第三章 三節
「よろしいのですか?エリック王」
フェイが質問する。それは彼を信頼して良いのか、という意味を含んでいた。
「かまわない。あれが神の力を持つ者、敵に回しては厄介だ。結界が解けたなら即時進撃を開始する。準備せよ」
フェイは笑みを浮かべると周囲へ出撃準備の指示を出す。
結界が解けた時は彼が敗れた時。その時に先手を取れなければ我が軍は劣勢となる。
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門は砕け散った。
城下町に足を踏み入れると正面に弓兵小隊が迎撃する。
左手で矢を弾く。
「奴を打ち取れ!」
隊長と思われる男が指示を出す。それに応えるように弓兵達は次の矢を構える。
「放てぇ!」
次矢が放たれる。
跳躍。見失った隊長の前に降り立つと焦っている顔に向かって回し蹴りを放つ。情けなく倒れた隊長を見た弓兵達は蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
しかし、城方面より新たな兵士たちがこちらに向かい進軍してくるのが見えた。こんなところで時間を食っている場合ではない。
目を閉じて集中する。城の最上部にて大きな気配を感じた。それは強者の余裕、まるで自ら居場所を示すかのようだ。
…誘っているのか。
跳躍し建物の屋根を走り城へ向かう。途中敵兵からの遠矢が放たれたが僕の速さには追い付けるはずもない。
パリン
窓を割りランスタッド城最上部へ侵入する。
着地した瞬間に激しい目眩がした。力の使いすぎか。身に纏う力を解除する。だがここで気を抜くわけにはいかない。未だ戦場には結界を張っている。この結界が解けたなら再び争いは始まる。それは避けなければならない。
と、ツムギの声が聞こえた。
『アスカ。力を使いすぎよ。これ以上無理はしないで』
無理はしないで、か。それは自分でも十分分かっていた。
でもここで歩みを止めるわけにはいかない。まだやらなくてはいけないことがたくさんあるのだから。
みたところ玉座の間へ続く長い廊下。その奥に男が一人、立っていた。
『なぜ玉座の間へ直接入らなかった』
男が問う。
「あなたを避けて通ることは出来ない。決着をつける必要がある」
男は笑う。
『よくぞ言った。私は待ちわびていたのだ。七年前のあの時から。ずっと、ずっと、ずっとずっとずっと。この時を!』
男は右手に剣を取り付ける。これは文字通り剣を腕にくっつけたのである。彼には右肘から先がない。だが取り付けた刃を自分の腕として彼は巧みに操る。
彼は七年前の事件の遺産。主を守れなかった己の無力さ、そして自分を守るために命を費やした兄の死。それらは彼を歪めた。狂気に触れた彼はただ強さのみを求めた。
僕は彼をそのまま放っておくことなどできなかった。
左手に持つ剣と右手に取り付けた剣。二剣使いか。
男は両手を振り上げると勢い良く突進する。
すぐさま腰に下げた刀を抜刀する。神の力を解除した僕は斬撃を受け止めきれるはずもなく弾き飛ばされ、柱に打ち付けられる。
すぐさま放たれた突きの二撃目を前転でかわす。
男は振り向くと笑った。
『そうだ、その動き。それこそが奴の動き。あのとき叶わなかった悲願の達成を』
左手に持つ剣での素早い連撃に加え、右手の剣での重撃。その洗練された剣技になす統べなく追い詰められる。二刀使いというのは実に厄介だ。警戒すべきは左手の剣か、もしくは右手の剣か。どちらを注意すれば良い。どちらに。
ガキンという剣撃音と共に弾き飛ばされる。
『どうした?お前の強さはこんなものではあるまい!イスカ兄を殺した時の強さは…そんなものではなかったぞ!』
それはそうだ。彼の目に写っているのは僕ではない。彼はずっとあの日のままなのだ。
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シャルの言葉を思い出す。
「アスカ、剣にばかり気をとられるな」
シャルは木刀を肩に担ぎ、僕は尻餅をついていた。
「だっていくら木刀だと言われても叩かれると痛いんだよ」
頭を撫でながら文句をいうとシャルは笑う。
「それに刀を二本も使うなんてずるいよ」
「アスカ、二刀を持っていたって操る体は一つなんだ。剣を警戒するのは良いことだけど、本当に見るべきは相手の目だ。どこを見て何を考えているか。それがわかれば剣が二本だって三本だって大丈夫さ」
「じゃあシャルにも勝てるかな」
シャルはいたずら顔で言う。
「それにはあと30年は必要かな」
「そんなぁ」
「そうなりたくないなら。ほら、立って。さぁ続きをするぞ」
シャルが僕に向かって、手を伸ばす。それをしっかりと握る。
シャルとの思い出は今もつい昨日の事のように思い出す。
あの日々を。
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剣にばかり気をとられていてはだめだ。しっかりと彼の目を見据える。
彼の目は怒りと悲しみに支配されていた。彼の目から憎しみが伝わる。目をそらしたい。でもそらしてはいけない。僕は受け止めなければいけない。それしか彼を救うすべはない。
刀をしっかりと握り直し彼に向かって構える。
「約束しよう。僕の全力をもってあなたを止める」
『いいぞ。さぁ、かかってこい。俺を殺せ!イスカ兄を殺したように!』
再び両手の剣を振り上げて突進攻撃を仕掛けてくる。
姿勢を低く構えると斬撃の瞬間に移動し攻撃をかわす。すかさず僕を逃がさないとばかりに斬撃を切り返す。刀を構え、斬撃を受け流す。
『俺を止めるんじゃなかったのか?攻撃をしてこい』
挑発に乗ってはだめだ。相手との実力差はわかっている。へたに攻撃をしては逆に返り討ちにあうことくらいわかる。だから好機を待つ。一撃で仕留めなければならない。
彼が放つ左手の剣撃を受け流す。だいたい彼の太刀筋が見えてきた。右手の剣の重撃さえ警戒すれば僕にも受けきることはできる。
『チッ』
しびれを切らした彼は右手を大きく振り上げると斬撃を放つ。僕はこの瞬間を待っていた。瞬時に姿勢を低くし刀を構える。刃を受け止めるその瞬間に流れるように斬り返す。
反撃の剣技・青龍。
キン、という甲高い金属音を発し放たれた剣閃は彼の右手の剣を切った。
彼は跪く。まるで先程までの戦闘が嘘だったかのように放心していた。
僕にはわかる。彼はいま七年前のことを思い出しているんだ。右手を失った瞬間を。
『なぜ俺はまだ生きている。なぜ俺はあの時死ななかった。なぜ…』
彼、エスカからはもはや戦意は感じられない。ここからは彼自身の足で立ち上がらなければならない。
「僕にはわかりませんが、あなたにはやらなければならないことがあるはず」
『お前が俺を殺さなかったから!俺は…』
エスカは僕の顔を見て言葉に詰まる。
『おまえは、アレンではない…のか』
「僕は戦いを止める。そのためにここへ来た」
エスカは笑う。
『面白い。ならば止めてみよ。この先に王がいる』
エスカは扉への道をゆずる。
『お前からは殺意を感じない。きっと誰も殺さないで戦いを止められるとでも思っているのだろう。それがどれほど愚かなざれ言か。王は俺よりも強い。身をもって知るが良い』
僕はゆっくりと歩き、玉座の間への扉に手をかける。
◇◇◇
玉座の間には王ジュードが暇をもて余したかのように椅子にどっぷりと腰をおとし座っていた。
「貴方が王、ジュードですね」
僕の問いにたいしてゆっくりと答える。
『本来なら貴様のような下等な人間と話すことなど無いのだが、今はごらんのとおり暇をもて余していてな。特別に口を訊いてやる。いかにも、俺こそがこの国の王だ』
「単刀直入にお願いします。この戦いを止めてください」
ジュードは笑う。
『いいだろう』
ジュードは立ち上がる。
『ただし、俺と勝負をしろ。安心しろ、お前が勝っても負けても戦争は中止してやる。だが、俺がかったらその命、貰うぞ』
「戦うまでもありません」
右手を前につき出すと黒炎を纏う。
「天害」
右手を振り払い放たれた黒炎がジュードを襲う。
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「そろそろ時間か」
フェイが懐中時計で時間を確認すると呟く。
「チョウアン様よろしいですね?」
「あぁ、構わん。敵陣一帯は完全に麻痺、それに引き換え我が軍は前線こそ麻痺しているが後方軍及び本陣は影響がないとすればこんな好機を逃す手はない。遠距離武器で敵陣を攻撃する」
しかし王エリックは反論した。
「お待ち下さい。動けない敵を一方的に攻撃するなど戦争ではなく虐殺だ。それに」
「彼がまだ戦っていると?あのような約束を本当に信じるのですか?我々はランスタッド軍から大きな侮辱を受けているのですよ!それに犠牲になったのはあなたの愛娘ではありませんか!ならばどんな手段をとろうと正義は我らにある」
チョウアンが挑発する。
「しかし…」
エリックにはもう反論できなかった。戦争を止めると言った神の力を持つ彼を信じたい。だがそれ以上に王の胸には復讐という憎悪が黒く大きく膨れていた。
故に王は黙認した。
チョウアンはそれを確認するとフェイへ目配せし、作戦開始の指示を出す。
「それは困るな」
王の前に現れたのは青髪の乙女。その容姿は妖艶であり、近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。
「何奴!どうしてここへ現れた!」
すぐに衛兵が現れて女を取り囲む。
「彼はようやく大いなる一歩を踏み出したのだ。それを邪魔するというのであれば…私が相手になろう」
背中の大剣に手をかける。
「なんと無礼な」
衛兵達は怒りの言葉を口にした。
「静まれ!」
意外にもそれを制したのはチョウアンだった。
「そなた、名はなんという?」
「私の名はあやめだ」
チョウアンはあやめの容姿をなめるように観察する。
「あやめ殿。その提案、我が妃となってくれるなら考えなくもない」
あやめは大剣を構えるとチョウアンは怯えフェイの後ろへ隠れる。
「私は神に仕える身。貴様のような奴の嫁になるとでも思ったか、この外道が」
フェイが抜剣する。
「それ以上の暴言は我が主への敵意と見なすぞ」
突如、爆音が聞こえた。その発信源はランスタッド城の最上部。
「アスカ…」
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爆発によって生じた埃がきれるとジュードが立っていた。
僕はそれに驚いた。まさか、天害を斬ったのか。
『まさか本当に神の力を切断できるとはな』
驚いているのはジュードも同じだった。と、笑みがこぼれた。
『俺は神すらも越えてみせる』
僕はその笑みに戦慄した。力を手にしてもなお、恐怖を感じるなんて。
ジュードは剣を振り土煙を払う。
『じゃあ始めようか』
ジュードが一瞬のうちに距離を詰めると斬撃を放つ。
速い!斬撃に合わせて黒炎を纏いかわす。が、力を使いすぎたためかかわすだけで精一杯だ。
『神の力はそんなものか?』
すぐに黒炎を再び纏い次の斬撃をかわす。しかし、かわしたところで黒炎は消えてしまう。
「くそ!」
自分の呼吸が荒い。こんなにも疲労しているなんて。長期戦に持ち込まれたらこちらに勝ち目はなくなる。ここは無理をしてでも発動しないと。
『アスカ!これ以上は私の力が持たない』
全身に力を込めて黒炎を纏う。
「おぉぉっ!!」
『神の力を押さえつけられない…!!』
右手を高く掲げ、纏った黒炎を集中させる。
「天害!!」
暗転。
突如目の前が真っ暗になった。
いったい何が起こったのかわからなかった。いくらいまが夜だからといっても先程までは月明かりが出ていて明るいほどだったのに。まるで世界が闇に閉ざされたみたいだった。
しかし、理由はすぐにわかった。闇に閉ざされたのは世界ではなく僕だった。
目が、見えなくなった。




