好き
「く、久住さん!!!血が、血が出てます!」
「…ぁ」
葉月ちゃんへと伸ばした手が、赤く染まっていた。どうやら…また出血したらしい。
フッ…なにをやってんだか…血だらけの手を伸ばして、葉月ちゃんを抱き寄せようとしていたとは…ホラーだ。でも、良かったのかもしれない。この出血が無かったら、俺は…
葉月ちゃんを抱き寄せ…キスをしていた。
俺といれば、葉月ちゃんの運命を複雑にし、利欲の亡者たちに利用される危険は倍増するから、少しでも、葉月ちゃんをそんな運命から遠ざけようと、葉月ちゃんから離れる覚悟をしていたのに…
俺はまた、12年前のように自分勝手な思いに、好きな人を引きずり込もうとした。
そんなことを思っていた自分が情けなくて、後ろめたくて、そっと血だらけの手を、いや、疚しい心を隠すように、自分の胸に手を持ってこようとしたら、小さな手が俺の手首をがっしりと握った。
「見せて!」
「…葉月ちゃん?」
「いいから見せてください。」
そっと開いた手のひらは、包帯を巻いていたのに、その白い色はなく、赤い色に染まっていた。
俺の手を見つめ、顔を歪ませた葉月ちゃんは…
「病院には行ったんですか?」
「…治療はした。ここに来る前に…。」
「病院に行ったのに…またこんなに出血をして…」
「…。」
葉月ちゃんを抱きしめようとした手を押さえるために、力を入れたから…などと、言えるわけがない。
「わ…私のせいだ。」
「えっ?」
「あの自称王子やら、弟久住さんやらが、私のことをなんたら国の王様の娘だとか、言ってきて、面倒な事に巻き込まれたからだ。だから久住さんは怪我をしているのに…ここに来なくちゃいけなくなって、無理をさせちゃったんだ。」
「何を言ってる!無理なんかしていない!俺は、俺の意志でここにきたんだ。」
「でも…そんなにひどい怪我をしているのに…無理をさせたのは本当だもの。私が…変なことに巻き込まれなきゃ、久住さんはここに来なくてもよかったのに…私のせいだ。」
「違う!」
「久住さん…?」
「俺は、葉月ちゃんを利欲を持つ輩から守りたいんだ。」
そして…君を好きだと思う俺の心からも…守りたい。
「…さっき…」
「さっき?」
「さっき言ったじゃないですか!『君は俺なんかより強くて、カッコいい。』って、だから…」
「だから……なんだよ。」
「だから、大丈夫です!怪我をしているのに、無理をしてまで、私を守ろうなんてしないで。」
君を守ることも…愛することも…できない…。
ただ黙って、見ているだけしかできないのか…
黙って君が、手の届かないところに行くのを見てるだけなんて…
そんなこと…そんなこと…出来るはずはない!
「出来るはずないだろう!」
「く…久住さん?!」
「好きな女ひとが人生の岐路に立たされているんだ!その女のために、血を流す事を恐れる男なんていない!好きなんだ…葉月ちゃんが好きなんだ。」
……言ってしまった。
「…好き…?」
へーゼルの瞳が揺れている。いい加減な男だと思っているんだろうな。12年前の由梨奈との恋に、俺の心は整理できたが、由梨奈はまだだ。ましてや…由梨奈の赤いルージュが付いた唇を、みられたんだ。
「12年前の恋をまだ片付け切れなくて…オロオロしているくせに、好きだなんて口にして、最低だな。」
「わ、わたし…」
「俺といれば、葉月ちゃんの運命を複雑にし、利欲の亡者たちに利用される危険は倍増するから、離れるべきだと思っていた。
その利欲の亡者のひとりを引き寄せる要因の俺が、葉月ちゃんを好きになってはいけないのに…好きだと口にして…何をやってんだ俺は…。一生言うつもりはなかったが…最悪な告白だな。でも、もう二度と君の前には現れないから、だから…せめて君を、陰から守らせてくれ。」
ふわふわとした茶色い髪に…
大きな眼を縁取る黒く長い睫に…
珍しいへーゼル色の瞳に…
そして、笑顔に…俺は惹かれた。
最後になるのなら…笑顔を見たかった。
ほんとに俺は…12年たっても、変わらない…愚かな男だ。
「久住さん…嫌だ、離れていっちゃ嫌だ。」
「…ごめん。俺は…もう、葉月ちゃんを今までのようには見れない。」
そう言って、俺は…逃げた。そう逃げたんだ。
背中に、葉月ちゃんが俺を呼ぶ声が聞こえる。
でも、止まったら、あのへーゼルの瞳を見たら、俺はきっと彼女にキスをし、愛してくれと請うだろう。あふれ出した思いは…もう自分では止める自信がない。
*****
久住さん…
久住さんが、私を…好きだと…でも…
久住さんは、もう二度と、私の前に姿を現さないと…
い、嫌…。そんなの嫌だ。
「あっ!葉月ちゃん!会えて良かった。理香ちゃんから電話を貰ったんだけど、心配でここまで来ちゃった。あら…久住さんと一緒じゃないの?」
……もう会えないなんて…嫌…嫌だよ。
「葉月ちゃん?!どうしたの?」
「…ジョセフィーヌさん…種が…」
「種?…」
「…私の種は…絶対、花をつけることのに種だと思っていたの。…でも蕾が付きそうだと思ったら…蕾は自分から、自分から、地面に落ちちゃった。」
「葉月ちゃん?!」
「もう…咲かない。」
涙がいっぱい出た。2年振りに…泣いた。
声が枯れるまで、涙が枯れるまで、私は泣いた。




