We are German Navy
落書き。
ゴトン。
船が大きく揺れ、甲板上で待機していた私は、危うくコーヒーをこぼしかける。
整備員からの差し入れだったが、冬の海という環境を考慮して熱々なものを持ってきてくれた。
気遣いには感謝の一言しかなかったが、揺れる甲板の上では脅威の一つにもなる。
以前、コーヒーをこぼして足が軽い火傷になった事を思い出し、ふと自嘲の笑みが浮かんでくる。
「うわっ、熱っ・・・!」
犠牲者が一人。
二番機を務めるハンスだ。
「ご愁傷様」
と苦笑しつつ無線に吹き込む。
「全く・・・ルーキーばかり使って数を揃えるから、こんな下手くそな操船になるんだ。」
ハンスは、憤慨したように答える。
「確かに。これまで乗った船でも一番酷いな」
三番機のグスタフは、全くと言わんばかりに応ずる。
「しかたないさ。どこも人材不足なんだからな。大体、潜水艦が基本であるうちの軍では、空母なんてものこそがイレギュラーなんだ。
陸はともかく、海の方は全くと言っていいほど準備がされてなかったから、主力のUボートを生産するのが精一杯なんだから・・・そういうことさ」
ついでに捕捉させてもらうと、人材が未熟なのはここだけではなく、ドイツ水上艦隊の中で、最強と期待されていた戦艦『ビスマルク』も、同じ状況で英艦隊の攻撃を受け、沈んでいる。
陸や空では、最強を誇る国防軍も、海では非力でしかない。
英国への侵攻が頓挫したのも、これが一因と言っていい。
「だからと言って、納得は出来ませんよ。そんな連中に命を預けるのは俺たちだ。会敵する前に、操船ミスで沈んだ、なんてことになればギャグにしかなりません。」
「それも、とびっきりのブラックジョークにな」
ハンスの思いは切実で、私達全員も同感だった。
大荒れの大西洋。
雨は降っていないのに、今日はなぜか海は少々波立っている。
私達が甲板上で、いつ出撃しても大丈夫なように待機中なのは、もうじき地中海の入り口である英領ジブラルタルを通るからだった。
ドイツ海軍初の、航空戦隊である第一海軍航空戦隊は、数隻の駆逐艦が護衛についているものの、航空機による援護がない艦隊が、敵艦爆に対して非力なのは、インド洋における英軍が証明している。
小規模な飛行隊ならともかく、本格的な空爆に対しては、やはり戦闘機で迎撃したほうがいい。
第一海軍航空戦隊(ドイツには、戦闘機による航空艦隊のドクトリンを採用しており、空軍のものと区別するために海軍を付けている。)
は数隻の駆逐艦も所属し、ヴィシーフランス海軍が派遣した軽巡洋艦主体の小艦隊がさらに護衛につく。
窓から見れば、壮観ではあったが、
実際のところは余剰戦力が中心で、対潜戦が関の山といったところだろう。
対艦・対空戦闘は、私達艦上機が頼みとなる。
ここまで、護衛が少ないのは現在の情勢にある。
海軍は艦の大半を英国に対する通商破壊、つまり島国である英本土を締め上げるのに使っている。
残りも、本国防衛となっており、例え海軍の切り札と期待されていても、その直掩艦の整備には時間がかかる。
しかも、昨年の12月に日本が米国の真珠湾を空爆したことから、ドイツは、世界最大の超大国であるアメリカと戦争状態に突入する。
結果、ドイツは上陸を防ぐために、ヨーロッパ中の海岸に防壁を築き、なおかつ対空網の整備が必要となった。
結果、航空戦隊は現状の戦力のままを余儀無くされ、ヴィシーフランス海軍といった同盟国の支援なくして運用が難しくなっている。
「全く、懐がお寒いのはいつも通りか」
コックピット内で、私は独りごちる。
その時だった。
「レーダーに敵機、数は8。おそらく数からしてパトロール部隊と思われるが、注意されたし。」
無線に、オペレーターの冷静な声が流れる。
「我々は上がった方がいいか。」
「肯定。今すぐ出撃してください」
「了解した。」
実戦。
入隊以来、実戦から離れて訓練ばかりしていたことで、経験は一度もない。
唐突な形で始まる初陣。緊張しているのは私だけではないだろう。
「一報される前に、全機撃墜しろ。いいな。」
オペレーターとは違い、低く年齢を感じさせるこの声は、艦長であるエーリッヒ・シュタイナー少将のものと分かった。
艦長自ら・・・と驚くが、返答を忘れたのも一瞬のこと。「ハッ、無事にやり遂げて見せます」と無線に吹き込む。
いよいよ、出撃だ。
Bf109またはMe109と呼ばれるこの機体は、これまでドイツ軍の進撃する空を支えてきた、主力戦闘機である。
1935年に初飛行したBf109は、7年が経った今も改良を重ねて、ヨーロッパでの覇権を握っている。
唯一対抗出来るのは、イギリスの運用するスピットファイアのみ。それも最新のバージョンだ。
バトルオブブリテンでは、苦渋を舐めさせられたものの、当時イギリス空軍が使用していたレーダーは、ドイツでも運用されるようになり、彼らのアドバンテージは失われた。
結果、Bf109もここに至って面子を取り戻している。
Bf109の中でも、私の乗るのは艦上機用に開発されたタイプで、T型と呼ばれる。
バトルオブブリテンでは仇となった、航続距離の短さは改善され、アメリカ軍の運用する機体と同水準のものとなった。
ドイツが初めて開発する艦上機は、Bf109Fと同レベルの性能を持ち、スピットファイアに対して互角かそれ以上に戦える。
どんよりとした曇り空。
約500kmものスピードで飛びつつける機体には、激しい風が吹き付け、轟々と音がコックピットを支配する。
編隊は、形を維持し続けている。
「見つけた。」
黒い点にしか見えないが、間違いなかった。
「このタイミングでか、早いな」
私は、少し焦りを感じる。
「情報通りの数ですね。」
ハンスが応じる。
「レーダー様さまだな」
グスタフの声は、いつも通り冷めていたが、今回ばかりは、明るくしているのが分かった。
「仕掛けるんですか。一対二ですよ」
不安な声をあげたのは、4番機に乗る
オスカー。
私の部隊の中で最も若い、ひよっこである。
とはいえ、実戦を経験していないのだからひよっこという区別は不毛とも言えるが。
いつもオドオドした態度を取り、周りからは「臆病者」と呼ばれているが、パイロットとしての腕は確かだ。
「これ以上先へ行かれたらマズイ。
後続が上がるのを待つ余裕はない。
やるしかないさ。」
と私が返すと、
「マジかよ・・・」
という言葉とともにうめき声が聞こえた。
気持ちは分かる。
初陣だというのに、敵の数は二倍。
待機し、後続を待つべきだが、敵に母艦が見つけられる前に殲滅しなけれなならない以上、それは叶わない。
地中海は、イタリア軍の奮闘もあって制海権が枢軸国側にあるが、ジブラルタルに配備されている艦爆や戦爆は度々この海域を通過しようとする船に対し攻撃を加え、ドイツ・イタリア両国の船に損害を与えていた。
幾ら護衛がいるとはいえ、艦爆の編隊が群がってくるのは、悪夢でしかないだろう。
イギリスにとっても、ドイツ軍空母というのは、彼らの海を脅かす最大の脅威目標に違いない筈で、見逃すわけがない。
私達が成さねばならない任務だ。
自分に対して呟くと、私はスロットルを上げていく。
エンジンがうねりをあげ、速度は650kmを表示する。
敵の上に付き、私達は機体を降下させる。
距離は1キロもない。
緑色に塗られた流線形の機体。
見間違えようがない。スピットファイアだ。
900・・・800・・・700・・・
距離は一秒の間に驚くべき勢いで縮まって行く。
600・・・500メートルを切る。
今だ。
心の中でそう叫ぶと同時に、私はトリガーを引く。
機首に取り付けられた20ミリ機関砲が火を吹き、目標に対して忠実に向かう。
敵の機体に当たったが、撃墜できたかどうかは分からない。
私は、機体を少しばかり高度が下がるようにすると、一気に機首を上げて、急上昇させた。
二機が炎上しながら、まるで力尽きた鳥のように落下していくのを、スピットファイアのパイロットは見ていた。
直後近くを通り過ぎたBf109の機影を確認して何が起こったのかを悟る。
「ドイツ軍・・・!?、馬鹿な・・・」
反撃しようにも、敵機は自分たちの反対方向へ逃げ出しており、不可能。
反転して、迎撃しようとするよりも散開するのを選んだのは、単に密集していた方が危険だと判断したからだったが、結果的に隊の全滅を早める行為でしかなかった。
数の利すら失った彼らは、各個撃破されるしかない。
経験不足が招いた失態だった。
バトルオブブリテンで、本土への侵攻を断念させた英空軍だが、本土防衛に手一杯になっていたせいで、海外領土のことへは目がいかないというミスを犯した。
これが原因で、東南アジアにおいて日本に対して後手に回ることとなる。
香港は仕方ないにしろ、東南アジア最大の拠点であるシンガポールやマレーシアを失う事態を招いたのが、いい例だ。
地中海防衛の要になるジブラルタルには、スピットファイアを中心とした飛行部隊が派遣されたが、そのパイロットの多くは未熟な新人で占められていた。
隊長にしても、実戦経験が多少あるということで選ばれたに過ぎず、指揮など到底出来る筈もない。
彼等の部隊は、あまり戦力的な期待はかけられておらず、今回の哨戒任務も、飛行訓練を兼ねていたものだった。
総飛行時間は、100時間弱。
そのようなパイロットでも投入せねばならない状況にまで追い込まれていた。
それと比べると、ハンス達のほうは数年間に渡る飛行訓練を受けており、機体を自分の手足のように扱うことができる。
性能ではない、技量の差だった。
2つに分かれた部隊は、それぞれ繰り返される一撃離脱戦法で、各個撃破されてゆく。
1機・・・また1機と落とされて行く僚機にパイロットらはパニック状態となる。
しかし、それも長くは続かなかった。
部隊は、一方的な攻撃で全滅。
海には、彼等の存在を示す水飛沫が上がるのみだった。