第6話 もう一度、偶然
第6話を読んでいただきありがとうございます。
今回は、少し意外な場所での再会になります。
偶然のようで、どこか引き寄せられるような出会い。
二人の関係が、少しずつ動き出します。
6億円を手にしてから、数日。
生活は変わったようで、何も変わっていなかった。
仕事には行っていない。
時間だけはある。
だが、やることがない。
「……暇だな」
黒沢恒一は、ソファに座ったままぼんやりと天井を見ていた。
テレビでは昼のワイドショーが流れている。
芸能人のスキャンダル、政治の話、どうでもいい話題。
その中で、ふと目に入った。
『如月レイナ、競馬アンバサダー就任』
「……またか」
思わず目を止める。
あの夜のことを、思い出す。
裏通路での、短いやり取り。
あの“素”の顔。
「……元気そうだな」
画面の中のレイナは、完璧な笑顔だった。
あれが本当なのか、あの夜が本当なのか。
わからない。
だが——
「……競馬、か」
その言葉が、少しだけ引っかかった。
⸻
気がつけば、競馬場に来ていた。
久しぶりだった。
独特の匂い。
ざわめき。
遠くから聞こえる歓声。
「……懐かしいな」
昔はよく来ていた。
負けて、負けて、それでもまた来ていた。
今はもう、無理してやる必要はない。
6億円ある。
勝つ必要もないし、負ける必要もない。
それでも——
この場所は、少しだけ落ち着いた。
パドックを眺める。
馬の足音。
観客の視線。
「……あの馬、いいな」
無意識に、口に出ていた。
理由は説明できない。
ただ、なんとなく。
そんな感覚でいつも外してきた。
「……やめとくか」
今日は、買わない。
そう決めていた。
⸻
人混みを避けて歩いていると、少し奥まった場所に出た。
スタンドの端。
人の少ない通路。
そのときだった。
視界の端に、見覚えのある姿が映る。
帽子。
サングラス。
周囲を気にするような仕草。
だが——
「……あれ」
すぐにわかった。
如月レイナ。
(……なんでこんなとこに)
競馬アンバサダー。
さっきテレビで見たばかりだ。
だが、これは明らかに“仕事”じゃない。
完全に、お忍び。
「……関わらない方がいいな」
小さくつぶやく。
あの夜、少しだけ関わった。
それだけで十分だ。
自分の人生に、あの人は関係ない。
そう思って、視線を外す。
その瞬間——
ひらり、と。
何かが足元に落ちた。
紙。
小さく折りたたまれたそれは、風に揺れている。
「……馬券か」
さっきの彼女の位置から考えて、間違いない。
一瞬、迷う。
見なかったことにするか。
そのまま通り過ぎるか。
——だが。
「……仕方ねぇな」
ため息をついて、それを拾い上げた。
⸻
「……落としたぞ」
声をかける。
レイナが振り向く。
一瞬、警戒の色。
「……誰?」
その一言で、理解する。
覚えていない。
(……まあ、そうだよな)
あの夜の数分間。
彼女にとっては、それだけのことだ。
「……さっき落とした」
それだけ言って、馬券を差し出す。
レイナはそれを受け取り、軽く会釈した。
「……ありがとう」
それだけ。
それ以上でも、それ以下でもない。
関係は、ない。
「じゃあな」
そのまま背を向ける。
それで終わるはずだった。
⸻
「……え?」
背後から、小さな声。
続いて、少し大きな声。
「え、ちょっと待って……」
足が止まる。
振り返ると、レイナが馬券を見つめたまま固まっていた。
「……どうした」
「これ……」
ゆっくり顔を上げる。
サングラスの奥の目が、はっきりと見えた。
「あっ……当たってる……!」
驚きと、少しだけ子供みたいな声。
「……マジか」
思わず口元が緩む。
自分は買っていない。
だが、なぜか少し嬉しかった。
レイナが、もう一度馬券を見る。
「ほんとだ……すご……」
さっきまでの警戒は、完全に消えていた。
その表情は、テレビで見るものとは違っていた。
自然な、驚きと喜び。
「……ありがとう」
今度は、しっかりとした声。
恒一をまっすぐ見る。
その視線に、少しだけ戸惑う。
「別に、拾っただけだ」
「それでも」
少し間を置いて、レイナが首をかしげる。
「……あれ?」
「ん?」
じっと見られる。
どこか探るような目。
「……どこかで会ったこと、あります?」
その一言で——
胸の奥が、わずかに揺れた。
⸻
覚えていないはずの相手が、
もう一度こちらを見ている。
偶然のはずの再会が、
少しだけ意味を持ち始める。
そして——
その“違和感”は、まだ終わらない。
第6話を読んでいただきありがとうございました。
まさかの競馬場での再会。
そして、またしても“当たり”に関わる出来事。
偶然にしては出来すぎている——
そんな違和感が、少しずつ形になってきました。
次回は、二人がもう少し言葉を交わし、
距離が一歩だけ近づきます。
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