樹・・・聞く。
「なぁ…樹。」
「…はい。」
「お前…葉月を…」と言って、俺を見つめた理香さんだったが、軽く頭を横に振ると
「いや、なんでもない。」
そう言ってタバコをバックから出すと、火をつけずに咥え、しばらくぼんやりと空を見ていた理香さんだったが、視線を俺に移すと苦笑しながら
「考えるときは、タバコはかかせなかったんだ。だけど葉月が…体に悪いからやめてと頼むから…でも、ニコチンガムとか電子タバコとかに変えたら、私の言うことを、理香さんが聞いてくれたとか言って、葉月が調子にのるだろう…しょうがねぇから、こうやって徐々にやってる。」
「葉月ちゃんが、可愛くてしょうがないんですね。」
そう言うと、タバコを口元から外し、俺を見つめ「あぁ…」と頷くと
「お前には悪いが、大吾にとっても、私にとっても、お前より葉月のほうが大事だ。本当はこんな集まりに出したくはなかったよ。少人数のホームパーティいえ、主催者はあの久住家だ。いろんな国で、いろんな人が注視しているはず、それは…葉月に一番会わせたくないあの人に気づかれてしまう可能性があるからなぁ。まぁ、気づかれる可能性をパーセントで表すなら、ほぼ0に近い数字だとは思う。だが、完全に0ではない。なんたって、お前のところの婆さんが絡んでいるからなぁ。そして…あのぼんぼんもなんとなく気が付いたかもしれないしなぁ。」
理香さんはそう言って、少し悲しそうに笑うと
「お前が血だらけになると、わかっていても、葉月を守ってくれと頼む事になるかも知れん。お前を助ける為に、ここに来たんだが、その時はすまない、あいつを守ってやってくれ。それは、お前が願う、久住家のしがらみから逃れることと、相反する事になるかも知れないが…」
俺は理香さんのその言葉を聞いて…うっすらと見えた気がした。
葉月ちゃんには…やっぱり、久住本家と張り合うほどの人物が関わっている。
いや、それ以上かもしれない。
俺は、静かに頷き
「教えて頂けますか…葉月ちゃんの両親の話。」
理香さんは…
「禁煙をやらなきゃよかった。落ち着いて話せないぜ。」
と言ってタバコを咥えなおすと、俺を見ながら大きく溜め息を吐いた。
*****
葉月とは…2年前に花見中央駅西側の歓楽街で会った。
二人の男らに支えられるように歩く姿は、最初は酔っ払った大学生たちだと思ったよ。だが路地裏へと入ってゆく三人連れに、あたしと大吾は、嫌な予感がして、少しあとを付いていったら…泥水の中で押し倒されてもぼんやりしている葉月がいたんだ。
驚いたよ。押し倒されても…人形のように動かない葉月を見て、クスリでもやってるのかと思った。
そんな輩とは係わり合いたく無くて、警察に電話をしようとした時だ、葉月が白い布に包まれた箱に手を伸ばしてなにか言ったんだ…あいつはその時なんて言った思う。
『いや…行かないで…もうひとりは嫌…』
そして叫んだんだ。
『お母さん!』ってな。
アパートに連れては来たが、葉月の事を調べた。大吾には…内緒だぞ、あいつはそういうのは嫌うんだよ。だけどなぁ、職業柄というより、実家の関係で、大吾や自分の周辺の人間は、もともとそれなりに調べないと…マズかったんだよ。なんだか言い訳みたいだよなぁ。
理香さんはそう言って、口に咥えたタバコを携帯灰皿に捨て、微かに笑いながら…
だから、葉月の事もいつも通りの手順で調べたんだが…どうしても、父親の事がわからなかった。まるで鍵を掛けられたようにな。
本来なら、そんな人物とは係わり合いは避けるべきだったんだが、あたしは…というより大吾がな、すげぇ、葉月を可愛がって、あんな格好で、あんな物言いでようやく話せる大吾が、めちゃめちゃ楽しそうにやってんだよ。毎日、大吾が笑ってんだ。あの人見知りで、おまけに人間嫌いの大吾がなぁ。
そう言って、理香さんもすごく綺麗な微笑みを浮かべていた。
あなたも救われたんですね、葉月ちゃんに…。
でもな…このところ思うんだよ。本当に良かったんだろうかと、葉月はあたしらと一緒にいて、よかったんだろうかと思うんだ。
第一普通じゃないからな、あたしらも…。
気が付いてたか、樹?
あのボロアパートの周りに、数人の警護がついていることを
それなりの家に生まれ育ったあたしらといれば、目立たないようにしているつもりでも、いずれは、葉月の親父にも気づかれるんじゃないかと不安なんだ。母親が隠していた葉月を、わざわざ目立つところに出したみたいで…葉月の母親に申し訳なくて…。
俺は葉月ちゃんの言葉を思い出していた。
『…私も…2年前、この花見中央で彷徨ってました。同じ……ですね。』
『もう、二度と笑う事などないと思ってました…でも、今は毎日…笑ってます。呆れるほど…毎日です。』
「理香さん…。葉月ちゃんが言ってました。」
「葉月が?」
「はい。もう、二度と笑う事などないと思っていたのに、今は毎日笑ってます。呆れるほど、毎日です…と。」
理香さんは大きく目を見開いたあと、きつく眼を瞑った。
「そうか…あいつ、そう言っていたのか…」と言って、俺に向かって理香さんは笑った。
綺麗な微笑みで…涙を零しながら




