからじゃない。僕が、僕の心で決めた!」
『ならば何を望む。人の身にして神の力を宿した君は何を願う』
「僕は僕の大切な人を守るために戦うと決めた。この世界を終わらせたりなんか、させない!」
『そうか。この世界はそこまでして守る価値が本当にあると思うか?』
神の問いは本当に純粋な思いを感じた。
『私は人に清く正しくあってほしいと願い心を与えた。それがどうか。人は私利私欲のために他者を傷付ける。人々は争い傷付け、怒り、妬み、恨み、憎み…悲しみは終わることのない連鎖となる。私はもう、そんな世界を見たくない』
「そんなことはない!人は優しい!他者を思いやり互いに助け合う心を持っている!」
『それは一体どの程度の人間のことだ?世界にいる何人がその人間に当てはまる?貴方にも聞こえるはず。大切なものを奪われ、強者に蔑まされた弱き者たちの悲痛な声が』
「それは」
『すべての人たちがこの世界の存続を願っているわけではない』
「だとしたら、これは僕のわがままなのかもしれない。僕は大切な人を守ると決めたから」
『所詮は貴方も人。自分勝手な願いをする』
再び、剣を高く掲げる。先程よりも感じる強い力。
『斬光閃』
放たれた斬撃はこれまでより強い。弾くことは不可能と判断しすばやく斬撃をかわすと、相手に向かって突進する。
黒炎を纏い爪で斬りかかるが、神を囲むようにドーム状の見えない光の壁が攻撃を阻む。
「くっ!」
神は剣をふると壁をすり抜けて攻撃をしてくる。どうやら内側からの攻撃は通すらしい。
一度下がって距離をとり、黒炎を右手に集中させる。まずは周囲の守り、壁を壊す。炎は右手に集まり、赤い雷を纏う。
「天害!」
解き放たれた赤い雷はガガガッ!と地面を抉りながら神へと襲いかかる。
だが 光の壁が衝撃をすべて遮断する。なんて堅い。
すぐに走り距離を詰めると右手に黒炎を集中させ一回転し拳をハンマーのように打ち付ける。
「衝破動・燐!」
ガンという大きな音をたてて壁に打ち付ける。本来ならこの技は鎧通しの効力を発揮するのだが、神の力を纏っている今はその威力は格段に向上している。ビシビシと音をたてて光の壁に亀裂が走る。あと、もう少し。もう少しで。
「おぉぉっ!ぶちぬけぇぇぇ!!」
光の壁が壊れた。すかさず左手に黒炎を纏うと天害を放つ。
と、神が剣を振り、天害と激しくぶつかり合う。爆発により飛ばされるがなんとか体制を整える。
『力をそこまで使いこなせるようになるとは、素晴らしい。なら、私もそれ相応の相手をしなくてはいけませんか』
不意に神の姿が揺らぐ、すぐに黒炎を纏い防御姿勢をとる。そこに振り下ろされる斬撃。なんとか受け止めるがその重撃に弾き飛ばされる。
と、僕をあやめが受け止めた。
「あやめ!?」
『待たせた』
あやめに続きジュード、レイ、そしてさつきが合流した。入り口の魔物を倒したのか。さつきは神の姿を見て驚く。
『まさか、シャル…』
「違うよ。あれはシャルの肉体に宿っているだけ。あれはもう人間じゃない」
さつきはまだ困惑したままだ。僕も神の力を得ていなかったらその姿をみただけで動揺しただろう。
『アスカ、おまえは休んでいろ。これからは俺の時間だ』
ジュードはニヤリと笑うと上段の構えをし、神に向かって斬りかかる。
『人の子よ。誰に刃を向けているか、身の程を知れ』
左手をかざすとジュードが急に地面に押し付けられる。まるで目に見えないなにかに押さえつけられているかのように。
『な、なんだ…と!?』
その隙にレイが走りだす。
『おぉぉ!』
二つの剣を振り上げる。すると神は左手を横に振る。するとレイの体が急に壁に打ち付けられる。
『ぐぁっ!』
『もういいでしょう。これ以上貴方たちを傷付けたくない。もう、苦しむ必要はないのだから』
神は左手の拳をつきだす。
『涌き出ずる恐怖、果てなき絶望』
詠唱?神は言葉を綴り始めた。一体何をするつもりだ。
『混沌より生まれし醜悪なる弱き心よ。忌み嫌い、妬み欲しよ。我が光は救済にして懲罰。我が左手は寵愛にして贖罪。愚かなる罪をかき消す聖光よ。今ここに』
ゆっくりと左手の拳が開かれる。それに伴い空から光が降り注ぐ。光は屋根を地面を突き抜ける。まさか。
「みんな!伏せろ!」
瞬時に黒炎を発動させる。可能な限り大きく、もっと強く。
『降り注げ』
神の拳が開かれると突如上空から巨大な光柱が降り注ぐ。
「間に合えッ!」
全力で光柱を両手で受け止める。支えきれなければここで皆死んでしまう。さつきも、あやめも。僕の大切な人を失ってしまう。そんなこと、もう嫌だ。
「うぉぉぉぉぉ!!」
両腕に亀裂が走り血が吹き出る。それでも、例えここで力尽きようとも。
ジュードとレイが立ち上がると神に向かい突進する。
ジュードの斬撃は神の光の壁を切り裂いた。あの剣には神を封印する力があった。それは僕の持つ破壊神の力だけでなく、創造神の力にも有効だった。
『いけぇ、レイぃ!』
ジュードの影から両手に炎を宿した剣を持ったレイが飛び込む。
『鳳凰斬っ!』
剣をクロスさせるように斬撃を放つ。その瞬間、一瞬にして光柱が消えた。解放された僕は倒れる。
しかし、レイの斬撃を神は左手で受け止めていた。
『あなたたちの思いの力はこの程度か?』
神の剣に力が集まるのがわかった。またあの技を放つつもりか。
「すぐに離れろ!!」
立ち上がろうにも力が入らない、両手の骨は砕けて力をいれることすらできなかった。
『斬光閃』
放たれる横薙ぎの斬撃。その衝撃波が襲う。
ジュードは剣を構え受け止めるが、剣にヒビが入る。そして、バギッという音と共に剣が折れレイと二人弾き飛ばされる。二人はまだ息がある。ジュードの剣が衝撃波の威力を軽減させたようだった。
『終わりにしよう』
神の持つ剣の切っ先がジュードに向けられる。
『やめて!これ以上誰も傷つけないで』
さつきがジュードの立ちはだかる。
『どきなさい』
『どかない!シャル!目を覚まして』
『ならば貴方から消えなさい』
剣を振り上げるが突然動かなくなる。なにかおかしい。
『なぜ、体が動かない。まさか、シャルの体が覚えているというのか』
左手をさつきの前にかざす。
「避けろ!」
掌より放たれた閃光はさつきの心臓を貫いた。
「さつき!」
両手を引きずりながらも立ち上がりさつきのもとへ走ると跪く。
「さつき、さつき!なんで…畜生、畜生!畜生!!」
怒りに震え、神を睨み付ける。僕は驚いた。神は涙を流していたのだ。いったい何故、人の命などなんとも感じていないはず。
だけど答えはすぐに分かった。泣いていたのは神ではない。
『これは…泣いているのか。シャル』
神は左手で涙を拭う。
「シャル、今助けるから」
立ち上がり睨み付ける。全身に再び黒炎を纏うと両手に収束させる。もう腕は自分の意思では動かないが、黒炎を纏うことで腕として動かすことは出来る。
地面を蹴ると黒炎により鋭く強化された爪で斬撃を放つ。神の持つ剣を弾き連続で攻撃を仕掛ける。体術を駆使して両手、両足で斬撃と打撃を繰り出す。剣は一本のみ、このまま押せる。そう思ったとき神の左手に剣が見えた。いつの間に…!?
左手の斬撃で弾き飛ばされる。
すぐに体制を整え攻撃に移る。たとえ剣が二本でも怯むことはない。もう誰も傷つけさせない。誰も殺させるものか!
二本の剣から繰り出される斬撃をかわし、隙を見て懐にはいる。左手で神の持つ右の剣を弾き飛ばす。そしてすかさず掌底を放つ。
「衝破動・絶!」
放たれた掌底は衝撃で空間ごと黒炎が飲み込む。
しかし、渾身の一撃さえ神には届いていなかった。
斬
僕の腹部に剣が突き刺さる。そして神は剣の柄に掌をかざす。
一瞬で次に放とうとしている技を察した。すぐに黒炎を全身に纏う。
『武神・牙斬掌』
ボッという轟音と共に剣を形成していた精霊達が一気に解放され爆発に似た衝撃を生んだ。黒炎で拡散する精霊達を殺しなんとか爆発を押さえ込む。この爆発を防ぐことができなかったら国そのものが消し飛んでいただろう。
だけどダメージが大きすぎる。意識を保っているだけで精一杯だ。
『ここまでです。もう休みなさい』
『これ以上、あなたの好きにはさせない!』
あやめが刀を抜き、僕の前に立ちふさがる。
「やめろ、やめてくれ。あやめ、僕は君まで失いたくない」
『大丈夫。私はいつもあなたと一緒にいるわ』
あやめは神に向かって走り出す。
『はぁぁぁぁぁぁぁ!!』
勢い良く刀を降り下ろすが、神は素手で刀を弾き折る。
折れた刀の切っ先が僕の目の前に落ちる。
神はあやめの首をつかむ。あやめを見て神はすこし表情を変えた。いままで無表情だったのに。
『おまえ、あの男の妹か。私の力を千年もの封印にした代償は償ってもらう』
神はあやめを、消し去るつもりだ。そんなこと、させるか。させてたまるか!!
「おおぉぉぉぉ!!」
黒炎を全身に纏う。もう全身に力など入らない。それでも気力で踏ん張り立ち上がる。
神は僕を見つめる。
そして問う。
『なぜそこまでする。君はもう動けるほど力は残っていたいだろう。なぜそんなにも苦しい思いをしてまで立ち上がる』
「僕はこれまで迷ってばかりで決断することを避けていたんだ。選んだ答えが間違っていたら?それでもしも誰かが傷ついてしまったら?その思いが僕の頭から離れず選択を避けた。でも、それが一番の過ちだった。選択しないことで僕は大切なことから目をそらし、本当に守りたかったものまで失ってしまった。だからもう選択することを恐れない。もう決断することを迷ったりなどしない」
全身の紋章が赤く輝く。
「もう迷わない。迷うものか!!」
赤雷を纏うと背中に6つの黒き翼が浮き上がる。
両足を開き、少し腰を落とす。右手を顔の前で垂直に曲げ、左手で腕を支える。そして刀の切っ先を右の掌で隠すように左手で押さえる。
神はあやめを離すと背中から6つの白く輝く翼を出現させる。そして僕に向き直り腰の刀を構える。あの構えは抜刀術の構え。
放つ技は玄武・蒼。シャルが得意とした技。
神は宙に浮かぶと翼を羽ばたき突進する。
僕は負けるわけにはいかない。
この世界を守るため、みんなの思いよ。僕を導いてくれ。
『その思いこそが人の業なのだよ』
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春の風が頬を撫でる。
眠りから目を覚ますと隣にはサツキがいた。
「やっと目を覚ましたのね」
「アスカもうたた寝をすることもあるんだな」
シャルが隣に座る。
起き上がると右手に違和感を感じる。てんとう虫が右手を登っている。手を伸ばすと指先からてんとう虫が羽を開き飛び立っていく。
幸せを感じた。この生活がずっと続けばいいと、そう心から思う。
だけど本当にそうかな。
本当にこれで良かったのかな。
涙が、流れた。
「どうしたのアスカ。涙が」
さつきが差し出すハンカチを受け取り涙を拭く。
「わからないけど、すごく嬉しいんだ。ずっとこの生活を夢見てきた気がする」
「なに言ってるんだよ。これからも俺たちはずっと一緒だ」
シャルが笑いかける。
「そうだね。そうだよね」
僕の願いは叶ったのか。




