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キスをする5秒前~kiss.kiss.kiss~  作者: 夏野 みかん
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樹・・・我慢する。

婆様の小さなトゲをばら撒いた言葉に、彼女は笑って答えている。


なぜ、笑えるんだ?


確かに…一つ一つは我慢できる、でも、小さいとはいえ何度も傷つけられた心は、いつまでも平気でいられずはずはないだろう。


もう…聞くな!

もう…答えるな!

もう、もう…ばら撒かれたトゲを黙って、受け入れるなよ…。


…いつか、壊れてしまう。そう…いつか心が壊れてしまう。


葉月ちゃん…

どうして…そうやって笑っていられるんだ。



唇を噛んだ俺に、婆様が

「金曜日、楽しみにしているわ。」と、俺の肩を叩いた。


それと同時に葉月ちゃんが…

「楽しみにしてます!」


「は、葉月ちゃん!」


婆様は、ゆっくりと歩き出すと…振り返り

「そう…高宮さんも楽しみにしてくれるの…」と葉月ちゃんに言うと…、俺に向かって


「樹、今日は早く上がっていいわよ。あなたも…いろいろあるでしょうから…」

と笑うと…


「野田。レストラン街の開発会社とはどうなっているの…」と、もう興味をなくしたかのように、話し始めて、駅長室へと足を動かしていた。


遠ざかる婆様と野田の姿に、俺はなぜが惨めな気分だった。仕事は…やりたい。

何のためにアメリカで、MBA(経営学修士)を取ったんだ。


溜め息と混じって出た言葉は…

「駅周辺および構内の開発は…うちの会社だったのか…」



帰国して、まだ間もないとはいえ、俺は…社会人失格だなぁ。

なにもかもに自信が奪われていくようだ。

社会人としても…

男としても…

人としても…俺は…

いや、まだだ、まだ葉月ちゃんを…守ると言うことは出来るはず…


「葉月ちゃん!」


「久住さん!!!」


えっ?!葉月ちゃんの大きな声と、思いつめた顔に、なにかを言うつもりが、圧倒されて声が出なかった。


「…」


彼女は真っ青な顔で…

「あの、あのですね。私はお金に眼が眩み、理香さんやジョセフィーヌさんが、旅行に行くと言うことを利用して、夜勤をするつもりだったのです。でも、やっぱりそんな卑怯な事はいけないと思って断るつもりが…店長、勝手にシフトに入れていたんです!」


…いや、悪いけど…だから、俺とどう関係が?


突然、彼女の意味不明な言葉に俺が戸惑っていると、ようやくわかった彼女は…ハッとした様に

「すみません!でもその事が…金曜日なんです!」


「金曜日?、金曜日に夜勤のシフトが入っているってこと?」


眼を見開き、彼女は大きく頷いた。


「理香さんやジョセフィーヌさんがいないときに…嘘をついて働く事に罪悪感を感じ、断っていたのに勝手にシフトに入れられた。」


彼女は何度も頭を振った。


「金曜日…?あぁ…そうか、だったら婆様の誘いは、仕事があるからと断れるってことだ!!」


「ち、違います!!そこは違います!!」


「えっ?!仕事があるんだから…行かなくていいから…」


「いいえ!行きます!」


「…なんで…こっちはいいから…バイトに…「バイトは…行きません!」」


「葉月ちゃん!「だって!!だって…久住さん、泣いてたじゃないですか…」」


「葉月ちゃん…」


「キスをしないのは…その人のことがあるからでしょう…好きなのに、弟さんの許婚だから…諦めようとして…」


そう言って、俺の胸にそっと触れて

「ここが痛いんでしょう。開いたままの傷口から、ただ血が流れるのを見ているだけだと…死んじゃう。心が死んじゃう。」


「葉月ちゃん…君は…」


「私は…傷を縫ってもらったの…理香さんとジョセフィ-ヌさんに…だから…こうやって、体も、そしてこころも生きている。私が行く事で、傷が癒えるとは思えないけど…でも切っ掛けにはなるでしょう。だから…行かせてください。」


血…そうか…血が流れていたから、こんなに苦しかったのか…でも…もう…

「俺は…もう、いいんだよ。俺はもう…」


そう言って、俺は微笑んだつもりだったけど…葉月ちゃんは俺の顔を見て…


「それは…笑った顔じゃないですよ。それは……」

と言って、彼女が先に涙を零した。



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