第7話 名前
第7話を読んでいただきありがとうございます。
今回は、二人の距離が少しだけ近づく回になります。
名前を知り、言葉を交わす中で、
ただの偶然ではない“何か”が見え始めます。
ぜひ、その違和感も楽しんでいただけたら嬉しいです。
「……どこかで会ったこと、あります?」
如月レイナのその一言で、空気が止まる。
黒沢恒一は、わずかに視線を外した。
「……さあな」
とぼける。
覚えていないなら、それでいい。
あの夜のことは、別に大したことじゃない。
——そう思おうとした。
だが。
「……絶対、どこかで会ってる」
レイナは引かなかった。
まっすぐにこちらを見ている。
「顔、覚えてるタイプなんだよね、私」
「へぇ」
「……でも思い出せない」
少しだけ悔しそうに眉を寄せる。
その表情が、妙に“普通の女の子”に見えた。
「……まあ、いいだろ」
恒一は肩をすくめる。
「大したことじゃない」
「そういう言い方されると、余計気になるんだけど」
「気にすんな」
軽く流す。
本当は、少しだけ引っかかっていた。
覚えていないことじゃない。
それより——
(……なんで、また会ってる)
頭の奥に、あの数字が浮かぶ。
3、8、14、27、31、42。
あれで6億当てた。
そして今、またこいつと会っている。
(……出来すぎだろ)
偶然にしては、流れが綺麗すぎる。
⸻
「……じゃあさ」
レイナが一歩近づく。
「名前、教えてよ」
「……は?」
「知らないままって、なんか気持ち悪い」
逃げ場がない。
「……黒沢」
少しだけ間を置いて答える。
「黒沢恒一」
「……こういち」
小さく繰り返す。
その響きを確かめるように。
「普通の名前だね」
「普通だろ」
「うん、普通」
くすっと笑う。
その笑い方は、テレビのものじゃなかった。
力が抜けている。
どこか安心している顔。
「私は——」
言いかけて、止まる。
「……って言わなくても、知ってるよね」
「まあな」
「一応、名乗るべき?」
「どっちでもいい」
「じゃあやめとく」
軽い会話。
なのに、妙に心地いい。
⸻
「……競馬、好きなの?」
レイナが馬場の方を見る。
「昔はな」
「今は?」
「別に。たまに来るくらい」
「ふーん」
興味があるのかないのか、よくわからない返事。
「私はさ」
ぽつりと呟く。
「最近、勉強中」
「アンバサダーだからか」
「うん。でも……」
少しだけ言葉を探す。
「ちゃんと知りたいなって思って」
「何を?」
「好きになる理由」
その言葉に、恒一は少しだけ考える。
「……理由なんてねぇよ」
「え?」
「気づいたら、来てるだけだ」
「……そんなもん?」
「そんなもんだろ」
パドックを眺める。
馬が歩く。
観客がざわつく。
その中で、ふと感じる。
「……来そうだな」
「何が?」
「当たりだよ」
自分でも自然に出た言葉だった。
レイナが少し驚いた顔をする。
「わかるの?」
「わかるっていうか……」
言葉を探す。
「流れ、みたいなのがある」
「流れ?」
「説明できねぇけどな」
苦笑する。
今まで何度も外してきた。
それでも、たまに“来る感覚”がある。
そして——
今回は、それがやけに強い。
(……また、来るのか)
あの6億のときと、似ている。
根拠はない。
でも、確信に近い何か。
⸻
「……これ」
レイナがさっきの馬券を見る。
「さっきの、当たってた」
「ああ」
「すごくない?」
「たまたまだろ」
「でもさ」
少しだけ笑う。
「なんか、当たりそうって思って買ったんだよね」
「……へぇ」
その言葉に、引っかかる。
「直感っていうか」
「……」
沈黙。
同じだ。
理由はない。
でも“来る”と思った。
その結果が——
6億。
(……似てるな)
背筋が少しだけ冷える。
⸻
「……お前さ」
「ん?」
「よく当たるのか」
「全然」
即答だった。
「今日が初めて」
「……そうか」
余計に引っかかる。
初めてで当てる。
自分もそうだった。
⸻
「……黒沢」
「ん?」
「さっきのこと」
「何だ」
「誰にも言ってないよね」
「ああ」
「……よかった」
小さく息を吐く。
その顔は、やっぱりどこか疲れていた。
完璧なアイドルじゃない。
ただの人間。
そして——
どこか似ている。
(……こいつも、ズレてるな)
自分と同じように。
何かが。
⸻
「……なあ」
気づけば口が動いていた。
「お前といるとさ」
「何?」
「……当たる気がする」
言ったあとで、自分でも驚く。
レイナが、きょとんとした顔をする。
「なにそれ」
「いや、なんでもねぇ」
誤魔化す。
だが、感覚は消えない。
あの数字。
6億。
そして今。
(……繋がってる気がする)
偶然じゃない。
そんな気がしていた。
⸻
「……変な人」
レイナが笑う。
でも、その笑いはさっきより柔らかい。
「でも」
少しだけ間を置く。
「嫌いじゃない」
「……そうか」
短く答える。
それだけなのに、なぜか少しだけ救われた気がした。
⸻
その日、二人は長く話したわけじゃない。
名前を知って、少し会話をして。
それだけ。
だが——
確実に何かが変わっていた。
6億円という“当たり”。
競馬の“当たり”。
そして、この出会い。
バラバラだったものが、少しずつ繋がっていく。
「……偶然じゃねぇよな」
小さくつぶやく。
答えは、まだ出ない。
だが——
この流れは、きっとどこかへ続いている。
第7話を読んでいただきありがとうございました。
名前を知り、少しだけ繋がった二人。
そして浮かび上がってきた「当たり」と「違和感」。
6億円の当選、競馬の当たり、そしてこの出会い——
すべてが偶然とは思えない流れになってきました。
次回は、その違和感がさらに強くなり、
“確信”へと近づいていきます。
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