表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
キスをする5秒前~kiss.kiss.kiss~  作者: 夏野 みかん
2/67

第1章 【 葉月と樹 】  葉月・・・拾う。

「ヒェ~!!!ちょっと待った!!」


両手で男の顔を押さえ…唇を死守!!ぁ、危なかった。思わず…この人の世界に引きずりこまれるところだった。


「ハァハァ…あの私達1時間前に会ったんですよ。

それがなぜ、プロポーズされるんですか?!おまけになんで…キ、キ、キ…」


「…キス…してない。」


そのひとは、そう一言って…ずるずるとその場に腰を下ろし、ベンチに凭れると気だるそうに、茶色い髪をかきあげ、まだ酔いが醒めていないのだろう…潤んだ淡褐色の瞳で

「…酔いつぶれていたのを助けてもらった…お礼。」


「こ、この!!酔っ払い!!」



大好きな人から、言われたのなら、そりゃ狂喜乱舞でしょうが!

一時間ほど前に、小さな公園のど真ん中で、倒れている人からのプロポーズなんて、ただ恐いだけだよ。あぁ…何でこんな事に…。

人が倒れていれば…一応「大丈夫ですか?」と聞くのが人の道。

そう信じ、生きてきた21年。あぁ…見ない振りすりゃ良かった。


「と、取り敢えず!話せますよね、歩けますよね…じゃぁ、さよなら!」


「……」


「ちょっと…聞いてます?!」


「……」


「…って寝てるし…」


はぁ~もう溜め息しかでてこない。

10月の夜だもん、外で寝ても…凍死なんてないよね。このところ暖かいし…。

だ、大丈夫だよね。あっ!でも…テレビのニュースで夜半頃……雨って言っていなかった?


だいたい夜半頃って…いったい何時?!今は夜半頃なの?!

あぁ~もう~どうしよう。なんでこの人、公園で倒れてんのよ!

助けてやりたいとは思うけど…2階の私の部屋まで、まさかこの大きな男性を抱えて行くわけにはいかないし、いやその前に抱えるのは無理。

…いやいや!そもそも、6畳一間の私の部屋に、連れて行くわけいかないから。



はぁ~参った…。

私って…昔から、よく捨て犬、捨て猫に縁があったけど…今回は…マジ有り得ないよね。あぁ…こんな感じって、昔あったような…やっぱり公園で捨てられた子犬を抱えて…


…あれは…あぁ…そうだ…あそこにいた頃だ。


【 捨てられた子供が…動物を拾ってくる。】

その事を(愛情に飢えている子供)(心に深い傷が…)と、大層に考える人もいたけど…小さかったんだもの、そんな深い意味なんか、考えも…感じもしなかったんだけど…


だから…


いつも嫌だと言って、ずいぶんごねたはいたけど、先生が…困った顔で

『ここでは無理なの、わかるわよね。戻してらっしゃい。』

と言えば…結局最後は…頷いていた。


あぁ…でも…あの時は…頷けなかったなぁ…。

…あの子犬…右の前足に血を滲ませ、まるで涙を零すかのように…大きな黒い瞳を潤ませて、私に向かって、小さな声で鳴くから、私はどうしたらいいのかわからなくて、ずいぶん泣いて先生を困らせたよなぁ。



先生、今回は男…拾いました。でもこれは…さすがにマズイって、私も思います。



カッコイイお兄さん…。

悪いけど…ほんとに悪いんだけど、ご、ごめん!

そこのゴミ箱から、新聞でも拾って掛けておくから、風邪なんかひかないでね。


…し…死んだりなんかしないでね。

なるべく、綺麗なのを探すから…

今日の夕刊を探すから、恨まないで…


真夜中にゴミを漁る若い女…ほんと私って何やってんだか…

今日の夕刊…ないなぁ。今日のスポーツ紙でもいいよね。

お兄さん、これで我慢して…


スーツ、仕立てなのかなぁ?

…高級そうなスーツだよね。

…左胸の内側に…B・r・i・o・n・i (ブリオーニ)というロゴがある。

…こんな高いスーツを着ることが出来る仕事してるんだ。


あぁ…でも残念、ポケットが…破けている。


…えっ?


ええっ?!マジ?!…この人、靴の片方がない!!


背丈もあるし…顔だってカッコ良くて…恵まれた人生を歩んでいるみたいのに…

こんな人でも酔って忘れてしまいたいことがあるんだ。


公園で酔いつぶれ、挙句の果てには、痴漢まがいの行為…なんか可哀想な人


…って…いけない!いけない!

や、やっぱり、置いていくしかない。貞操の危機を自ら招くことなんてできない!申し分けないけど…無理、無理。




破けた高級スーツに…新聞。

それも裸のお姉さんが、手招きしている写真がついているスポーツ紙…

見なかったことにしょう。

そう…私は見なかった。気が付かなかった。

だ…段ボールもつけときますから…

…ごめんね。



段ボールと、卑猥な言葉と、裸のお姉さんたちが微笑む新聞の隙間から、長い指と前髪で半分隠れた顔が見えたけど…ギュッと目をつぶり、立ち上がった。



「・・・」



「えっ?目が覚めた?良かった、このまま、置いて行くのも……」


言葉が…その先の言葉が言えなかった。



長い指が小刻みに震え…茶色い髪の間から…光るものが見え…それはキラキラと光りながら、その人の鼻筋から口元へと零れてゆくのが見えた。


あの綺麗な瞳は見えなかったけど…

その瞳から零れ落ちた涙も綺麗だった。

すごく綺麗で、すごく切なくて…そっと顔に掛かる茶色い髪へと、手を伸ばし髪をあげると、淡褐色の瞳が…細くなり…目頭から涙が零れ、その姿は…あの時の子犬に見え…



「…うちに来る?」と言葉が自然に…出ていた。



淡褐色の瞳は一瞬見開いたが、心の内を隠すように瞼の下に隠し、もうその瞳を私には、見せてはくれなかった。


見られたくないんだ。涙を…心の中を…


でも目頭に残る、悲しみの欠片の様な涙を、拭ってあげたくて、そっと指を伸ばそうとしたけど、雨が…その涙を隠すように降り注ぎ、遠くのほうで雷鳴も聞こえ…空を見上げた時だった。



この場所に雷が落ちた。



「葉月…!男を連れ込むなんざぁ…100万年早えーぞ!!」


「ヒェ~!!」



それは隣人…松下 理香さんの雷だった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ