樹・・・フン。葉月・・・チク。
「ジョ…ジョ…セフィーヌさん?!」
ようやく、意識がはっきりした葉月ちゃんの一声はこれだった。
まぁ…俺も葉月ちゃんのことを笑えないが…
長いこと、ジョセフィーヌさんを見つめていた葉月ちゃんだったが…ぽつんと言った。
「…カッコいい…」
その声は、すごく小さな声だったが。俺にははっきりと聞こえた。
確かに…カッコいい。うん、確かになぁ…。
俺は、そっと葉月ちゃんを見た。葉月ちゃんは満面の笑顔で
「メチャメチャ、カッコいいです!いつものジョセフィーヌさんも大好きだけど、この姿のジョセフィーヌさんも大好きです!!」
ジョセフィーヌさんは、さっきまでうな垂れていたのに…葉月ちゃんに、そう言われて真っ赤になって、照れている。
やっぱり、葉月ちゃんの笑顔は無敵だなぁ…
一気に車内が明るくなった。
・
・
・
だが…なんか、面白くない。
なんで…ジョセフィーヌさんには…何度も…。
なのに…俺は一度も…ない。
いや…別にいいんだけど、そう別に…
そう思いながら、ぼんやりと流れる景色を見ていたら、耳に理香さんの大きな声が…いやその内容が俺の頭を殴った。
「大吾。今日は、葉月の彼氏と言う設定でいくから、葉月から離れるな。」
「私が…葉月ちゃんの?」
「ジョセフィーヌさんの彼女が私?!おおっ…きっとみんながうらやましがるよ。気分いい!」
彼氏…
葉月ちゃんの彼氏…
お、おい…なんだって?!
いや、それより今!葉月ちゃんは…今!なんて言った?!
『ジョセフィーヌさんの彼女が私?!おおっ…きっとみんながうらやましがるよ。気分いい!』
それって…嬉しいってことか?…嬉しいって…ことなのか…?
・
・
・
なんだよ…
俺は、体をシートに沈みこませながら…
「なんか…面白くない。」と小さな声で呟いた。
*****
彼氏なんて、始めてだ。
フラフラして迷子になりそうな私の保護者代わりなんだろうけど…響きがいいよね。
彼氏…
恋人…か…
うんうん、一気にテンションがあがる。頑張るぞ~!
本物じゃないけど、初彼氏のジョセフィーヌさんと…じゃない、今日は東条さんだ。東条さんと一緒に久住さんをバックから、サポートするんだ。あまりやくには立たないだろうけど、でも!そう…でもだ。いざと言うときに、私と東条さんがいますから、安心してと熱い眼で応援しよう。
拳を握り締めた私を…理香さんは微妙に顔を引きつらせ
「大吾…葉月を頼むぞ。あいつ…なんかヤバそうだ。」
ジョセフィーヌさんは…
「り、理香ちゃん…私、頑張るから!」
と重要な使命を命じられた兵士のように、ジョセフィーヌさんは何度も頷いていた。
あぁ理香さん…何を言ってんですか…と思いながら、
私は、久住さんに…
「もう…ひどいと思いませんか…久住さ…ん」と言って、言葉が詰まった。
ぼんやりと外の景色を見ている久住さんと、あの日、公園で酔いつぶれていた久住さんが重なったから…あの時のように、茶色い髪の間から…光るものが見えたわけじゃないのに…なにかが久住さんの心を沈ませている。泣いてはいない瞳だったけど、でも目元に悲しみの欠片の様な…苦しみの欠片の様なものが見えたような気がして…
由梨奈さんに…会うのが不安なのかなぁ。
今も、久住さんの心を占める女性って、どんな人なんだろう。
チクン…
あっ…チクンって…した。
私が久住さんを呼んだのに、黙り込んだ事を心配したのか、久住さんが心配そうに
「葉月ちゃん?」
と私を呼んだ。でも、うまく声が出ない私に微笑んで
「緊張してきた?…ごめんな。でも俺が絶対、君に嫌な思いなんかさせないから…あっ!…今日は…ジョセフィーヌさんが側にいるんだった。寧ろ俺が側にいたら…災いを呼びそうだよね。」
そう言って、笑った久住さんは…やっぱり元気がなかった。
いけない!私は久住さんの応援団なんだから…
「私は大丈夫です!久住さんこそ…大丈夫ですか?いつでも言ってください。私の手はいつでも、久住さんの背中を押せるように準備してますからね。」
「…背中を押す準備って…」と久住さんはそう言うとクスリと笑い、しっかりと私の手を取って
「この小さな手が見守ってくれるなら、俺…勇気が持てそうだ。」
パシン!!
「痛い!」
久住さんの頭を、理香さんが叩き
「樹…てめぇ…なにやってんだよ。葉月、言っただろう。こいつは、ただのワン公じゃない。寧ろ、狼だって。犬のような振りで近づいて…葉月、おまえなんかパックンだと…マジ食われるぞ!」
「えっ、なんですか?。犬だの、狼だの?」
「てめぇが、手の早いことを喩えたんだ。悪いかよ。」
「理香ちゃん…ケンカしないの…」
違うよ…違う。私なんか…久住さんから見たら…違うよ。それに久住さんは…
「あ…あの、久住さんは!」
「なんだ?!」
「なぁに…葉月ちゃん。」
理香さんとジョセフィーヌさんの声に、私は笑って
「久住さんが、私を女性として見るわけないじゃないですか。21になっても、子供っぽい私なんかと…ぜんぜん合わないですよ。」
そう言って私は、笑いながら久住さんを見た。
理香さんに叩かれて、乱れた茶色の髪の間から淡褐色の瞳が、大きく見開いたように見えた気がしたけど…もう、久住さんを見る事が出来なくて、視線を外し…
「いよいよなんですよ。理香さんもそんなくだらない事で、久住さんをからかったりしないでください。」
ジョセフィーヌさんは、黙って私を見て…
理香さんは、「バカ」と言って、眼を瞑り…
そして…久住さんは、また外の景色に視線を移し、私を見ていなかった。




