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美莉の麻雀

作者: 葉月たまの

 あたしは神を見たことがある。

 局面は南4局、つまりオーラスだ。

 僅差でわたしがトップだった。わたしは親ではなく、このまま流せば勝てる、そう踏んでいた。

 わたしが中を落としたとき、それは起こった。

 スーアンコウツーイーソウダイスウシー単騎待ちの5倍役満。

 そのとき、わたしは最下位に転落した。

 彼はその役が炸裂する前までは、確かに最下位だった。それどころか降りまくりで、正直、この人あがる気ないのかと思ってたくらいだ。

 その人は一気にトップに上がった。

 そしてようやくあたしは気づいた。

 その人は、ずっと機会を窺ってたのだ、神の一撃を放つ、瞬間を。 


「うーっ、これじゃ、低いかあ、でも、ロン!」

「えーっ、美莉からのロン!? それだけは絶対避けたかったのに……」

「リーチピンフタンヤオ三色イーペーコードラ1、跳満だよ」

 あたしは泰子から点棒を受け取った。今日もトップだ。

 ここは白金高校麻雀部。今は部活の真っ最中、というわけだ。

「最近、美莉、打ち方変わったよね。昔はポンとか鳴いて刻んでいく形の典型的デジタル麻雀だったのに、今はなんと言うか、一撃が重たくなった」

「そ、そうかなあ、あはは。やっぱり、高い役、上がった方が気持ちいいしね」

「何だかんだ言ってる人もいるけど、あたしは好きだよ、今の美里のスタイル」

 色々言われてるのは知ってる。今のスタイルに変えてから、部内でのランキングが下がった。あたしは弱くなった、と言ってる人もいるくらいだ。落ちたるエース、それが今のあたしの、不名誉なあだ名だ。

 でも、いい。あたしは神の一撃を追及していく。あの人みたいに。だから、安い手のときは降りまくって、高い手が作れそうなときのみ勝負。一度勝負モードに入ったら、絶対降りず、その手を作りきってみせる。

 あがるときは絶対マンガン以上、それがあたしにかけた縛りだった。ヤクマンだって、多少無理でも狙えるときは積極的に狙っていった。

 神の一撃、それをわたしは極めてみたい。

「ねぇねぇ、泰子は神って、いると思う? 麻雀の神さま?」

「うん? あたしはデジタル派だから、そんなオカルトは信じないよー。美莉は信じてるの?」

「あたし、前にあったよ、神さまに」

「ねぇねぇ、格好いい人だった?」

 神というのは、比喩表現で、別に神さま本人と会った訳じゃないんだけどなあ。でも、その質問をされて、あたしは何故か三沢プロの容姿が目の前に浮かんだ。それを思ったまま、素直に伝える。

「うーん、そこまで考えたことなかったけど、でも、格好いい人だよ。そう言われれば、あたしの理想の人」

「美莉はその彼のこと、目指してるんだね」

「うん。今はプロだから、もう対戦できないと思うけど、でも、ずっと憧れの人だと思う」

「そっかぁ……でもね、美莉ちゃん?」

 泰子があたしをちゃん付けするときは、大抵何か、奥深いことを言うときだ。

 あたしは泰子の方を、うん、と見る。

「憧れは真剣だったらなおのこと、ただ遠くで見てるだけじゃ、満足できない、と思うよ」

 確かに。今は彼に全然追いつけないけど、でも、追いついた、と思ったとき、あたしはもう一度、彼と戦ってみたくなるだろう。


 三沢プロ、それが彼の名前だった。

 うちはおばあちゃんちが雀荘を経営していて、あたしも小学生の頃から麻雀をうっていた。

 といっても、それはネット麻雀で、おばあちゃんの雀荘で打たせてもらうようになったのは、高校に入ってからだった。

 高校でもその習慣は続き、そして高一の冬、たまたま来ていた三沢プロと対戦したのだ。

「こんな可愛いお嬢さんと同じ卓とは緊張するなあ」

 彼はそう笑っていた。あたしは曖昧に笑って、宜しくお願いします、とだけ挨拶した。

 そうしたら、彼はにっこり自然な笑みを返してくれた。

「でも、手加減はしないからね。そんなことしたら、君に失礼だ」

 そして、本当に手加減してなかったらしく、わたしは負けた。

 あの人、どうしてるかなあ。

 そんなことを考えながら、あたしはおうちに帰って、お風呂にのんびり入ると、パソコンをつけた。

 今日もネット麻雀で自分の腕を鍛えるつもりだった。

 でも、そこの大会の項目をチェックしたとき、あたしは、あっと声をあげた。

 そのネット麻雀の大会、エントリーしていたのだ、あの三沢プロも。

 よくネット麻雀の大会では、客寄せのためにプロを呼ぶことがあるけど、今回は三沢プロが招待されたのだろう。

 打ちたい、三沢プロと! 今のあたしじゃ、まだ全然だけど、今のあたしの実力でどこまで通じるか、試してみたい!

 しかし、問題なのは、その日付だった。ちょうどぶつかるのだ、本戦の日が、高校生の麻雀の大会で一番大きい、インターハイの日と。

 でも、予選をまず突破しないといけないし、今のあたしの実力じゃ、予選を突破できるとは限らない。

 あたしは少し悩んだあと、思い切ってその大会に、エントリーした。

 でも、予想は外れ、あたしは決勝まで勝ち残ってしまった。


「ごめんなさい、あたしをインターハイのレギュラーから外してください」

 部活に出てきたあたしは、硬い表情をしながらも部長に頭を下げた。何度も何度も。

「どうして? 何か理由があるの?」

「その日、ネット麻雀の大会の決勝があるんです。どうしても、どうしても、あたしにとって大事な大会で……」

「それはあたし達の夢、インターハイより、大事なことなの?」

 あたしは少しも迷いなく、頷いた。

「はい。自分の力、見て欲しい人がいるんです。だから、どうしても出たいんです」

 部長はやれやれ、と溜め息を吐き出した。

「いいわ、ならば、県大会はあたしたちだけで勝ち残るから、全国大会ではそんなわがまま、許さないからね。それと……」

「はい?」

「どうせ出るなら、白金高校麻雀部の代表部として、実力見せるだけでなく、絶対勝ってきなさい。負けたら、徹夜で特打ちしてもらうからね」

「はい!」

 許可は貰えた。あたしはふぅと息を吐き出す。

 泰子がにっこりとわたしに微笑みかけて、可愛らしくガッツポーズしてみせた。

「美莉ちゃん、勝ってきてね! あたしはインターハイ行くからそっちの会場にはいけないけど、いつでも心で応援してるからね!」

「まっかせといて!」

 あたしは泰子ににっこりと微笑んだ。よし、待ってろ、三沢プロ! 今度こそ、勝つぞ。


 あたしは決勝まで勝ち残った。いよいよ、三沢プロとの対戦だ。

 その前のインタビューであたしはこの大会に掛ける想いを語った。

「半年前、あたしは神を見ました。ですから、あたしはまた神を見るために、一撃一撃の破壊力を追及してきました。この大会でこそ、また神を見れるのではないか、と期待しています。この大会、勝ちます」

 あたしは三沢プロを見ながら言った。三沢プロはその視線に気づいてはいるんだろうけど、凛々しい、涼しい顔をして、無視している。

 最後に三沢プロのインタビューの番だ。三沢プロは口を開いた。

「神なんてオカルト、そんなものは存在しません。麻雀は勝った者が勝者。ただそれだけです」

 三沢プロのインタビューは短かった。あたしの言葉を真っ向から否定してみせた。

 でも、その神を見せてくれたのは、あなたなんですよ。

 あたしは口元を引き締める。否定するなら、今度はあたしが見せてあげれぱいい。神の存在を。

 絶対、勝つ!

 最終決戦の火蓋が、切って落とされた。


「嘘、これって……」

 東1局、第1打目。正直、最初にこんな役ができるとは思わなかった。

「ツモ。テンホウです……」

 あたしは牌をオープンにする。いきなりの役満だ。会場がざわめく。

 その後もあたしの好調は続いてた。

 南4局、あたしの大量リードで迎えた局面。誰が役満をあたしから直撃して上がらない限り、もう他の人の優勝はない。

 親は連荘すればまだ可能性あるけど、それだけ気をつければいいはずだ。

 そう考え、あたしは油断していた。その場には三沢プロがいた、ということを。

 三沢プロは染め手らしい。チンイツとかくらいくらってもそんなにいたくないけど、最後に直撃されるのを嫌ったあたしは、あたしが早々とマンズを処理することにした。1マンの牌を落とす。

 そのとき、三沢プロは冷静に告げた。

「ロン……」

 やられた、チンイツ、こんな早くに完成してたんだ。でも、例え跳満くらいくらっても、あたし、痛くも痒くもないし、まっ、いっか……。

「九連宝燈。9メンチャン待ち。役満だ」

 うそ……。役満!? また!?

 決勝で二度も役満が出たのだ。会場は大いにざわめく。これであたしの逆転負け、三沢プロの逆転勝利だ。

 あたしは思わずその席を立ち上がった。

 そして思い切り、三沢プロに叫んでいた。

「嘘つき!」


 嘘つき、やっぱり神はいるじゃない。あたしは再び、神の一撃を見た思いだった。

 試合後のインタビューを早々と切り上げて、あたしは大会の隅にあるベンチで一人泣いていた。

 これじゃ、勝ってこい、と送り出してくれた先輩にも顔向けできないし、あたし、また、神の一撃に、敗れた……。

「いたいた、ここにいたんだ、君、美莉ちゃんだよね?」

 顔を上げると、声を掛けてくれたのは三沢プロだった。

 あたしは思わず涙も引っ込んでしまった。

「三沢プロ!? どうしてここに? というか……あたしの名前……?」

「覚えてるよ、半年前の君との対戦。伸び伸びとした、素直な手を打つ子だなあ、と関心した記憶ある。それにすごく強いんで驚いた」

「ありがとうございます。でも、お世辞なんて……負けましたし……」

「お世辞じゃないよ、可愛いし、本当に強い子、だと思った。でも、今の君は、弱くなったね」

 その言葉にあたしは驚いた。

 今日あたし、あれだけ三沢プロを苦しめることが出来たのに、それでも三沢プロまで、あたしが弱くなったと言うんだ。

「あの日以来、僕の打ち方、相当研究してくれたみたいだね。僕の打ち方、そっくりだった。でも、それじゃ、駄目なんだ」

「……駄目?」

「君は君らしい麻雀を打つこと。自分の打ち方を極めたものが、結局一番強いんだ。素直でのびのびとしたポジティブな麻雀、それが君だ。君自身なんだ」

 その言葉であたしは何だか、半年間あたしに取り憑いていた妄執が祓い落とされていくのを感じた。

 あたし、今までずっと、自分らしさを見失ってたんだ……。

「ありがとうございます。三沢プロ……えっと……」

「君は将来何になりたいの?」

 あたしの言いかけた言葉をさえぎって、三沢プロは聞いてきた。えっ、何でそんなこと、今、急に聞くんだろ。でも、いいかな、この人にだったら、あたしの夢を告げても。きっと笑わないだろうし。

「あたし、なんになろうとか具体的な目標はないです。でも、麻雀の何か資格とって麻雀関係の仕事に、付きたいです」

「君が後輩になってくれたら、僕も張り合いが出るよ。早く可愛い後輩兼可愛いライバルが出来ること、僕、楽しみにしてるよ」

 そう言って、三沢プロは笑った。

 あたしも釣られて笑う。

 プロなんて敷居が高すぎる。それで食べ行くの大変だと聞いているし。でも、やっぱり麻雀のプロなりたいなあ。

 でも、今なら、その困難な道、チャレンジしてみてもいい気がした。

 あたしはさっき言いかけてた言葉を訂正して、やっぱり言うことにする。

 本当はあたし、三沢プロに、「あたし、半年間、ずっとあなたに憧れてました」と言うつもりだったのだ。

 でも、今は……。

「やっはりあたし、麻雀の打ち方を戻しても、三沢プロに憧れるのは辞めませんから」

 そして二人して見詰め合い、それから目を逸らして二人して赤くなりながら、最後に二人してプッと噴出して笑いあった。

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