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第3話 縛り付ける家族

日曜日の朝、翔は翼と電話していた。

「明奈、大丈夫かな…? 今日実家に行くみたいなんだけどさ…。最近本当に元気なくて…」

「そりゃあ、あんなことがあったらな…。それにしても、翔まで元気なくしてどうする。」

「でも、こんな時に笑ってなんてられないよ。」

「だよな…。」

「…早く明奈の笑顔が見たいよ。…あのね、翼。話した方が良いのかどうか迷ったんだけど…。」

翔は、明奈の父親が訪ねてきたことを話した。

「…げっ、ずいぶんしつこい父親だな。それで翔、大丈夫だったのか?」

「うん、何とかね…」

翔は、翼と話し終えると今日は日曜出勤だからと言って仕事に出かけた。












…その頃、明奈と直人は車で実家に向けて出発した。

「姉ちゃん、こっちは何も間違ったことしてない。調停にでも持ち込めば勝つのは絶対に俺たちだ。だから何言われてもひるむことなんてないからな。」

「でも、調停なんて…」

「それはあくまでも最終手段だよ。とにかく向こうの言うことに怖気づいちゃダメだ。」











明奈と直人がそろそろ実家に着くかという頃…街を歩きながら、翼と沙枝が今回の件について話していた。

「それにしても、わざわざ翔のところにまで来るって、明奈ちゃんの親父、いくら何でもおかしくないか?」

「うん、確かに普通に考えると異常だと思う。だけど、あの家系を考えるとそうとも言えないの。」

「と言うと?」

「明奈の家はね、お父さんが次期社長って言われてる会社の役員で、お父さんのお父さん…つまり明奈のお爺ちゃんがお医者さんで、おじさんやいとこも医者とか弁護士とか立派な仕事についてたり、良い大学に入ってたりで、とにかく優秀な家系なの。」

「何かすげーな。」

「でもその分、世間体を強く意識する家系だって、高校の時に明奈から聞いたことがあって。それと支配的なところがあるとも言ってたような…。」

「そっか…。」

「明奈、大丈夫かな…。」

「それを聞いたら、俺も心配になってきた…。」

明奈の身に起こったことの重さを実感する2人。

「明奈、そんな家で育ってきたし、他にもいろいろあって、男性不審みたいなことになっちゃって…。でも、だからこそ、翔君は明奈にとってかけがえのない人なんだと思う…。」

「翔は天然ボケの天然記念物だからな。ちょっと変わってるけど、攻撃性とか支配欲とかとは無縁だぜ。明奈ちゃんの親父、翔に訳のわからないこと言い残していったらしいけど、まあ、あの二人が離れるなんてありえないだろうな。翔だって前に、ありのままの自分でいられるのは明奈ちゃんのおかげだ、みたいなこと言ってたし。…そうだ! 翔はな、この件が終わったら明奈ちゃんのプロポーズするつもりなんだよ。」

「本当に? やったね! あの2人が結婚したら絶対に幸せな家庭が作れるよ。…大丈夫。きっと何もかもうまくいく。」

沙枝は自分にそう言い聞かせ、親友の無事を祈った。












明奈と直人は実家に到着した。

中に入ると、父親と祖母が座っていた。

「なんだ、母さんはいないのか。」

父親は直人と明奈の顔を見るなりそう言った。

「どうして母さんを連れてくる必要があるんだ。」

直人がすかさず反論する。すると、父親が明奈に向かって口を開いた。

「おい、明奈。母さんを説得してくれたんじゃなかったのか?」

「えっ?」

「姉ちゃん、どういうこと?」

「こっちが聞きたいよ。私がお母さんを説得する訳ないでしょ?」

「ちぇ、お前の男は使えない野郎だな。」

父親は舌打ちをしつつ話を続けた。

「それとも、明奈…お前、ここに残って家のことする気になったか?」

「ちょっと待ってよ…。さっきの言葉どういうこと? …まさか、翔に? 信じられない! 翔にいったい何したのよ!?」

明奈は胸が張り裂けそうになった。

「とにかく離婚だ!親父には母さんと離婚してもらう!」

直人が自分の拳でテーブルをたたきつけた。

その時、話に聞き入っていた祖母が目を大きく見開き、口を開いた。

「そんなこと許しません。二宮家の名前に傷をつけるつもりかい。二宮家に恥をかかせるようなこと絶対にさせません!」

「お婆ちゃん、親父は母さんのことを殴ってたんだよ…。母さんがかわいそうだとは思わないの?」

「そんなの嫁なんだから当たり前だろ。夫に服従するのが嫁の務め。そうだろ? 私だって、そうやって二宮家の嫁としての役割を務めてきたんだ。それをあんたたちの母親は放棄しようして…なんてだらしない。」

その言葉を聞いて、明奈は心が折れそうになった。母親を侮辱するなんて許せない。悲しい。けれど、涙だけはこらえて…。

「お母さんは私の誇りだよ。お母さんを悪く言わないで…。」

祖母は、普段から母親に対して冷酷だった。いわゆる嫁いびりというヤツだ。それに、孫の中で唯一女の子である明奈にだけ家事の手伝いを言いつけるなど差別的な部分もあり、それなりに明奈の中に不満はあった。しかし、自分の欲しいものを買ってくれたり、手編みのマフラーや手袋を作ってくれたりと良くしてくれたことの方が多く、明奈のことは愛している様子だったので、祖母のことは決して嫌いなわけではなかった。そんな祖母が今は悪魔のようにしか見えない…。

「あんたたちはいったい家族を何だと思ってるんだ。あんたたちを大学に入れてやった立派な父親に向かって、離婚しろだなんて…。大学に入れたおかげで二宮家の人間として恥をかかずに済んだものを…。まあ、あんな大学、地方ではそこそこ名も通ってるみたいだけど、他の孫たちが入った大学に比べたら大したことないがね。」

「確かに大学を卒業させてもらえたことは感謝しなきゃいけないことですね。でも、私はともかく…専門学校に行きたがってた直人を無理やり大学に入れたのはお父さんとお婆ちゃんですよね!恩着せがましい言い方する資格あるんですか?」

「養ってもらったことには感謝しなきゃいけないですけど、俺たちには虐げられない権利や自分らしく生きる権利だってあります。それに、あなたたちこそ…家族をなんだと思ってるんですか!」

明奈と直人は負けずに対抗する。

「なんて聞きわけの悪い孫たちだ! こんな孫を育てた覚えは私にはないね。ところで、明奈、もう何回もお見合い話してるのは分かってるだろ。二宮家に恥をかかせることを考えるのはもうやめて、二宮家のためになることをしなさい。」

「その話はいつも断ってるでしょ…。」

今までは、何度断っても祖母は「そんなこと言わないで、もうちょっと考えてね。」と優しくたしなめるだけだった。しかし、今日は違う…。

「まさか、あの男と結婚するとでもいい出すのか?」

父親が口をはさんでくる。そして、祖母が父親にこう尋ねた。

「そうだ。アンタ、明奈の彼氏とやらを見てきたんだったね~。どんなヤツなんだい?」

「ああ、女みたいな顔したひ弱そうな奴だったよ。顔だけじゃなくて声まで女みたいだったぜ。仕事だって、どっかの会社で機械いじってるただの平社員みたいだしな。」

「まあ、そんな男と結婚なんて冗談じゃない。」

…自分のことを侮辱されるだけならまだしも、母を侮辱し、翔までも侮辱するなんて。明奈はもう耐えられず、涙を流して2階のかつての自分の部屋へと去ってしまった。

「姉ちゃん!」

直人も慌てて姉を追いかける。






明奈と直人は、もともと明奈の部屋だった場所で佇んでいた。学習机や参考書、漫画などが高校生の時のまま残されている。

「ごめん。絶対泣かないって決めてたのに…」

「姉ちゃん…もういいよ。調停を起こそう。俺たち何も悪いことなんてしてない。だから勝てる。もちろん、見合いなんてする必要もない。ちくしょー、何でこんなことに…。」

直人の心ももはや悲鳴を上げていた。

「母さん、俺たちのために今まで離婚しなかったんだよな…? 俺、昔聞いたことあるんだ…。母さんが子どもたちが自立したら離婚したいって、電話で誰かに話してたの。」

それは明奈も聞いたことがある…。だが、何と応えたら良いのか分からなかった。ただただ弟の肩を抱きしめる…。

母親は父親のこととなると悲しんでいた記憶しかない。だが、自分たち兄弟には溢れんばかりの愛情を注いでおり、2人ともそれをしっかり感じ取っていた。だからこそ2人は、父親のような人間には絶対にならない、母親のように人を大切にできるような人間になると子どもの頃から誓っていた。

「直人…そうかもしれないけど、今はそれを考えても意味がないと思う。また3人で笑えるように頑張ろう。」

2人で落ち込んでしまってはどうしようもない…。明奈は涙を拭いてそう言うと、弟の肩を強く抱いた。






…明奈と直人が階段を下りると、席には男性が一人増えていた。

彼を見た明奈は驚きで目を見開いた。

「明奈、アンタの見合い相手だよ。」

聞こえてきた祖母の声…。

「紘一君よ。子どもの頃仲良くしてもらってたでしょ。昔から立派だったけど、今でもこの年で部長候補だなんて言われててとっても優秀なのよ。二宮家の人間が結婚する相手としてこれ以上ふさわしい人はいないわぁ。」

祖母は紘一の方を見て、笑顔を浮かべた。

「やあ、明奈ちゃん…俺のこと覚えてる?」

その男…紘一は明奈に馴れ馴れしくあいさつした。

明奈は、昔からこの男が大嫌いだった。

自分の優秀さを鼻にかけ、自分より劣ってるとみなした人間を平気で罵るような人間だ。

特に、周囲に大人がいない時には、勉強の苦手だった直人を侮辱する言葉を、明奈あるいは本人に向かって口々に並べた…。

紘一を見る明奈の顔が次第に険しくなる。

姉の気持ちを悟った直人は、とっさにある判断をした。

「姉ちゃん、行こう。」

直人は明奈の手を引き、そのまま家を去ったのだった。そして、再び自分たちが住んでいる街へと車を走らせた。








その夜、明奈は翔に電話をした。

「話し合いうまくいかなくて、調停を開くことになっちゃった…。」

「そっか…。」

「これからいろいろと忙しくなりそうで、しばらく連絡取れそうにないんだ。」

「うん、仕方ないよ。」

「お父さんのこと、ごめんね…。翔をこんなことに巻き込みたくないのに…。」

「僕なら平気だから全然気にしないで。明奈の方こそ大丈夫? 」

「うん…、調停さえうまくいけばなんとかなると思うから。ありがとね。じゃあ、また今度ね。」

「おやすみ。」

「おやすみ。」

…とは言っても、その日、明奈は考え事が多くて眠りにつけなかった。




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