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RIB(仮)  作者: 曖昧
11/15

HⅡ

 五月の風が気持ち良い昼下がり。

 GWと言うだけあって街も人も何処か浮かれ気分。

 だが、その中でも特に浮かれた馬鹿が一人。


「サfじょいhふぇほhヴぉhgrwg9ほ~♪」


 常人には認識出来ない異界の言語を用いた鼻歌を歌う少年。

 背丈は170cmにギリギリ届かないぐらいで身体つきは貧相。

 身に纏った白衣も外出着としては些か奇異だが、それ以上に奇異なのはその瞳だ。

 瞳にびっしりと敷き詰められた蜂の巣のような個眼は正に昆虫のそれ。

 一般人が正しく彼を認識出来ていたのであれば混乱は必至である。


「ンxふぃお絵hふぇういf8えcのほおgw8!!!」


 少年の名はテオフラストゥス・V・ホーエンハイム。

 年明けから今に至るまで世を騒がせている薬物事件の元凶にして偉大なる錬金術師。

 普通に街中を歩いていて大丈夫なの? と思うかもしれないが大丈夫なのである。

 簡単に発見されて簡単に討伐されるような可愛さがあれば数々の大事件は未然に防がれていただろう。


「うむ、うむむーん!?」


 どんな小さなことも見逃さぬようにと改造した複眼がとある公園の中に居る少年を捉えた。

 幸か不幸か、彼が今日のターゲットに決まってしまったようだ。


「ふひ、ふひひひぃ! ひょほほほほ! これはこれは、気になります! 私、とっても気になります!!」


 ふひゃあ! と奇声を上げながら公園に侵入するホーエンハイムは紛うことなき不審者。

 公園内に居るママさん達が通報すること間違いなしである――認識を阻害されていなければ。

 ホーエンハイムは蘇りの際にキチってしまったが知性が衰えたわけではない。

 円滑にフィールドワークを行うため幾つもの迷彩を纏っている。

 一般人どころか、裏の世界を知る者であっても正しく彼を認識するのは難しい。

 どんなに奇異な振る舞いをしていても、自然なものであると受け止めてしまうのだ。


「アびゃびゃびゃびゃびゃびゅーてぃフォウ! 今日も今日とて世界は美しいなこの野郎!?」


 カサカサとゴキブリのような走法でホーエンハイム。

 目指すは公園の隅で、はしゃぐ子供達の輪から外れて寂しそうに空を見ている小学生ぐらいの男の子の下である。


「此処でTOUJOU! 拙者HATUJOU! これがHONNOU!? 消えぬBONNOU!!

滾る好奇心に逸物をスタンダァッ! させながらやって来たそうワタクシこそが誰あろうホォオオオオエンンハァアアアア……ィム」


 うつ病で自殺一歩手前の顔をして名乗りを終えるホーエンハイム。

 躁鬱病患者染みた振る舞いは桔梗であれば開始一秒で鉛玉を叩き込むこと間違いなしである。


「……おにいちゃん、誰?」


 こてん、と首を傾げる少年にホーエンハイムは崩れ落ちた。


「うん、そうだよね、知らないよね。ホーエンハイムなんてドマイナー野郎知らないよね。

だって日本人はノブナガとヒデヨシとイエヤス以外は偉人と認めない民族だから」


 どんな偏見だ。


「まあどうでも良いのだ。名前が売れてても良いことないしね! 酒場でいきなり殴りつけられたりするシ!

それはさておき少年少年しょぉおおおおおねん! 君は何だって憂鬱な顔をしているのかね><!?

世は正に黄・金・週・間! 俺の休日か? 欲しけりゃくれてやる!

この世の総てを会社に置いて来た! な社畜以外は皆楽しそうにしていると言うのに奇怪極まりないぞイ!?」

「えっと……皆に、遊んでもらえなくて」

「皆、と言うのはあそこで楽しそうに友達サッカーボールを蹴り倒している子供達のことかね?」


 少年はこくりと頷いた。


「何故、遊んでもらえないのかね? ひょっとして野球派?」

「え? ううん、野球もサッカーも好きだよ僕」

「そうかそうか、小生も好きであるぞヤッカー……あれ? ヤッカーって何だ? まあ良い。

話を戻そう。両方を好きと言える器の大きさがありながら何故疎外されてしまったのかな?

ひょっとして君は悪名高きガキ大将とかそんな感じ? 天使のようなツラしてデビィルな振る舞いをするのかね?」


 ホーエンハイムの悪癖だ。

 問いの体を取りながらも自身の予想を叩き付けることを止められない。

 問われた側もこれでは中々正答を言い出せない。


「そんな……僕、喧嘩なんて得意じゃないよ」

「そうかね。ま、その筋量では無理だと分かっていたがね! 最初から!」


 じゃあ聞くな、などと言う常識的なツッコミは意味を成さない。


「では何故か、吾が輩の推理は百八まであるからして全部披露するのも吝かではないのだが……。

うむ、残念なことにこの後、人と会う約束をしているゆえ針千本を飲まされたくない僕は大人しく話しを聞くのであった、まる」

「???」

「さあ、存分に語って聞かせるが良い。ただ、騙ったらマジ赦さねえからナ!」

「えーっと……よくわかんないけど、僕が皆と遊べない理由が知りたいんだよね?」

「うぅむ!」

「僕ね、ウザいんだって」

「ウザい、とはこれまた抽象的な。微に入り細を穿ってマントルにまで到達する勢いで説明してもらわねば朕は公共広告機構に抗議する所存でぇ……あります!」


 ウザさで言えば少年よりもこの男の方が上だろう。


「何でも聞くから面倒だって言われた」

「ふむ?」

「空はどうして青いのかな? 鳥はどうやって飛んでいるのかな?

サッカーボールはどうしてあんなデザインになったのかな? 滑り台はどうやって生まれたのかな?

僕ね、色んなことが気になってしょうがないんだ。気になったら知りたくて知りたくてしょうがなくって……」


 と、そこで少年の瞳に涙が滲む。


「でも僕、頭悪いから自分じゃ全然分からなくて……。

調べるのが下手で、図書室で本を探しても、知りたいことがどんな本に載ってるのかも分からなくて……」


 だから少年は皆に質問するのだ。

 疑問が生まれたら直ぐに問いを投げてしまう。

 確かに少年の性質は同年代の子供には余り好かれるようなものではないだろう。


「――――それの何処が悪いのかね?」

「え」

「私には皆目分からぬ。何故、君の知的好奇心が否定されねばならぬのか……まぁあああああったく分からぬ!!」


 しぱしぱと目を瞬かせる少年を他所に、ホーエンハイムは持論を展開していく。


「問われた側が分からないから聞くな、と言うのであれば分かる。

しかし、鬱陶しいから? 戯けが! 自身の無知を誤魔化し探求の徒を貶めるとは品性下劣の極み!

空気を読めとかそれっぽい正論を振りかざすかね? ますます片腹大激痛。

素直に分からないとも言えぬような輩が正論なんぞ万年早いで御座るよ」


 素直に分からないと認め、無知を恥じ、それを無くすために行動を起こせる少年の方がよっぽど上等だ。

 ホーエンハイムはキッパリとそう断言した。


「胸を張りたまえ少年、君は正しい。

君はあそこで馬鹿みたいにボールを追っている者らよりも余程豊かな世界を持っている」

「せか、い?」

「うむ! 生まれたばかりの無知な我々の目に映る世界は途方もなく広い。

しかし、背が伸び疑問と探求を繰り返し知を蓄えていくことでより遠くを見渡せるようになる。

世界が狭くなっていく? 違う、この世界が持つ本当の美しさに近付くことが出来るのだよ!」


 ホーエンハイムの瞳に映る世界は何時だって美しい。

 一つ何かを知る度にどんどん鮮やかに世界が彩られてゆく。

 だからこそ、彼は好奇心のままに知の巡礼を続けるのだ。

 余人が笑うようなくだらないものであろうとも関係無い。


「とは言え、だ。友が居ないと言うのもそれはそれで寂しいことだと思うのDEATH」

「う、うん」

「君の美点がクッソくだらねえ連中に認められぬ理由だと言うのであれば――――」

「我慢、する?」

「なわけないじゃああああああああああああああああん!? 聞かなくても良いようにすれば良いだけの話で御座るよ」


 鬱陶しいテンションではあってもホーエンハイムは真面目だ。

 真面目に後輩のため、知の先達者として道を示そうとしている。


「僕様が思うに少年はな、頭が悪いわけではなく単純に勝手が分からぬだけなのだろう」


 抱いた疑問に対する答えを導き出す際、抑えておくべきポイントがあるのだ。

 そこをしっかりと遵守すれば時間はかかっても答えは必ず導き出せる。


「長々と講釈を垂れても良いのだが、論より実践! 少年、この公園で君が気になるものはあるかね?」

「え? う、うん……幾つかあるけど」

「よろしい。ならば吾が輩と一緒に考えていこうではないか」

「お兄ちゃんと?」

「うむ! と言っても、小生が答えを直接口にすることはない。あくまでどんな考え方をすれば良いのかを教示するだけ」


 だが、それだけでもきっと役に立つ。


「約束とか言ってたけど関係ねえ!

P的思考法が身に着いたと判断するまでとことん少年に付き合う所存でぇっす! ごめんねタっくん!?」


 そうして始まったホーエンハイムのプライベートレッスンは日暮れまで続いた。

 終わる頃には少年の顔から一切の憂いが消え失せ、代わりに目も眩むような輝きだけが満ちていた。

 今日知ったことは世に溢れている不思議の総数から見れば砂粒にも満たない量だ。

 それでもそこには確かな満足感があったし、これからもこんな気持ちを味わえるのかと言う幸福があった。


「お兄ちゃん、ありがとうね!」

「気にすることはなかっぺ!

それより少年、家に帰ったらしっかり手洗いうがいをして沢山夕食を取りしっかり睡眠を取るのだぞい!

何だかんだ健康が大事だからネ! お兄さんとの約束ですわ!!」

「うん! ばいばーい!!」

「うむ、倍倍なのです!」


 少年が家の中に入ったのを確認し、


「ふむ、遅刻なんてレベルではないが一応約束の場所へ行ってみるかにゃ?

モテない女に訪れた初めての春、すっぽかされたと思いつつも待ち合わせ場所を離れられない喪女の如く待ち惚けているかもだし!」


 おもむろに四速歩行体勢を取ったホーエンハイムではあるが、電柱の傍に置いてあったゴミ箱の上にあるものを発見し動きを止める。


「うぬぬ?」


 カサカサ、とインセクトモード(自称)のままゴミ箱に駆け寄り蓋の上に置いてあった携帯電話を咥え取る。

 それは使い捨てのプリペイド携帯だが、


「正規のショップで買ったものでは御座らぬな。闇の臭いがぷんぷんしやがるぜぇ……!!」


 などと言っていると電子音が鳴り響いた。

 ホーエンハイムはワンコールで通話ボタンをプッシュ。


「はいもしもし、ぅちだけど? えー!? うっそー! 見てたん!?

やだもう、はずーい☆ でもでもぉ、邪魔せず見守ってくれたんだよね?

マジ空気読めてるんですけどー! まあ空気読まずに話しかけてたら切除出来ない痔を卿の肛門にくっつけてやったのであるが」


 下手な暴力よりもよっぽど辛い拷問である。


「ふむふむ……まあうん、確かに予想外ではあった。

件の少年A――おっと、この呼び名は怒られてしまうでおじゃろうか? まあ是非もないよネ!

彼と言うファクターが加わったことにより、露呈してしまったわけだが……しゃーないべ。

運、偶然、その手のものはあちきにもどうにもならぬことだからして?

いや、一応運の操作とかも心得てはおるが所詮は養殖もの。

人であろうと神であろうと不自然に生み出した”運”は天然培養のそれには劣るのが自明の理っすわ」


 電話口の相手が嫌な空気を醸し出していてもお構いなし。

 べらべらと長広舌を振るうホーエンハイムは実に楽しそうだ。

 理性が蒸発してしまっても、教師であった頃の性は消えていないのだろう。

 まあ、押し付け授業をかまされる側にとっては堪ったものではないが。


「だがまあ何の問題も御座らぬ――――そもそも露呈させるつもりだったしネ!」


 ぴょいーんと跳ね上がりネコのように塀の上で寛ぎ始めるホーエンハイム。

 くしくしと足で頭を掻く様は非常に間抜けだが、その瞳に宿る危険な好奇は決して無視出来ないものだ。


「検証の場を完璧に整えるため此方が主導権を握り、ことを露呈させ最終段階へ移行させるつもりだったわけですがぁ?

まあ何つーか誤差の範囲だしぃ? 多少のイレギュラーは良いスパイス。

そう、例えるならそれは林檎と蜂蜜――はい此処で問題でーす! 今挙げた二つにはある共通点が……ア、ハイ。

そうですね、カレーですネー。ちょっとわっち気になってんだけど何でカレーの辛口ってあんなシャバシャバしてんの?

どろーり濃厚なカレーが好きだけど味は辛口が好きな俺としては片手落ちなんですけど。

うーむ、例の検証が終わった後で、究極のカレー作りでも目指してみようかしら? うむ、そのためには先ず新聞社に就職をだな」


 電話口からはそろそろ無視出来ないレベルの怒気が漂い始めていた。


「え? 本題に入れって? はいはいはい、予定通り予定通り。

しっかりちゃっかり楽してズルしていただきかしら! いや、ズルはしませんがね。

ええはい、勤勉な小生がするわけないじゃないっすか。あ? 大丈夫大丈夫」


 昼と夜が混ざり合った曖昧な時間が終わりを告げ夜がやって来る。

 輝き始めた星々を見つめるホーエンハイムの瞳は天体の輝きにも負けぬ程に煌いていた。


「邪魔なんてしないよ、むしろ最大限君に力添えをするつもりだとも。

うむ、これでも私はキミに感謝しているのだ。ゆえ、しっかり報いるとも。

結果だけは伝わっていても、具体的な過程やそれを成した個人についての情報は手に入らなかった。

それゆえイマイチ興味を持てずに居たが君から齎された情報でこう……ビビ! っと来たからネ! ああ、うん」


 忙しなく動き回る複眼は主の歓喜に呼応しているかのよう。


「それでは――――良キ終末ヲ」

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