葉月・・・叱られる。
「そうよ!!葉月ちゃん!私も反対よ!」
と続けざまに、聞こえた声は…そう…こ、この声は…このハスキーな声は…間違いないと思うけど…。鍛え上げられた前腕筋群、上腕二頭筋の筋肉が、順番に私の首に掛かった。
…やっぱり…あの人だ。
「の、野々村さん…。」
「いや~ん、ジョセフィーヌと呼んでと言っていたでしょう。」
192cmの背丈に7cmヒール…
逞しい大胸筋の前に、両手の指を交互に絡めるようにして組み、私にジョセフィーヌと呼んでと、見つめるこの人は…
1階に住む…野々村 大吾さん(本人はジョセフィーヌと言っているけど…)
自称…24歳(たぶん…かなり上だと思うんだけど…)
私の住んでるアパートの大家さん。
「あはは…」乾いた笑いしか出てこなくて、そんな私にもう一度雷が…
「葉月、これは猫や犬じゃねぇってことは…わかってんだろうなぁ。」
そう言って、理香さんは足元のダンボールと新聞の山を蹴りながら…バックからタバコを出すと…口に咥え
「おまえ…食われたいんか…」とひとこと言って、火を付けた。
私は、頭を横にめちゃめちゃ…振って否定したが、理香さんの据わった目を見て、青褪めてしまった。
マジ…理香さん…切れそうだ。
2年前…切れた理香さんを見た。
「あたし、今夜…虫の居所が悪いんだ。」とひとこと言って、2人の男の人をボコボコにしたあの鬼神が…また出てきそうで、つばを飲み込み「あの…」と言った私の横で、野々村さん…もとい
ジョセフィーヌさんが…
「理香ちゃん、女の子なんだから…そんな汚い言葉を使って、葉月ちゃんを追い込まないの。葉月ちゃん泣きそうよ。ごめんね、葉月ちゃん、理香は今日お店で嫌なことがあったらしくて、珍しく酔って私に迎えに来いって連絡してきたの。だから…ごめんね。」
「大吾!おまえに女の子って、言われたくねぇよ。男のおまえのほうが…料理も裁縫も…うまいんだから…こっちが惨めになる。」
そう言って、顔を歪め
「あぁ…悪かったよ…葉月。だが、葉月が男を連れ込むのは許さねぇぞ!」
「あっ…でも…」
そのとき…頭の中に…真っ黒な目を潤ませて見つめる、あの子犬の姿とこのカッコいいお兄さんが被った。だけど…理香さんにはお見通しで、
「この容姿だ。こいつは、ただのワン公じゃない。寧ろ…狼だろうよ。犬のような振りで近づいて…葉月、おまえなんか…パックンだ!」
「パ、パックン…。」
ほんのさっきまでそう思っていたから…思わず頷いてしまったが、でも…この人、すごく寂しそうで…このまま放っておくと、寂しさのあまり…
「ウサギじゃねぇーからなぁ。寂しくて…死んじゃうかも…なんて口にしたら、ぶん殴るぞ…。」
ぁ、当たりだ。理香さんは…超能力者か?!と思ったことが顔に出たのか…すごい目で見られてしまい、愛想笑いを浮かべ…小さく溜め息をついたのが…ジョセフィーヌ(大吾)さんに聞こえたのか…助け舟を出してくれた。
「理香ちゃん、今日はすごく冷えるらしいわよ。一晩ぐらいだったら…私の部屋に…」
「……泊めんのか…」
「と、泊めるんですか?!」
「もう…なにそれ…。この人、私の好きなタイプじゃないもの。襲ったりしないわよ。でも…今晩…彼は私と恋に落ちるかもしれないけど…」
「・・」
「・・」
「い、いやだ!!ここは、(そんな事、あるわけないでしょう。)って、突っ込みをいれるところよ~!!笑うところよ~」
そう…だ。笑わないと、ジョセフィーヌ(大吾)さんを疑う事に…
引きつった笑いをした私を横目でチラッと見た理香さんが、タバコを簡易灰皿に押し付けると
「大吾…、ぜっ~~たい!絶対!だぞ。襲うなよ。悲鳴が聞こえたら…お前の部屋をぶち破るからなぁ。」
「理香ちゃん…信じてよ。彼が私に一目惚れはあるかもしれないけど…襲ったりしない。」
「大吾…」
「はい、理香ちゃん。」
「一目惚れは…ない。」
「…はい。…理香ちゃん…」
ジョセフィーヌ(大吾)さんの大きな体が縮こまる姿に…
理香さんの大きな溜め息に…
私は申し訳なくて、
「あ…あの…ごめんなさい。でも私…」
葉月ちゃん、雨が降ってきたし…この人をこのままにしておけないわ。」
と言って、ジョセフィーヌ(大吾)さんは、新聞の山を掘り起こして、男の人を担いだ。
「すみません…私…」
「葉月ちゃん…大丈夫だから」
「葉月…。自分と重ねるなよ。」
ふたりの言葉に苦笑し、私は頭を横に降ると笑った。
…2年前。
私もこうやって、理香さんとジョセフィーヌ(大吾)さんに助けられた。ジョセフィーヌ(大吾)さんの背中で、ブランドのスーツを着た男の人が揺れているのを見て、確かに…ちょっぴり思い出したけど…
今は平気。
理香さんやジョセフィーヌ(大吾)さんがいるから…
…この男の人にも、今の私と同じように元気になって欲しいと、片方の靴がないその人の足元を見て、そう思っていた。