第三章 一節
あの日、シャルが死んだ。
僕の大切なもの、守りたかったものはすべて奪われてしまった。
絶望したんだ。守るべき物などなにもない。
この世界の終わりまであと数ヵ月。僕は心を閉ざし、他者との接触を避けていた。
あれから一月の月日が経とうとしていた。今でも昨日のことのように思い出す。
雨は振り続け、止んだのは日が沈んでからだった。
水分をたっぷりと含んだ土を夢中で掻いていた。いや、夢中でと言うのは語弊がある。それしか思い付かなかった。どろどろとした土は手に絡み付きうまく穴を掘ることはできないが、手を止めることはない。
僕がシャルのために出来ることは一つ。埋葬だけだった。何故墓を掘ろうと思ったのかはわからないけど、埋葬しなければいけないような気がしていた。
穴を堀終わるとロイドのとなりにシャルを埋葬し、少しずつ土をかけていく。
埋葬している今もシャルの死を理解できず、受け入れることができなかった。なぜなら、彼はまだ生きているように穏やかで、今にも僕の名を呼んでくれそうだったから。
そんな淡い期待をぬぐい去るように土をかけた。
あの日から僕には『音』がない。雨はとっくに止んでいるのにいつまでも降っているかのように、雨音がずっと聞こえているかのようだ。まるで回りの音を遮るように、僕を世界から切り離すように。
何日か前、リュカが現れた。
彼の姿は薄く、ぼんやりとしていた。僕を見て何かを言っていた気がした。けれど、雨音で彼が伝えたいことはかき消され。僕は彼が何を伝えたかったのか知らないまま。あれ以来彼が姿を見せることはなかった。
そんなこと、どうでもいいか。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
シャロンの悲報は今尚国中に広まり、国民からは悲しみの声が聞こえていた。
キュリオス国内は突然の悲報に、人々は悲しみ、悼み、そして激怒した。
城の入り口では連日のように国民によるデモを行われていた。皆が口を揃えて叫ぶ。「シャロン王女の死を忘れるな!憎きランスタッドに報復を!」
城門前には多くの衛兵が城を守るように立っているが、誰一人デモを制止する様子はない。まるで、衛兵もデモに参加するように無言で訴えている。ランスタッド国へ進軍せよと。
デモ隊の声は城内へも響いていた。
それは玉座も間でも同じ、距離があるから音量は小さいが確実にデモの声は届いていた。
フリードが進言する。
「王よ。国民の声に応えるべきです!すぐにでもランスタッドへ進軍できます。ご命令を!」
だが王は黙したまま。
フリードは苛立ちを隠せなかった。なぜ愛する家族を失い落ち着いていられるのか。彼はシャロンとは同じ騎士団の前に師弟の関係にあった。彼にしてみればシャロンは家族同然ともいえる間柄だった。知らせを聞いたときはフリードは単身敵国へ乗り込むと言い、騎士達を困惑させた。そんなフリードを止めたのも王であった。
エリックは自分でも驚くほどに落ち着いていた。だが彼の中にある怒りの感情はふつふつと燃え上がり、彼の原動力となっていた。これまで体調の良くない日々が続いていたが、シャロン、シャルの死後体調を崩すことはなかった。まるで神から復讐をしろと啓示を受けたように体は活動を続けた。
王は決めていた。ランスタッド国をただ攻めるのではなく、滅ぼすことを。だがそのためにはまだ足りない。兵も資金も。準備が整うまでじっくりと待ち、時がきたら一気に滅ぼす。ただその想いだけを生きる糧とした。
フリードは民の声に耳を貸さない王の態度に疑問を抱えていた。
それから一週間後、国民たちの怒りは行き先を見失い始め、町では暴徒化し始めていた。この事態を収集すべくフリードは王のもとへ急いでいた。これ以上放置していては国中が大変なこととなる。玉座の間にはロウレン共和国第三王子のチョウアンがいた。
チョウアンは王の前へ進み出ると、協定書を取り出す。
「我、ロウレン共和国第三王子チョウアン。5000の兵を連れ、馳せ参じました。お許しを頂ければすぐにでも敵国、ランスタッドへ向けて進軍致します」
エリックは頷くと椅子から立ち上がる。その顔は決意に満ちていた。
「城門を解放せよ。これから国民へ宣告する」
数時間のうちに城内の正面広場は国民たちで溢れた。皆が戦争を望む言葉を繰り返す。まるで、狂気に取り付かれたように。
と、城の二階。正面広場を一望できる場所へエリックが現れた。エリックが右手を前に出すと国民は発言をやめ、静粛に包まれた。
「皆の者よ、良く聞け。周知の通り我が娘、シャロンとシャルが敵の凶刃に倒れた」
国民たちから悲痛な声が聞こえた。
「我々は受け止めなければならない。この悲しみを、この憎しみを。だが、怒りに身を任せてはならない。断固たる意思を持ち、正義を遂行しなければならない。しかし、我々にも救いの手は延べられた。ロウレン共和国第三王子にして今は亡き我が娘シャロンの夫、チョウアン殿が多くの兵を連れ我が国に加勢してくれる事となったのだ」
チョウアンが片手をあげると国民からは大きな歓声が上がった。
「今こそ!我らの正義を執行するとき!長きに渡る戦いに終止符を打つ!」
国民の興奮は収まることはなかった。それは狂気とは紙一重な感情であった。
エリックの宣言から一週間後。出陣の日となった。
多くの民が集まり義勇兵として参加した。ロウレン共和国の兵と合わせてその数一万。まさに最終決戦にふさわしい人数が揃った。
城門が開くと金色の鎧を纏ったエリックが多くの騎士を引き連れて現れる。その先には馬の手綱を押さえて出迎えているエルドレッドの姿があった。
エリックは黙って馬へ跨がる。
「エル。あとのことは任せるぞ」
王の言葉を受けて頭を深々と下げる。
「ご武運を」
王を先頭に進軍する。
その先に待ち受けるのは栄光か。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
大聖堂地下、元老院では緊急な会議が開かれていた。
「王女シャロンが暗殺には驚かされた。だが、予定通りロウレン共和国と協定を結ぶこととなり本来の目的は達したわけだが」
青のアジュールが驚いた様子で問いかける。
「現場からランスタッドの剣が見つかったのだ。我が国とロウレンが協力すればランスタッドなどすぐに潰すことができる」
黄のジョヌが答えると、白のブランが嘆く。
「しかし、これはあまりにも出来すぎている。まるで誰かが仕組んだことのような気がしてならない」
続いて黄のジョヌが報告する。
「まさかエルドレッドが仕組んだわけではあるまいな」
赤のルージュが憤る。
「何を馬鹿なことを。我々は同志だ。そんなことをしても利点はない。彼がそんなことをするはずがない…」
緑のヴェルトが続く。
「エルドレッド…やつは信用できん。何を考えているかわからん。しかし、奴ほどの能力を持っている者をただ置いておくにはあまりにも惜しい。黙って我々の駒として動いてくれればいいものを…」
突如ヴェルトが黙る。
薄暗い会議室では状況確認が難しい。赤のルージュが話しかける。
「どうしたヴェルト。発言を続けよ」
突如、中央の大きな五角形のテーブルへ血飛沫が飛ぶ。
「な、なにごとだ!」
大神官たちは慌てる。
薄明かりに姿を現したのはエルドレッドだった。
青のアジュールは激怒した。
「エルドレッド、貴様なにをしているのかわかっているのか」
エルドレッドと呼ばれた男は落ち着いた様子で質問に応じる。
「そろそろ、お前達の茶番に付き合うのも飽きてきたのでな。それに、神の居場所ももうわかった」
男は左手の紋章を見せと、大神官たちは驚く。
「まさか、その紋章は」
「そう。これは神の力の一部。これがあれば神の力を持つ者の居場所をつかむことは容易い。お前たちにもう用はない」
男は両端に刃の着いた刀を回転させる。刹那、瞬速の斬撃で一人、また一人と大神官を斬り殺していく。
最後まで椅子に座り、沈黙を守っていた赤のルージュが口を開く。
「お前、エルドレッドではないな」
男は仮面をとると黒い長髪に整った顔が表れる。
「何者だ」
「俺はアレン・ルシアン。神の力は俺がもらう」
「愚かな。世界は貴様の愚行により破滅の一路を辿るだろう」
一閃。
ルージュの兜が体と離れ、地面へ落ちる。
「そんなことは、既に知っている」
アレンはルージュの椅子の後ろにある垂れ幕を引きちぎると、現れた扉を開ける。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
部屋の奥には簡素ではあるが広い部屋に一人の少年がいた。少年は迎え入れるように俺へ笑みを向ける。
「待っていたよ。アレン・ルシアン」
部屋へ足を踏み入れると刀の切っ先を少年へ向ける。
「初めて会ったな。リュカ」
「君にとってはそうかもね。僕はずっと君のことを調べていた。七年前のあの日まで」
リュカは話の核心をつく。
「君は一体なんだ?」
「言っただろう。俺はアレン。それ以外の何者でもない」
リュカに近づくと左手で首をつかむ。
「君に伝えておきたいことがあるんだ」
俺の目を見てリュカははっきりと言う。
「君の願いは叶わない」
左手に力を込めると紋章が輝き出す。
「お前が力を失えば、体を維持できないことは知っている。だが、俺はもうあとには引き返せない。すまない」
「謝る必要はないよ。だって僕が君を許すことなんて、無いんだから」
リュカは光を散らすように消えていく。
「それでも、俺は彼女を生き返らせる。どんな犠牲を払っても」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
教会から都市の地下水道へ移動する。
地下は川水を引き込みどうどうと音をたてて水が流れていく。その一角にちいさな部屋があり居住スペースのように整えられていた。
「おかえりなさい」
フェルトは返り血にまみれた俺を出迎えてくれた。
「あぁ」
「あなた、オーガがまだ帰っていないの」
「そうか、時期に戻ってくるだろう。そろそろここも危ない。ランスタッド国へ移動しよう」
「えぇ、今度も一緒に行けるのでしょう?」
フェルトは不安なようすで質問する。無理もない。最愛の息子がいない今、彼女を支えるべきは俺だけだから。
「すまない。まだここですこしやることがある。先に彼と合流してくれ」
「行けない…オーガを残して一人だけ安全なところへなど行けないわ。ねぇ、オーガがいなくなってもう一ヶ月も経つ。何があったの?」
…限界か。これまで嘘をつき彼女を誤魔化して来たがそれもここまでのようだ。
「オーガは命令を背き、人を殺した。その罰として俺が切り捨てた」
フェルトは両手で口許を隠すと目から大粒の涙を流す。
「どうして。どうしてオーガを…どうして!」
「すまない」
しばらくして彼女は泣き終わると無言で地下から出ていった。ふらふらと漂うように。きっと彼女を追いかけるべきだったのだろう。それから彼女が戻ってくることはなかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
今は反乱軍のキャンプにアスカと二人で世話になっている。
アスカをなんとかここまで引っ張ってきたが、到着してすぐにテントの中に引きこもってしまった。話しかけても反応がない。完全に一人の世界に閉じ籠ってしまっている。
反乱軍は慌ただしく準備を進めていた。各地に散らばっていた兵士たちは一同テトラの町付近にある反乱軍のキャンプに集合していた。情報によるとキュリオス国とロウレン共和国が同盟を結び、ランスタッドへ攻撃を仕掛けるという。これまでで最大規模の戦闘となるとレイは言った。
サツキの話では反乱軍もそれに合わせて、ランスタッドへ攻撃を仕掛ける計画をしているらしい。すでにキュリオス国は国境での戦闘に勝利し、ランスタッド領土内へ進軍を開始している。
世界の終わりが近いというのに愚かな人間たちは争いを止めない。
愚かさは千年前と何一つ変わらない。いくら時が経とうと。
アスカの脇に腰を落とす。
「アスカ。私はこれからどうしたら良い?この戦いを止めるべきなのだろうか」
アスカから返事はない。と、自分が恥ずかしくなった。弱音をはくなんて、私はいつから弱者になったのか。
と、地面についた手をアスカが握るので、思わず視線を移すと目が合った。
「あやめ、僕はどうしたら良い?」
「…わからない。でも、あなたは人を思いやることができる。あなたが決めたことならきっと間違いはない。だからしっかり悩んで、ちゃんと決めなさい」
アスカは再びうつむく。私の言葉は届いていないかもしれないけれど、私の思いは届いてほしい。そう思った。
もう時間がない。私も決めなくては。
テントへサツキが顔を出す。
「あやめ、そろそろ私たちは出発するわ。あなたはどうする?」
「私も行こう。アスカをここへ残しても良いか?」
「ええ、かわまないわ」
立ち上がる。テントの外からは陽の光が差し込みなかを優しく照らす。
「アスカ。私は先に行くから」
そう言い残し、戦場へ向けて出発する。
アスカが何を選ぼうとも私の成すべきことはただ一つ。貴方を守る。
最初は守護者という使命感だけだった。けど今は違う。彼を守りたいと思ったから。




