夢見る昔話 結末編
「今までの話を聞いて全て分かりました。この事件の,真相が」
上杉さんはまず桃太郎に目を向けます。
「おそらく,桃太郎君の言っている事は本当でしょう。今までほとんど部屋から出ていない桃太郎君が,わざわざ桃子ちゃんを殺害するとは思えませんし,動機も無いでしょう」
次に,隣にいるおばあさんに目を向けます。
「そしておばあさんも,その足では桃子ちゃんを連れて川には行けません。出来るとすれば,せいぜい桃子ちゃんを縁側から庭に出す事くらいでしょう。そんなおばあさんには,桃子ちゃんを殺害する事は出来ないと考えるのが普通です」
上杉さんはそこで一度言葉を切り,人差し指をピンと立てます。
「では,一体誰がこの事件を起こしたのか。このような山奥に暮らしているみなさんの交友関係といえばほんのわずかしかいません。そしてその中に犯人がいるとしたら,おじいさん,先ほど挨拶をしたあなたのご友人としか思えないのですよ」
「そ,そんな。あのじいさんとは今日も一緒に仕事を…」
「えぇ、それは分かっております。理由は後でご説明しますので、お友達をここに呼んでいただけますか?」
「はい…」
「あ、念のためポチも呼んでください」
「は、はぁ……」
おじいさんはすぐに友達のおじいさんを呼びに行きました。
しばらくして、ポチを連れたおじいさんがやってきました。
「わざわざありがとうございました」
「いえ、それは別に…」
「早速ですが、少しお話をさせていただいても良いでしょうか」
「は、はい」
「本日、この家のお子さんである桃子ちゃんが何者かによって殺害されました。この事件は知っていますか?」
「え? い、いえ、今初めて聞きました」
「そうですか。では、このポチをこちらに連れてきたのは今日が初めてですか?」
「は、はい。そうですが…」
上杉さんはおじいさんにいくつかの質問をした後、ゆっくりと頷きました。
「やはり、犯人はあなたですね?」
「え?」
おじいさんはその言葉に目を丸くします。
それもそうです。
おじいさんにとっては寝耳に水のお話なのですから。
けれど、上杉さんは落ち着いて続けます。
「犯行の方法は簡単です。あなたの飼い犬であるポチをこの家に向かわせ、桃子ちゃんをその背中に乗せて川まで運ぶ。そこで桃子ちゃんを川に落とせば、おじいさんは完璧なアリバイを手に入れる事ができます」
「そ、そんな。私はやっていません。そもそも、何のために私が…」
「詳しいお話は署に戻ってから聞きます」
「そ、そんな……」
「ま、待ってくだされ上杉さん。私にはどうしてもそのじいさんが犯人だとは…」
「いえ、おじいさん。真実とはいつも残酷なものです」
「し、しかし……」
「さぁ行きましょうおじいさん。
……あぁそうだ。ポチの手綱はここで離してください。署には連れていけませんので」
「は、はぁ……」
おじいさんは全身の力が抜けたようにその場に膝をついてしまいました。
おじいさんの手から手綱が離れ、そして……
「―――やはり、そうでしたか」
「……へ?」
「すみません、おじいさん。本当の犯人があなたではない事は初めから分かっていました。目の前で無実の人が逮捕されそうになれば、真犯人自らが名乗り出てくれると期待したのですがねぇ。出てきてくださらないようでしたので、強引な手を使ってしまいました」
訳が分からず呆然と上杉さんを見上げるおじいさんに頭を下げ、上杉さんはゆっくりと振り返ります。
その視線の先にいるのは、おばあさん。
おばあさんの足元では、おじいさんの手から離れたポチがパタパタと尻尾を振っています。
「…あなたは先ほど、ポチの事は少し見かけた事があるだけ、とおっしゃいましたね。では、なぜおじいさんの手を離れたポチがあなたの所へ行くんでしょうか」
上杉さんの言葉に、静かに俯くおばあさん。
誰も何も言えず、黙っておばあさんの次の言葉を待ちます。
「…いつから、分かったんですか?」
「最初に不思議に思ったのは、この庭です。あなたはポチをこの中に入れた事は無いと言っていたのに、この庭にはポチの毛が所々落ちていました。犬に餌をあげるためのお皿も家の中にありましたので、あなたが嘘を言っていると思ったのです」
「…さすがは、刑事さんですね。私の拙い嘘なんて、すぐにばれてしまう」
「桃子さんを殺害したのは、あなたですね」
「……はい、そうです。こっそりポチに餌をやって、私に懐かせました。後は、先ほど刑事さんが言った通りの方法です」
「…動機を、お聞きしてもよろしいですか?」
上杉さんの言葉に、おばあさんはゆっくりと話し始めました。
「…もう、子育てに疲れてしまったんです。桃太郎は子供の頃、とても良い子でした。みんなの為に悪い鬼を退治しに行って、見事にやりとげて帰ってきました。あの頃はとても幸せだったんです。でも、桃太郎はその後しばらくして部屋から出てこなくなってしまいました。私が何を言っても聞いてくれなくなってしまいました。あんなに良い子だったのに、きっと私のせいです。私の育て方が悪かったのです。
そんな時、おじいさんが桃子を拾ってきました。私は最初こそ反対しましたが、すぐに気持ちを入れ替えて、今度こそ良い子に育ててあげようと努力しました。…でも、桃子は私の言葉を聞いてくれなくて、どんどんやんちゃに育っていきました。自分で動けるようになってからは、ちょっとでも目を離すとどこかへ行ってしまって、そんな桃子を追いかけているうちに足も動かなくなってしまって…。
でも、私が変わっても桃子は何も変わりませんでした。
私は、怖くなってしまったんです。子供の頃にあんなに良い子だった桃太郎をこんな風に育てる事しかできなかった私が、この子をきちんと育てる事ができるのかと。もしかしたら、大変な大人になってしまうんじゃないか、そう思ったら我慢できなくなってしまって…」
「ばあさん……」
「………」
おばあさんの悲痛な言葉を聞いたおじいさんは、呆然とするしかありませんでした。
桃太郎も、黙って何も言えません。
「おじいさんとポチには迷惑をかけてしまって、本当にすみませんでした。
刑事さん、今回の事は全て私がやった事です。他の人は何も悪くありません」
「…全てお話してくださって、ありがとうございました。……では、行きましょうか」
「はい……」
そして、おばあさんと上杉さんは山を下りていきました。
それからというもの、おじいさんは、おばあさんが戻ってきたらまた一からやり直すんだと言って、以前にも増して仕事に精を出すようになりました。
そして、桃太郎も外に出ておじいさんと一緒に仕事をするようになりました。
おばあさんが戻ってくるまでに、昔の姿を取り戻すのだとはりきっています。
それからさらに月日が経ち、おばあさんが戻ってきてからは3人で幸せに暮らす事になるのですが、それはまた別のお話……