ショートショート033 ゴーストライター
ちょっと知識が足りないもので、後半は間違っているところがある可能性が高く、良ければご指摘をいただけるとありがたいです。
なんだ。お前さん、わしに何か用か。見ての通り、いまは少し忙しい。いや、かなり忙しい。なにせ時間がないのだ。できれば後にしてくれんか。
なに? 詳しく話を聞かせてほしいだと? 言ったろう、いまは忙しいのだ。後にしてくれ。
なに? だめ? いまでなければ機を逃す? 何のことだ。作家としての機だと? む、そう言われるとどうにも弱いな。仕方あるまい。なら、少しだけだぞ。少ししか時間は割いてやれんからな。
えー、読者諸君。表題の通り、わしはゴーストライターだ。そして見ての通り、本当の本当に、ゴーストのライターだ。そう、幽霊だ。おばけだ。ほれ、体が透けておるだろう。
おっ、驚いたか。そうだろう、そうだろう。それでこそ、わしも幽霊になった甲斐があったというものだ。いや、別にそんなことのためにこうして現世を漂っているわけではないのだがな。ちゃんと理由があるのだ。
さて。では、順を追って話そうか。
わしが死んだのは、ほんの一か月ほど前のことだ。この隣の部屋でパッタリとな。なんだか心臓が痛いなと思ったら、次の瞬間には頭にツーンときた。そのまた次の瞬間にはこのざまだった。あのときは、それはもうびっくりしたぞ。あっという間に死んで、あっという間に幽霊になったのだからな。
ん? ああ、死体はそのままだ。血縁はひとりもおらんし、親しい知り合いもおらんからな。誰も気づいてはおらんだろうよ。
後始末だと。知らんわそんなもん。どうしようもないだろうが。放っておいたら腐り始めた。異臭が外に漏れると面倒なので、とりあえず部屋の隙間を片っぱしからガムテープで目張りしてやった。そのあとは見ておらん。いまごろはどろどろにとけてなくなっているんじゃないか。
おい、そうびびるでない。この部屋との隙間もしっかり塞いだのだから、何もにおわんはずだ。実際、隣に死体があるなど、お前さんも気づかんかったろうが。それに仮にもこのわしの死体だ、失礼だとは思わんのか。
落ち着いたか。なら、続きを話すぞ。
えー、それで、とにかくわしは死に、それから幽霊になったわけだ。死んで何をしているのかだと。そんなもの決まっておるだろう。続編だ続編。わしには未完の大作が残っていたのでな。それを書き上げるまでは死んでも死にきれんだろうが。
ふむ、どうやって執筆をしているのか、とな。うむ、それは確かに疑問だろう。よし、お答えしよう。気合いだ。ただそれだけだ。いやいや、冗談でもなんでもない。精神論といえば精神論だが、お前さんが思っているようなものとは違う。物理的な精神論だ。
ようしわかった、よーく見とれよ。ほれ、わしの全身。いまから気合いを入れるぞ。むほぉぉぉぉぉん……!
……ふう。わかったかな。わからなかった? まったく、どこを見とるんだ。お前さんの目は節穴か。よし、もう一度だけやってやろう。これはけっこう疲れるのだ。いいか、指先をようく見とれよ。むほぉぉぉぉぉん……むほおおおおおおおん!!!
……はあ、はあ。わかったか。わしの指先が、少しも透けておらんかっただろう。つまり、そういうことだ。どういう理屈かはわからんが、気合いを入れると少しだけ実体化して、ものが持てるようになるらしいのだ。これでパソコンを叩いておったというわけだ。
本当は、鉛筆のほうが肌に合うんだがの。わしは筆圧がやたらと強くてな、そこまでの力は込められんかった。哀しいのう。
まあそういうわけで、パソコンを使って執筆しておったわけだ。わかったな。もういいか。そろそろ執筆に戻りたいのだが。
なに、まだあるのか。さっさと言え。
ふむ、それも当然の疑問だろうな。どうやって担当と連絡をとっているのかだな。それは単純な話で、すべてメールだ。メールのみのやりとりだ。これは生前からそうだった。わしは、電話が嫌いなのだ。空気を読むとか話を合わせるとか、面倒くさい。あの、何ともいえん間がたまらん。わかるだろう。そうだろう。
それで、原稿が仕上がるたびにメールで担当に送っておった。生前は郵便だったのだがな。封筒に入れて切手を貼ってポストに入れておった。時代遅れもいいところなのだろうが、わしはそれが性に合っておったのだ。
そのほかのいろいろも、パソコンひとつでぽぽいのぽいというわけだ。本当に便利な時代になったものだな。たいていのことは、指先だけでやってのけることができる。
まあ、そういうわけで、幽霊になってからも原稿書きの毎日だ。いろいろと苦労することもあるが、食事は要らんし睡眠もいらん。だから仕事は進んでおるぞ。楽しみにして待っておれ。わしの人生最高の大作となろう。……いや、人生はもう終わってるだろうとか、そんな野暮なことを言わんでくれ。死後だって人生に含めておけばよかろう。余生だ余生。実際こうして、生きておる者とそう大差ない生活をしているわけだしの。
さ、そろそろ戻ってよいか。時間がないのだ。
締切りが近いのかだと。いやいや、そうではない。締切りを考えるだけなら、もう一年先までの分が仕上がっておるわ。なにせ不眠不休の不食不便、そのくらいはすぐに書ける。
だから、問題なのは締切りではなく、期限なのだ。今年度末までに、どうにかして完成させんといかん。
成仏が近いのか? いやいやそうではない。こんな状態では成仏なんてしてられんし、そもそもそんなことができるのかどうかもわからん。問題なのは、今年度末という時期だ。
知らんのか? 色の申告。赤だか青だか黄色だか知らんが、あれはな、どうやらパソコンではできんらしい。いや、できるところもあるようだが、わしの小説を出しとる出版社はまだ対応しておらんらしい。それに、わしもちんぷんかんぷんだ。いつも役所まで行って、いちいちやり方を聞きながらやっておったからな。一人であんなものは書けん。
まあそういうわけで、年度末になったら役所へ行かねばならんのだよ。いったいどうしろと言うのだ。わしは全身の実体化なぞできんし、一部だけ実体化でもしてみろ、大騒ぎだ。なにせ、ペンが宙でふらふらと舞って字を書き始めるのだからな。
まあ、わしを見た人間たちが悲鳴をあげて、蜘蛛の子を散らすかのように逃げていくというのは、それはそれでなかなか面白そうではある。だが、それでわしが死んでいることが発覚し、続きが書けなくなるなどというのはごめんだ。実にごめんだ。ごめんこうむるし、ごめん極まりない。
だから、わしは急いでいるのだ。なに、まだ今年度は始まったばかりだ。完結まではまだまだ先が長いのだが、どうにか間に合わせてみせよう。
もういいだろう? わしが急いでおる理由もわかったろう。時間がないのだ。これ以上は勘弁してくれ。
む? なんだ、見ておらんかったのか。
わしのペンネームな。ほれ、一番初めのところに書いておるだろう?