なーろっぱ世界の短編 婚約破棄とか聖女とかドアマットとか転生とか
愛のない生活 ~わたしたちには愛がわからないから真似しかできない~
初夜の席で夫がわたしに告げた。
「君を愛することはなさそうだ」
わたしも正直に答えた。
「わたしもです」
夫は何も動揺せず、少しホッとしたようだった。
「なさそうだ。と仰いましたが、そのわけは?」
「オレは、家族に愛された記憶がない」
「そうなのですか?」
「ああ。母は姉と兄を可愛がり、オレはスペアだったからな。しかもふたりとも美しかった」
そういえば、夫の姉も兄も亡くなっている。母も。
「わかります。わたしもですから。わたしの場合は妹ですけど」
「なるほど。だからわたしもです、か」
「ですが、問題ないのではありませんか?」
「そうか?」
「わたしもよくわからないので、愛とか」
「そうか。君にもよくわからないのか」
「はい。ですから、それを告げられても、夫婦をやめるつもりはありません」
「わかった。オレも同意見だ」
「初夜の手はずは教わっております」
「うむ。オレもだ」
というわけでわたしたちは初夜した。
翌朝。
殿方の裸をとなりに見たのは初めてだったので、恥ずかしかった。
夫も恥ずかしそうだった。
夫は、ベッドのうえで深々と頭を下げて謝って来た。
「昨夜は、あまりうまくできず申し訳なかった」
わたしも下げ返した。
「いえ、お互いはじめてなのでしかたありません」
「これで夫婦になったわけだが」
「はい。もう引き返せませんねお互い」
「といっても、君にもオレにも引き返す場所はないわけだが」
「そうですね」
夫の家は、夫しか子供がいないので、この家以外行くところはない。
わたしの実家は妹が婿をとるので、戻れない。
「では、どうしよう」
「そうですね……わたしたちは愛がわからないので、愛がある夫婦はできないですから」
「愛がない夫婦か」
「そうなりますね」
「だが、わざわざするなら愛がある夫婦のほうがいいのではないだろうか。あくまで一般論だが」
「当然ですね……ですが、どうすればいいのでしょうか?」
わたしたちはベッドの上で向かい合ったまま、首をひねっていた。
「改めて考えてみると不思議だな」
「なにがでしょうか?」
「オレも君も、愛がわからないのに、あるのは知っている」
「言われてみればそうですね。やはり、本やお芝居や人々のおしゃべりからいつのまにか知ったのでしょう」
「確かに」
「お芝居だったら、台本通りに演じればそれらしくなるのでしょうが……」
夫は、何か名案を思い付いたらしく、
「それだ!」
「それ、とわ」
「真似るのはどうだろう。つまり台本のない芝居をするのだ」
「それは名案ですね。人生は舞台と申すそうですし」
というわけで、わたしたちは二人で話し合って、愛あるいい夫婦の条件を列挙してみた。
人前でキスをするかしないか関しては真剣な議論になった。
ですが、ふたりとも本当な愛があるわけでもないのに、そこまでことさらひけらかすのは恥ずかしいのでやめました。
「思いのほか多いですね」
「うむ。こんなにあるとは思わなかった」
「ですが、わたしたちでもこれくらいは思いつくのですね」
「ああ、それも意外だった。愛がある夫婦というのは大変なのだな」
「愛があれば意識せずに出来るのでしょうが」
「愛と言うのはすごいものだな」
「本当にそうですね」
わたしたちはお互いの帳面に愛し合う夫婦の決まりを書き留めて。
そして、その通りにした。
夫は誠実だった。
わたしも誠実だった。
愛がある夫婦がやりそうなことを真面目にかつ淡々とこなした。
最初のうちは、しばしば決まりを忘れてしまったが、お互い気づけば注意しあった。
一日一回は二人そろって読み上げてるのを習慣にした。
夫はもともと飲み歩いたりしない人だったが、結婚したのでなおさらしなくなった。
夜会に招待されれば、ふたりで出席した。
互いにどんなに忙しくても、一日に一回は、お互いのために時間を作った。
結婚記念日には祝いあい、お互いの誕生日には贈り物を送った。
当然、贈り物をおくるにはお互いの好みを知らねばならない。
すぐ、わたしたちはお互いの好みを知った。
彼は、絵を描くのが好きで、特に静物画と風景画が好きだった。
だからわたしは、それを贈った。
わたしは読書と詩を書くのが好きで。
だから、夫は、わたしの好みそうな本や詩集をいつも贈ってくれた。
お互いの嫌なことが判れば、それはお互いにしなかった。
だから、わたしは夫を不快に感じたことがなかったし、夫も同じだった。
夜も。
お互いのきもちいいところを知り合い、それをかなえあった。
夫と体を重ねるのは、夫婦の義務ではあったけど、いつのまにか、きもちよいことになっていた。
夫も同じようだった。
結婚4年目で子供ができた。
最初は男の子。
2年後に女の子が生まれた。
わたしたちは愛を知らないので、子供を愛せなかった。
だが、愛がある夫婦なら子供にすることは全てしようと考えた。
わたしたちはもう一度リストを見直して。
新たに『愛ある夫婦なら子供にすることリスト』を作った。
わたしたちは丁寧に慎重にルールを守った。
夫は、庭の木にお手製のブランコを作った。
子供は飽きもせず、ブランコをせがんだ。
夫は、ねだられるがままに、何度も何度もブランコを押してやった。
子供はプディングが好きだった。
だから、わたしは子供を祝う時、泣いて帰って来た時には、プディングを作った。
だが、かわいがるだけでは、わたしの妹のようになるので、きちんと叱りもした。
女の子をいじめた時、妹のおもちゃをとりあげた時。
妹が兄のものを欲しがった時、友達にいじわるした時。
いけないことはいけないと諭し。
嫌われる人生は、何も残らないよ、と話した。
ふたりが、愛を知らない、わたしたちのようにならないように。
夫はいい夫としてふるまったので、当然、子供に関しては、わたしとの意思疎通をちゃんとしてくれた。
ふたりで、一日一回は子供たちについて話した。
子供に何か困難が起きれば、夫婦で知恵をだしあい、子供の意見も尊重し乗り切った。
娘が初めて人を好きになった時。わたしはそれを見守り。
その人との恋に破れた時、そっと側にいてやった。
息子が初めてかけっこに負けた時、夫は庭で、悔し泣きする息子と一緒に何度も走った。
息子が自分を追い抜いた時、大きくなったな、と抱きしめていた。
わたしは夫と子供たちのことを詩に書き。
夫は、わたしたちのことを絵に描いた。
わたしたちは、お互いのぐちをきちんと聞き。
疲れていればいたわり。
意見がぶつかれば、話し合った。
そして、すぐ結論に飛びつかなかった。
いつしか、わたしたちはおしどり夫婦と呼ばれるようになり。
息子と娘には、パパとママのような夫婦になりたい、と言われた。
わたしたちは笑い合った。
「オレ達わからないのにな、愛とか」
「そうですよね」
なんかおかしかった。
「ですが、ここまでみなさまがそう信じるのですから、最期まで続けましょう」
「そうだな。そうしない理由はない」
それに、いい夫婦の条件に従って生きていると、別に困ったことがなかった。
着慣れた服のように快適だった。
そのうち。
息子は何回か恋に破れたあと、知人に紹介された女性と恋におちて結婚し。
娘は自分でいいお相手を見つけて結婚した。
幸せそうな息子夫婦、娘夫婦を見て、わたしたちは感慨深かった。
「あいつらは、オレ達がわからなかった愛を知ってるのだな」
息子夫婦の子供が、あのブランコに乗っていた。
息子と息子の妻が、その背中を交互に押してやっていた。
娘の夫婦の子供も乗りたがり。
次にはブランコに乗った娘の子供の背中を、娘夫婦が押した。
「ええ……わたしたちのお芝居も、少しは役に立ったのかもしれませんね」
結婚して32年後。
息子は家を継ぎ、わたしたちは引退した。
王都郊外にちいさな屋敷を買った。
ここが終の棲家だというのは、ふたりとも一目見てわかった。
夫が絵に描きたそうな風景があちこちにあり。
わたしが詩を書きたくなるようなひらめきに満ちた場所だった。
ちいさな屋敷への引っ越しを終えた日。
わたしたちは庭をつれそって散歩していた。
いつもの習慣通り手をつないで。
ボロボロになってしまった帳面を見なくても、意識せずに決まり通りにわたしたちは過ごしていた。
「これで、いい夫婦を続けて見せる相手もいなくなったが、どうする?」
わたしは夫の、年老いて骨ばった手をそっと握った。
「いえ、ここまで来たのですから、続けましょう」
夫もわたしの手を、そっと握り返した。
「そうだな。君は言っていたな、最期までと」
庭の木々は赤く色づいていた。
わたしたちの足元で、かさかさと鳴った。
お互いの髪が白くなっても、わたしたちは愛がわからなかった。
だけど、夫がもしわたしより先に死んだら、わたしは泣くと思う。
なぜか、わからないけど、泣くと思う。
夫は、ぽつり、と言った。
「きっと、君がオレより先に死んだら、オレは泣くと思う」
夫は続けた。
「なぜかわからないけど、泣くと思う」
「わたしもです」
「そうか」
「では、お互いを泣かせないようにするしかありませんね」
「ああ、でも、本当にそうできるかもしれない」
わたしには、なぜ夫がそう言うかわかった。
愛ある夫婦の決まり事。
わたしたちが律儀に守って来た決まりの最後に書いてあるからだ。
愛ある夫婦は、死ぬ時も一緒。と。
たくさんの作品の中から、本作をお読みいただきありがとうございました。
最後までお付き合いいただけたこと、とても嬉しく思います。
少しでも心に残るものがあったり、何かを感じていただけたなら、
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別の物語も書いておりますので、もしよろしければ、そちらも覗いてみてください。




