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RIB(仮)  作者: 曖昧
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カマイタチⅡ

「それで? そこの姉さん方が公平の死に関わってるってのはどう言うこった?」


 姉さん、と言う表現にオカマのカマイタチ三匹(全裸土下座)が若干嬉しそうな顔をする。

 さんざっぱらボコられたと言うのにそれで良いのだろうか?


「さっきから思ってたけど、割と冷静ね」

「ま、実行犯はぶち殺してやったからな」


 仮にカマイタチらが首無しライダーを唆して殺人を犯させたとかなら話は別だがその線は薄いだろう。

 何せ彼の妖異はどうやっても自分の腕では抜けないから手を出したのだし。

 抜かれた場合のパターンは見ていないが、無視されるのが関の山だろうと次郎は指摘する。


「大体、人を殺すのが目的ならケンの奴が生きて帰ったのも解せねえしな」


 上手く逃げられた、と言う線は薄いだろう。

 ケンは終始首無しライダーのケツを追っ掛けていることしか出来なかったと言うし、逃げても追いつかれてバッサリだ。


「だったら、これでチャラでも構わないと思ってる」

「結構。しっかりと割り切れているようで何よりだわ」

「……俺を試したな?」

「ルーキーの査定はパートナーの仕事だもの」


 しれっと言ってのける桔梗に嘆息するが、次郎とて不満があるわけではない。

 親友の死に関わっているからと言って激情のままに行動するようではやっていけない仕事なのだから桔梗のやり方も当然である。


「それで……どうなんだ? 具体的にどう関わってやがる」

「クスリよクスリ」

「クスリ? タマとか草とかシャブとかチャーリー?」

「MDMA、脱法ハーブ、覚醒剤、コカインと言わず敢えて隠語を使う辺りヤンキー指数が高いわね……ま、そう言うことよ」

「?」


 思わず首を傾げる。

 その手の違法ドラッグと公平の死に何の関係があると言うのか。

 次郎の知る限りで、公平は悪たれではあったがドラッグに手を出すような人間ではなかった。

 まあ、依存性と言う面でマシとは言え煙草には手を出していたけれど。


「人外の世界でも、ドラッグは存在しているの。勿論、そいつら専用のね?

人間が使うドラッグなんて化け物共にとっては何てことないもの。

で、全部が全部似通っているとは言わないけれどその手のドラッグが齎す作用副作用も大体同じ。気持ち良く飛べたり、被害妄想が激しくなったり……」

「……感情の起伏が激しくなって、制御が利かなくなって暴力的になったりとか?」

「察したようね」


 つまるところ首無しライダーはジャンキーだったと言うわけだ。


「元々、首無しライダーと言う種族はちょっと過激な暴走族程度でしかないのよ。

まあ、今の形になる前……戦国期とかだと少々違ったのだけど、過去の話だし置いておきましょう。

とりあえず現代社会を生きる首無しライダーは少しばかり行き過ぎたDQN程度の認識で構わないわ」

「オーライ、続きを頼む」

「ええ。兎に角、そんなだから私達も基本的には目溢ししているし、彼らも派手なことはやらかさない。

殺人なんて真似は不利益以外の何ものでもないわ。

だって、そんなことをすれば神祇省の敵と見做されてしまうもの。私達の敵になっても良いことなんて一つも無いわ」


 首無しライダーにとって暴走行為は快楽を得る手段であり、生理現象のようなものでもあった。

 だが神祇省に敵対してしまえば何処も走れなくなってしまう。

 何せ神祇省は敵対者に対して情をかけないから。

 その場で殺されるか問答無用で檻にぶち込まれて新人教育用の教材に利用されるか……何にせよ暗い未来しか待っていない。


「それでも上位の人外やその恩恵に預かろうとする馬鹿共は平気で敵対するけど……ま、そこらは今は関係の無い話ね」

「だな。それよりも」


 二人の視線がカマイタチらに注がれる。


『『ヤク出せヤク』』

「し、知らないわよ! 言いがかりは止めて頂戴! 証拠でもあるの!?」


 反論する長男イタチを見て次郎は素直に感心した。

 こんだけボコられた挙句片腕まで無くなってんのにすげえ根性だな、と。


「あるわよ。無くても疑わしきはの精神で殺りに来るのが私達だけど今回はあるわよ。少なくとも、あの首無しライダーにヤクを売ったのがあなた達だと言う証拠はね」

「今更ながらに神祇省ってのがヤクザとそう変わらないんじゃねえかなと思い始めて来たわけだが」


 だがまあ、その過激さゆえに秩序の番人足り得るのかもしれない。


「首無しライダーの遺体を洗ってみると、微かにだけど拾えたのよ、彼の記憶がね。で、その記憶を印刷した写真がこれ」


 懐から取り出した写真には三男イタチが何かを渡している光景が写っていた。


「(いや、これ証拠としちゃ不十分なんじゃ……と言うか首無しライダーの視界ってこんななんだ……)」


 神祇省的には十分なのである。


「遺体から検出された薬物の反応に加えて、怪しい記憶はこれ以外には存在しない。どう? 私達が動く証拠足り得るでしょう?」

「ッ……あの馬鹿! 安いブレインウォッシュしかしなかったわね!」

「ちょっと待って。字面からどんなものかは想像出来るんだけど、首無しライダーのブレイン何処よ?」


 次郎のツッコミは当然の如くにスルーされた。


「それよりどう? 何なら、此処で一匹ぐらい殺しても構わないわよ? 見せしめに」

「あ? いや別に。その程度なら関与ならこんだけ痛め付けたんだしチャラで構わねえよ」

「お優しいのね」

「クスリを買うのも使うのも、当人の責任だろ。無論売った側も悪いし、その裁きは受けるべきだ。

だけど、殺人の咎までは混同すべきじゃない。実際に殺ったのはあの糞ったれなんだからな」


 殺人教唆とかなら殺っていたかもしれないが、と続け次郎は一歩引いた。

 後は桔梗の思うようにしてくれと言う意思表示だ。


「そう。じゃあもう何も言わないわ。それで? 出すの? 出さないの?

あなた達を皆殺しにしてから家捜しするよりも自主的に提出してくれた方が私としては楽なのだけど」

「う、うぅ……だ、出してもどうせ殺すんでしょ!?」

「殺さないわよ。殺人ならともかく、この程度なら奉仕労働で済ませるわ。それをしっかりこなすのならこの店の営業も続けて構わない」


 ただし何時でも殺せるように首輪をつけて、だが。


「散々物騒なこと言ったりしたりしておいて信用してもらえると思ってんの?」

「あなたどっちの味方なのよ……と言うか、一応の線引きがあるの。

殺人は一発アウト。その他殺人でなくとも社会に影響が大きい犯罪行為もアウト。

それ以外では、奉仕労働と言うのがお決まり。まあ、それで他の連中が調子づいても面倒だから公言はしていないけど」


 加えて言うなら奉仕労働から解放された人外にも口外禁止を課している。破れば無論デッドエンドである。

 だから世間一般――人外にとってのだが、ではあまり知られていないのだ。


「で、どうする?」

「……わ、分かったわよ」

「結構。私はアレに着いて行くからあなたはこの二匹を見張ってて頂戴」

「了解」


 店の奥に消えて行った桔梗と長男イタチ。


「ああ、最初に言っておくが妙な行動、言動があった場合、俺も相方に倣わせて貰うぜ」


 次男イタチと三男イタチが口を開くよりも早くに次郎はそう告げて天井に向け一発だけ発砲。

 ガキだからと舐められて仕事に支障をきたすわけにはいかないと言う牽制である。


『『!?』』


 ぎょっとする二匹。

 幾つか擁護発言をしていた次郎に取り入ろうとしていたようだ。


「殺す程憎んじゃいないし、殺人の咎を混同しちゃいけねえってのは本音だ。

本音だが、悪感情を抱いてないわけじゃあないぜ? そもそもからしてヤクの売人なんだしな」

「わ、分かってるわよぅ」

「結構――っと口癖伝染っちまった。まあとりあえずアレだ、見苦しいから服着ろ」


 オッサンの全裸なんてそれだけでテロのようなものである。


「ぬ、脱がせたのにそっちじゃないの……」


 いそいそと散らばっていた下着や衣服を着るイタチ二匹だが、


「うわ、逆に見苦しい。美人さんなら眼福なんだろうが……」

「服ボロボロにしたのあんた達よ!?」

「ははは、まあそれはそれとして。喉渇いたから何か飲ませてくんねえ?」

「…………オレンジジュースで良い?」

「おう」


 カウンターに向かう次男イタチ、その背を見つめる次郎の表情はニュートラルだが目の色は違う。

 碧眼に滲む真剣味を見れば何を考えているかなど明白。

 ある程度自由に行動させ、その上で妙なことをしないか観察しているのだ。

 その観察結果はこの後にこそ役立てられるだろう。カマイタチらの扱い的な意味で。


「……ところでお兄さん」

「あん?」

「ちょいと聞きたいんだけど、あの悪魔みたいな女の子……ひょっとして、桔梗って名前じゃない?」

「んお? そうだけど……っておいおい、どうしたよ」


 頭を抱えてぷるぷる震えだした三男イタチ、のみならず次男イタチまでグラスを落としてしまう。

 あんまりにもあんまりな反応に次郎は若干引き気味だ。


「どうしたもこうしたもないわよ! あ、あれが桔梗だって最初から分かってたなら無条件降伏してたっての!!」

「……え? 何? アイツそんな有名人なの?」


 と首を傾げればイタチ二匹は信じられないと言う顔で答えた。


「内外問わず有名でしょ!? 神祇省の人間からすれば英雄なんだし!」

「いや、今日入省したばっかだし俺」

「……そうなの? その割には随分手馴れてたけど」

「でも、そうね。これまでの会話を思い出せば、確かにそんな感じも……」

「俺のことは良いんだよ。それより、桔梗について教えてくれや」


 パートナーとしてこれから仕事をこなしていくのだ。

 相互理解は必須だろう。

 一応、これまでのやり取りから中々愉快な人間だと言うことは分かったがバックボーンはまるで知らない。

 良い機会だしと次郎は情報提供を求めた。


「”鉄の女”、”絶対殺すウーマン”、”魔王”、”神殺し”、”仲間殺し”、”神祇省の切り札”

”こんにちは、死ね!”、”螺子の外れたイワトビペンギン”、あの女の異名は挙げていけばキリがないわ」

「最後ちょっと可愛いじゃねえか」


 そして獲得した由来がとっても気になる異名であった。


「神祇省一番の古株にして最強戦力。特筆すべきはその精神性。

情も利も通じない。自身に定めたルールを何があっても決して違えないブレの無さ」


 ブレの無さ、と言うのは分かる。

 根を張った大樹のような安定感、と言えば良いのだろうか? それをヒシヒシと感じていたから。

 とは言え情が無いわけでもないのだろう。ただ、それに引き摺られて間違いを犯さないと言うだけの話だ。


「一番の古株、ねえ」


 だが次郎が何よりも驚いたのはそこだった。

 見た目通りではないと分かっていたけれど一番の古株ともなれば話は変わって来る。


「(最低でも百八十は超えてるってことだよな……?)」


 Rの生年的に考えて。


「しかし、仲間殺しってのは? そう言う意味で良いのか?」


 裏切り者の処断、と言う意味なのかと確認を取るとそれもあると言う答えが返って来た。


「日が浅いあなたには分からないかもしれないけれど、人間が人外になることもあるの。

敵の罠に嵌められて、或いはあなた達が穢れと呼んでいるものが暴走してだったり。

そう言う場合、理性も何も吹っ飛んだ状態になるの。裏切り者ならともかく、そんな手合いを処分するのは……ねえ?」

「まあ、気が咎めるな。誰もやりたがらない類の汚れ仕事だろう」


 しかし桔梗は淡々とそれをこなしたのだろう。

 一切の情無く、職務として、己がルールを遵守するために。

 ともすれば忌避されかねない行いだが、同時にある意味で信が置けるとも言えるだろう。


「(ちゃんと殺してくれるんだからな)」


 神祇省の職務を大切に思い、誇りに思っている人間程そうだろう。

 自身が人外となり世を乱す一助となるなど言語道断。

 被害が拡大する前にサクっと殺してくれる方がありがたいはずだ。

 裏都庁でも職員らに慕われているようだし、その理由の一端がこれなのだろう。


「しかし何だ、そんな悪名高い人間なんだ。写真の一枚二枚出回ってても不思議じゃねえだろ?」

「そんな間抜けを晒さないのが桔梗と言う女なのよ」

「じゃあ、目撃証言から似顔絵とかは?」

「あるみたいだけど、おおっぴらに出回れば目をつけられるでしょ? だから極一部にしか出回ってないの、それも超高額」


 木っ端な自分達ではとても手が出せないと嘆息するイタチブラザーズ、人外世界も中々に世知辛いようだ。


「ふぅん……だってのによく分かったな」

「私としては外れてて欲しかったわよ……」


 ついてない、不幸だ不幸だと嘆くその姿を見て次郎は皮肉げに笑った。


「だったら始めから悪事に手を染めなきゃ良い。

現代社会の恩恵を受けてんだ、それを築いた人間の道理から外れる真似をすりゃしっぺ返しが来るのも当然だろう?」


 だからこそ次郎は首無しライダーを殺したのだ。

 人外が殺されても罪に問われないのは不平等だと思うかもしれないが、そこはそれ。

 神祇省は罪無き人外を人間が害した場合の罰則もしっかり設定してある。


人外わたしたちにも色々あるのよ……」

「その色々を人間が酌んでくれるかどうかはまた別の問題だ」


 つまるところ自業自得だ。


「…………あなた、この仕事向いてるわね」

「そう? そりゃ良かった」


 別に使命感があって神祇省に入ったわけではない。

 大切なものを秤にかけて、その結果として神祇省に入ったのだ。

 しかし、だからと言って不真面目に仕事をする気は無いので”向いている”と言う言葉はありがたかった。


「にしても……何だ? やけに身体が軽いような……」


 薄々、おかしいなとは思っていたのだ。

 そう、丁度カマイタチらと戦っている辺りからどんどん調子が上向き始めた。

 暴れていることで脳内麻薬が分泌されてハイになっているだけかとも思ったがこれは違う。

 試しにテーブルの上に置かれてあったサスペンス等で人を撲殺するのに使われそうな高級灰皿。

 その淵を軽く握り締めると、


「――――」


 そこを起点に灰皿が粉々になってしまった。


「……なぁにこれ?」


 標準的な高校生男子より握力は上だと言う自負はあった。

 だが、こんな出鱈目をやらかせる程の握力ではない。

 自身の身体に訪れた異変に目を瞬かせていると、


「言ってなかった? それも穢れの影響よ」

「お……戻って来たか。いや、聞いてないけど」

「そうだっけ? なら簡単に。特異な力に付随して身体能力も上がるの。どちらかと言えば後者がメインね」


 その説明は納得だった。

 自分が得た穢れである悪食、これはまだ汎用性が高いけれど全部が全部そうと言うわけではないだろう。

 中には糞の役にも立たない力だってあるかもしれないと言うかあるはずだ。

 それでも神祇省の職員としてやっていかなければならない。

 ならば何が発現するか分からないものより、確実に上がる身体能力を頼みにする方がずっと良い。


「成る程。でも日常生活に支障をきたしそうなんだが……」

「慣れなさい」

「えー……」

「それより、ブツは出たから帰るわよ」

「あいよ……ちなみにコイツらは?」


 桔梗は無言で手の平サイズのキューブを取り出した。

 床に置かれたキューブは見る見るうちに巨大化し、立派な檻へと姿を変える。


「ほら、イタチに変化して此処入りなさい」

「……何か保健所の人間みてえだな」







「おかえりなさい桔梗さん。如何でしたかな?」


 本部に戻った二人を出迎えたのはあの夜、桔梗と行動を共にしていた老紳士だった。


「ヤクそのものは押収出来たけど……出所を探るのはこれからよ。ヤマさんは帰ってる?」

「いえ、まだ姿は見ていませんが……ふむ、そのイタチですかな?」

「ええ、万全を期すならあの人に見せた方が良いでしょう――っと、ああ次郎。紹介するわ、彼は泰山。三日前までコンビだった男よ」

「あ、どもっす。戎次郎って言います」


 促されるがままに頭を下げる。


「今は一線から遠ざかっているけれどやり手のエージェントだから教えを乞うのも悪くないわね。ああそれと、死に掛けていたあなたを助けてくれたのは彼よ」

「え? いや、それ――――」


 それは違う、と言い掛けた泰山だが桔梗の一睨みを前に何も言えなくなってしまう。


「マジかよ……あの、泰山さん。本当、ありがとうございます! この御恩は必ず返しますんで!!」

「は、ははは……いや、御気になさらず。むしろ、我らの仕事を押し付けてしまい、此方こそ申し訳ない」

「いやいや、アレを殺したのは私情百パーセントだったし」

「いやいや、それでも」

「いやいや」

「いやいや」


 と謙遜し合う二人に、


「日本人みたいに謙遜し合わないでよ面倒臭い」

『『いや、日本人なんですけど』』

「まあ、それはそれとして」

「出たよ”まあ、それはそれとして”」

「茶化さないの。それじゃあ泰山、私達はヤマさんの部屋で待ってるから彼が帰ったら直ぐに来るよう伝えて頂戴」

「了解です」

「(所作の一つ一つが綺麗だな、この人)」


 恭しく一礼する泰山を見て自分もこんなロマンスグレーになりたいなと密かに憧れを募らせる次郎であった。


「何此処? 資料室?」

「そう、旧資料室ね。今は全部データ化されてるから無用の長物になってしまっているのだけど……」

「その、ヤマさん? ってのが使ってんのか」

「ええ。とりあえずテキトーにかけなさい。ああ、檻はその辺に転がしておいて良いから」

「(良いのかなぁ?)」


 檻の中できゅいきゅい泣いているイタチを見てちょっと可哀想だなと思ってしまう。

 人間形態だとオカマのオッサンゆえ可愛くも何ともなかったが、今は小動物形態。

 それゆえ、若干同情心を煽られてしまうのだ。


「さて、時間もあるし説明していなかったからしておくけど……最近忙しいって言ったの覚えてる?」

「ん? ああ、覚えてるさ。それに、本部の空気からも何となく分かるし」

「結構。その理由について、教えておくわ。今回の仕事にも関わって来るし」

「OK」

「人間社会も薬物に関わる犯罪が年々増加傾向にあるけど、それはこっちでも同じなの」


 まあ、芸能人的な存在がどうたらとかはないけれどと付け加えられたが……案外ゴシップ好きなのだろうか?


「ただ、今年に入って一気に増加したのよ。些か面倒なクスリが出回り始めたせいで」

「面倒なクスリ?」

「そう。人外向けって言っても大概のクスリは直ぐに抜けて、後に引かないのが大半なのよ。身体が頑丈なせいでね。

その耐性をぶち抜くような強烈なのも存在しないわけではないけれど、コストパフォーマンスが悪いから中々手を出せないの。

薬物に手を出す連中の殆どは……そうね、人間で言うところの喫煙所で一服程度のものなの」


 だからと言って薬物を認めるわけではないがと続ける。


「まあでも、その程度だから首無しライダーのような薬物の弊害でカっとなり人を殺めるなんて事例は少ないの。

精々が月に数件あるか無いか程度だったのよ――――今年に入るまでは、ね」

「此処からが話の肝ってわけか」

「ええ。少ない事例を一気に加速させた面倒なクスリを私達は追っているの」


 と、そこで桔梗は深々と溜息を吐いた。


「だけど今日に至るまで私達は現物を手に入れることすら出来なかった」

「はぁ?」

「使用者の身体を解剖しても判然とせず、あなたに食べさせた首無しライダーもバラしてみたけど同じだったわ。

かと言って入手経路を辿ろうにもブレインウォッシュのせいで分からず。

元々薬物を販売していそうなところに襲撃をかけても空振りで流通を止めることがまったく出来なかった」


 そのせいで薬物の弊害で起きる殺人事件やら暴行事件の増加を食い止めることも出来ず、その対処に追われていた。


「販売のやり方をよっぽど徹底していたのね」

「いやでも待てよ。首無しライダーが間抜けだったってのは分かる。分かるが、間抜けが一人だけとは考え難いんだが?」


 カマイタチらの話を聞くに首無しライダーは粗悪なブレインウォッシュを受けていたらしい。

 だからこそ僅かなりとも手掛かりを得られたわけだが、腑に落ちない。

 薬物に手を出すようなロクデナシだ、全員が全員キッチリハッキリ隠蔽処理を出来るとは思えない。

 首無しライダーの他にもそう言う輩が居たはずだと指摘するも、


「ところがどっこい、そうでもないの。

あなたが首無しライダーを仕留めなければ私達はまたも手掛かりを逃すところだったのよ」

「? と言うと?」

「あなたが仕留めた首無しライダーはあの峠を走るのが好きだったようだけど、あの日は他にも目的があった。

神祇省が自分を狙っていることを知った奴はあの峠でブレインウォッシュを受ける予定だったの」


 記憶の消去改竄を生業にする輩は店など構えていない。

 わざわざ店舗なんて持っていれば速攻で神祇省にカチコミをかけられるのが関の山だから。

 ゆえに特殊な経路を辿って依頼し、施術者が指定した場所で落ち合い施術と言うのが鉄則だ。


「本来であれば……そうね、私達が到着する十分前には記憶は消去されていたはずよ」

「腑に落ちないな、何だって施術者は俺を襲わなかった? 商売の邪魔をしてるってのによ」

「分が悪いと判断したのでしょう。私も首無しライダーに刻まれた恐怖の記憶を見させてもらったけど……」


 あの時の次郎は噛むどころか猫を殴り殺す窮鼠であったと桔梗は評する。


「殺される、或いは私達が到着するまで粘られお縄につくのと仕事を一件ふいにするの……どっちが良い?」

「あー……長期的に見りゃ損害は少ない、か」

「そう言うこと。だから、お手柄よあなた」

「んー」

「あら、嬉しくないの?」

「いやだってさぁ……」


 次郎の視線が檻に向けられる。


「そんな周到な売り方を指定する奴が一つのミスで全部がおじゃんになるような真似をするかね?」


 カマイタチ三兄弟は所詮、売人だ。しかも末端の売人だろう。

 彼らを拷問して情報を聞き出したとしても有力なものが得られるとは到底思えない。


「いきなり本命を、なんて思ってはいないわよ。

停滞を打ち破り、僅かであろうとも流れを起こしたことをこそ私達は評価しているのよ。例えそれが偶然であろうとも、ね」


 物事には流れと言うものがある。

 ほんの少しのさざめきであろうと、別のさざめきを誘発し、それがどんどん連鎖して大きな流れになるかもしれない。

 確たる論理に基づくものではないが、こんな業界に居るのだ。感覚的なものを軽んじて良いわけがない。


「ふーん」

「それで……っと、部屋の主が戻って来たみたいね」


 ガチャリと扉が開かれる。

 中に入って来たのは、一言で言うと窓際で新聞読んでる定年間際のサラリーマン。

 中肉中背、見た目相応の白髪に眼鏡をかけた柔和な顔立ちは……成る程、確かにヤマさんと言う感じだ。


「やあ、桔梗さん、新人くん」

「こんにちは」

「あーえっと、今日から神祇省で御世話になってる戎次郎です」

「これはこれは御丁寧にどうも。あ、これお土産」


 両手にぶら下げていた紙袋から取り出したのは、


「かぼすナッツサブレ、かぼすチョコ、かれい最中、かぼす焙じ茶……別府っすか?」

「おや、よく分かったね。いやぁ、少し前から有給で別府の地獄巡りに行ってたんだよ。ハハハ」

「お昼もまだだし、今日のおやつにでも頂かせてもらうわ」

「まだ昼食を済ませていなかったのか。ふむ、それなら早く片付けるとしよう」

「悪いわね。普通の嘘発見器とかでも良かったのだけど、やっぱり……ねえ?」

「いやいや、構わないとも」


 言うや桔梗は檻からカマイタチを解放し、彼らに人型を取らせ尋問を始めた。


「先ず第一に、何でクスリなんて売ってたのあなた達。

オカマバーって天職を見つけたのに危ない橋を渡る必要は無いじゃないの」

「最近新しく出来た店に客足を取られちゃって、経営が……」

「(うわ、世知辛え)」


 だからとて薬物の売買に手を出すのはどうかと思うが。


「金目当てってこと?」

「ええそうよ。これが良い稼ぎでもう!」

「へえ、幾らぐらい売り上げたの?」

「聞きたい?」

「は?」

「ご、ごめんなさい! 言わせてください!」


 時折脅しを入れながらも、一時間程続いたところで桔梗は最後の質問を口にする。


「嘘、吐いてない?」

「吐いてないわよ。少なくともあなたが何者か分かった今では嘘を吐く気になんてなれないわ」

「絶対に?」

「絶対に」

「ふむ……ヤマさん?」


 桔梗がちらりと茶を啜っているヤマさんに視線をやると、彼は小さく頷きを返した。


「ああ、嘘は吐いていないようだ。少なくとも自覚している領域において手掛かりはなさそうだねえ」

「そう……なら、後は専門の部署に丸投げしましょうか」


 落胆した様子もなく桔梗はそう結論付けた。


「良かったわね、あなた達。嘘を吐いていたら舌を引っこ抜かれてたわよ」

『『『『え』』』』


 三兄弟どころか次郎まで素っ頓狂な声を上げてしまう。

 嘘吐きは舌を、日本人ならばその文句を聞けばある存在が思い浮かぶはずだ。


「き、桔梗……ちょっと待て。もしかして、もしかしてだけど……」

「何?」

「――――この人って閻魔大王なのか!?」

「そうよ。最初から”ヤマ”さんって言ってるじゃない私」

「ヤマってそっちのヤマかよ! 山田さんとかだと思ってたわ!!」


 サンスクリット語において閻魔はヤマと言うのである。

 まあ、覚えたところで役に立つ知識とは思えないけれど。


「だって全然それっぽくねえもん! 肌の色も普通に日本人のそれだし!!」

「ハハハ、今は人を裁いていないからねえ。一日一回しか銅を飲んでいないせいだろう」

「それでも一回飲んでんの!?」

「飲まなかったら飲まなかったで調子が狂うんだよ。次郎くんもどうだい?」

「飲むか!!」


 人を裁く、それもまた罪である。

 それゆえに閻魔大王は昼夜に三回ずつ地獄の鬼から煮えたぎった銅を飲まされているのだそうだ。

 閻魔大王の顔が赤いのはそれが理由だとか――これもまた、知ったところでどうと言うこともない知識である。


「ん? ……ちょっと待て。あんた別府行ってたんだよな?」

「ん? ああそうだね」

「閻魔が地獄巡りでホッコリしてんじゃねえよ!!」


 一度はおいで、別府地獄めぐり!


「ハハハ、次郎くんは元気だねえ。良いことだよぅ」

「……朗らかなところも全然閻魔らしくねえ」


 閻魔大王が備えていて然るべき厳しさが微塵も感じられないのだ。

 それは人を裁く役目から降りたがゆえ、なのだろうか?


「つか桔梗、アンタ閻魔様を嘘発見器代わりに使ってんじゃねえよ」

「良いじゃない、便利なんだから」


 神祇省はアットホームな職場です! 閻魔を嘘発見器に使っても怒られない程度には。

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