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第5話 会いたい

「姉ちゃん、翔さんと別れたってどういうことだよ?」

明奈と母親の新居を訪ねた直人は、怒ったように明奈の顔を見る。

「どういうことって…どうしようと私の勝手でしょ!」

明奈も負けずにキツい言葉を浴びせる。

「こんなことにもう翔を巻き込むわけにはいかないでしょ…。翔、あとちょっとで大けがするところだったんだから…。」

明奈の表情は今にも泣きだしそうだった。

「だけど、このことは調停が終わったらすべて解決するだろ…!」

「そうだけど…私は誰とも結婚しないでずっとお母さんと一緒に生きていくって決めたの。だから、これ以上翔と付き合ってても意味ないの。」

「…姉ちゃん。」

「自分のこれからの人生についてよく考えてみたの。私はね、もともと恋愛も結婚もする気なんてなかった。今回の件で、お父さんだけじゃなく、お婆ちゃんや紘一とも関わって、結婚なんてするもんじゃないってことがますますよくわかったの。だから、私は原点に返って、やっぱり恋愛も結婚もしない道を選ぶ。」

確かにあのような家庭で育った明奈は、男性不審ぎみになり、中学生のころにはもう「わたしは一生恋愛も結婚もしない」と宣言していたのを直人は知っていた…。だが、翔と付き合い始めてからはそんな考えも変わったものだと思っていた。いや、きっと変わったのだろう。けれども…姉はせっかく開いた心をまた閉ざしてしまったのだと直人は思った。

「それにね、直人。」

「…?」

「私は本当にずっとずっとお母さんのそばにいたいの。お母さんのおかげで今の私があるんだから。お母さんには感謝してもしきれない。それは直人だってわかるでしょ。」

「うん…。でも、俺、翔さんのことはよくわからないけどさ…。翔さんと結婚したら絶対姉ちゃんは幸せだと思う。だって、そういう人だから、姉ちゃんは一生恋愛しない宣言をひっくり返して翔さんと付き合ってきたんだよな?」

「もう翔がどんな人であろうと関係ないの。私は結婚しないって決めたから恋人は必要ない。それだけ。私は一番安全で安心できて自由な人生を選ぶの。…直人は、結婚したいとか思ってるわけ?」

「まあな。まだ相手もいないけど…。」

「あんな醜い家族の姿見て、よくそんなこと思えるね。」

「姉ちゃんには関係ないだろ!」

「じゃあ、私のことだって直人には関係ないでしょ。はい、もうすぐお母さん帰ってくるからこの話は終わり。」

「ちょっと…姉ちゃん。」

「さあ、晩御飯作るよ。直人も手伝って!」

明奈はそう言うと、そそくさとキッチンへ行った。










「明奈ちゃんと別れた!?」

混み合っているファミレスで、翼が思わず大声を上げる。

「正確には、別れさせられたかもしれないけど。」

翔は、沙枝と翼に手紙のことを話した。

「明奈…ひどいよ。誰にも相談せずにこんなこと…。どうして…?」

沙枝は色々な感情が入り混じって泣きそうになった。

「それで…それからどうしたんだよ?」

「メールも電話もつながらない。それに、家に行ったら引っ越したって…。」

「アドレスと電話番号なら俺が教えるぞ。家だって調べれば分かるはずだ。」

「でも、明奈がそれを望んでいないんなら…。」

翔がそう言うと、翼は大きくため息をついた。

「翔…お前ってやつは本当に…。」

「翔君はこのままでいいの!?」

沙枝が悲しそうに尋ねる。

「僕は自分の気持ちを全然明奈に伝えてない。だからもちろん、このままで終われない。明奈と直接話さないと…自分の気持ちを伝えないと諦めることもできない。」

「だったら、やっぱり想いを伝えないと…私、明奈に電話する!日曜日なんだから、仕事で出れないなんてことないでしょ。」

沙枝がその場で明奈に電話をする。

「もしもし…」

「あっ、明奈。翔君とちゃんと話さなきゃダメだよ。翔君から事情聞いたよ。今ここにいるから…。」

「それは無理…」

「どうして…」

翼が沙枝の電話をそっと抜き取る。

「ちょっと貸してな…。」

「あっ、うん…。」

「なあ、明奈ちゃん、俺からも頼むよ。」

「ごめん…沙枝に頼まれても翼君に頼まれても無理なものは無理…」

電話口の明奈の声は震えていた。

再び電話が沙枝のもとに戻る。

「翔君、このままじゃ納得できないってさ。」

「沙枝、私ね、もう決めたの…。」

明奈は沙枝と、以前直人とした時と同じような会話をした。

「…明奈。」

「ごめん。1人にしてくれないかな…。沙枝には落ち着いたらまた連絡するからさ…。」

そう言って、明奈は電話を切ってしまった。

「もう…どうすりゃいいんだよ。」

翼は頭を抱える。

沙枝は電話で明奈が話していたことを翔に伝えてみる。

「…明奈の言いたいことはだいたい分かった。でも、僕、明奈の家族のことに巻き込まれてしまっただなんて思ってないよ。ただ、明奈の力になりたかっただけなのに…。それに、明奈は手紙に“私は翔を幸せにできない”って書いてた。だけど、僕は明奈と過ごした7年間本当に幸せだった。僕は明奈と出会うまで、家族と翼以外の人に対して自分に自信が持てなかったんだ。知っての通り、僕はバカで、男らしくなくて、頼りないし…。でも、明奈はありのままの僕を受け入れてくれた。「大好きだ」って言ってくれた。そしたら、不思議といろいろなことに自信が持てるようになった。…これからだって、明奈だと過ごせたら幸せだと思う。」

「翔…。」

「僕はね…明奈には明奈の好きに生きてほしいと思う。でも、やっぱり一度僕の気持ちをきちんと伝えないと諦めきれない。」

「だったら、何とかして気持ち伝えなきゃ。」

沙枝が口を開く。

「仕事場に行くっていうのはどうだ?」

翼がそう提案した。

「なるほど。でも、そういうストーカーまがいなのはちょっと…。何ていうか…明奈の意思で僕に会ってほしいって言うのかな…。」

「なんだよ、それ…。わがままなんだか、優しいんだか、訳分かんないぜ…。」

「頑張って何か別の方法を考えるよ。」

「わかったよ。でも、翔のバカな頭じゃ思いつくかわからないから、俺も一緒に考えてやる。」

翼が優しく翔の肩をたたく。

「もちろん私も協力するよ。」

沙枝も翔に微笑みかけた。










沙枝からの電話を切った明奈は涙が止まらなかった。幸い、母は出かけている。

「翔のこと思い出させないでよ…。会いたくなっちゃうよ…。忘れたいんだから…。」

明奈の気持ちに呼応するかのように、外では強い雨が降り出していた。


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