第5話 誰もいない場所で
第5話を読んでいただきありがとうございます。
ついに、主人公とヒロインが直接出会います。
ほんのわずかなやり取りですが、
ここから二人の関係が動き始めます。
ぜひ最後までお楽しみください。
ライブが終わったあとも、しばらく動けなかった。
音の余韻。
光の残像。
あの一瞬の違和感。
「……帰るか」
ようやく立ち上がる。
周囲の観客は興奮気味に話しながら出口へ向かっていた。
「レイナ様やばくない!?」
「今日の神席、ほんと神だった!」
そんな声があちこちから聞こえる。
だが恒一の頭の中には、別のものが残っていた。
——あの顔。
完璧な笑顔の奥に、一瞬だけ見えた“空白”。
「……無理してるな」
もう一度、同じ言葉をつぶやく。
気のせいかもしれない。
だが、あれは見間違いじゃない気がした。
⸻
人の流れに乗るのが苦手で、恒一は少し遅れて会場を出た。
外の空気が、ひんやりしている。
夜。
ライブの熱とは別の、現実の温度。
人混みを避けるように歩いていると、ふと建物の裏手に出た。
明かりが少なく、人気もない。
スタッフ用らしい通路。
「……近道か?」
特に考えもせず、足を踏み入れる。
数歩進んだところで——
足が止まった。
人影。
壁にもたれるようにして、誰かが座り込んでいる。
細いシルエット。
長い髪。
「……大丈夫か?」
思わず声をかける。
その人物が、ゆっくりと顔を上げた。
そして——
息が止まる。
「……え」
そこにいたのは、
さっきまでステージに立っていたはずの——
如月レイナだった。
⸻
ライトのない場所で見る彼女は、別人みたいだった。
メイクはそのまま。
衣装もそのまま。
なのに、まるで“色”が抜けたみたいに見える。
さっきの圧倒的な存在感が、嘘みたいだった。
「……誰」
低い声。
警戒している。
「あ、いや……その……」
言葉が出てこない。
まさかこんな場所で会うなんて思っていなかった。
どうしていいかわからない。
沈黙が落ちる。
レイナは視線を逸らし、小さく息を吐いた。
「……ファン?」
「……たぶん」
自分でもよくわからない答えだった。
レイナが、わずかに眉をひそめる。
「“たぶん”って何」
「いや……詳しくは知らないけど、さっきのライブは見てた」
「……そう」
それ以上、興味を持つ様子はなかった。
立ち上がろうとするが、少しふらつく。
思わず、恒一は手を伸ばした。
「大丈夫か」
その瞬間。
レイナの目が、こちらを強く睨んだ。
「触らないで」
「……悪い」
すぐに手を引く。
空気が張り詰める。
普通なら、ここで終わりだ。
関わらない方がいい。
自分とは世界が違う人間。
そう思うのに——
足が動かなかった。
代わりに、口が勝手に動いた。
「……無理してるだろ」
自分でも驚くくらい、自然に出た言葉だった。
レイナの動きが止まる。
「……は?」
「さっきのライブ」
少しだけ、視線を合わせる。
「一瞬、顔が抜けてた」
沈黙。
時間が止まる。
次の瞬間、レイナの表情が変わった。
怒りでも、呆れでもない。
“驚き”だった。
「……見てたの?」
「いや、たまたま目に入っただけだ」
「……」
レイナは何も言わない。
ただ、じっとこちらを見ている。
その視線が、さっきまでの“アイドルの目”とは違っていた。
「……あんた、何」
「何って……ただのおっさん」
「……変な人」
そう言いながら、レイナは小さく笑った。
ほんの少しだけ。
ステージの笑顔じゃない。
自然な、力の抜けた笑い。
それを見て、恒一は少しだけ安心した。
「……そっちこそ」
「何」
「無理して笑うなよ」
また、言ってしまった。
レイナの表情が、わずかに揺れる。
「……」
言い返してくるかと思った。
怒られるかと思った。
だが——
「……うるさい」
小さな声。
それは、拒絶ではなかった。
どこか、力の抜けた響きだった。
遠くでスタッフの声がする。
「レイナー? どこー?」
レイナが、はっとしたように立ち上がる。
「……もう行く」
「ああ」
一歩、二歩。
歩き出してから、ふと立ち止まる。
振り返らないまま、言った。
「……さっきのこと、誰にも言わないで」
「言わねぇよ」
「……絶対」
「絶対」
短いやり取り。
それだけだった。
レイナはそのまま、光のある方へ消えていった。
⸻
一人残された場所。
さっきまでの静けさが戻る。
「……なんだったんだ」
ぽつりとつぶやく。
夢みたいな時間だった。
国民的アイドルと、言葉を交わした。
それも、誰もいない場所で。
しかも——
あの“素”を見た。
「……関わらない方がいいよな」
そう思う。
どう考えても、自分の人生には関係のない人間だ。
6億円があっても、そこは変わらない。
それなのに——
胸の奥に、何かが残っていた。
あの一瞬の笑顔。
あの声。
あの“うるさい”。
「……変な感じだな」
苦笑する。
そのとき、ふと気づく。
あの数字。
6億円。
そして、今日のこの出来事。
全部が、どこか繋がっているような気がした。
「……まさかな」
小さく首を振る。
だが、その“まさか”は——
これから現実になっていくことを、まだ知らなかった。
第5話を読んでいただきありがとうございました。
初めての接触。
誰もいない場所で交わされた、短い会話。
ですがこの出会いが、
二人の運命を大きく変えていきます。
次回は、少し不思議な形で再び二人が関わることになります。
“偶然ではない何か”を感じてもらえるかもしれません。
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引き続きよろしくお願いします。




