第17話 最初の一歩
第17話を読んでいただきありがとうございます。
今回は、小さな一歩を踏み出す回になります。
大きな成功ではありませんが、確かに前に進んだ瞬間です。
少しずつ動き出す流れを感じていただけたら嬉しいです。
事務所を立ち上げて、一週間。
部屋の中は相変わらず変わらない。
机がひとつ。
椅子が三つ。
パソコンと書類。
それだけ。
だが、空気は少し変わっていた。
「……何も来ねぇな」
黒沢恒一は、画面を見ながらつぶやく。
メール。
問い合わせ。
どれも静かなまま。
「まあ、そんなすぐには来ないでしょ」
佐倉美咲が淡々と返す。
「準備期間だと思って」
「わかってる」
わかっているが、落ち着かない。
時間だけが過ぎていく感覚。
それが一番きつい。
「レイナは?」
「配信の準備してる」
「……配信か」
今できること。
その中で出た答えだった。
テレビも大きな仕事も無理。
なら、自分たちで発信するしかない。
「まずは知ってもらうこと」
佐倉の提案だった。
レイナ自身も納得している。
だが。
(……戻れるのか)
ふと、そんな考えがよぎる。
あの場所に。
あの位置に。
だが、それを考えても意味はない。
「……やるしかねぇか」
立ち上がる。
部屋の奥。
簡単に作った配信スペース。
リングライト。
スマホ。
それだけの簡易的な環境。
レイナが、少し緊張した顔で立っていた。
「……どう?」
「いいんじゃねぇか」
適当な返事。
だが、本音だった。
派手さはない。
だが、余計なものもない。
「久しぶりだね、こういうの」
「……そうか」
「うん」
少しだけ笑う。
だが、その手は少しだけ震えていた。
「……大丈夫か」
「うん」
短く答える。
だが、完全に大丈夫ではない。
それは見ればわかる。
無理もない。
一度止まった場所に、もう一度立つ。
簡単なことじゃない。
「……最初は誰も見てねぇよ」
恒一が言う。
「だから気楽にやれ」
「それフォローになってる?」
「なってるだろ」
少しだけ空気が軽くなる。
そのとき。
「じゃあ、いくよ」
佐倉が声をかける。
配信開始。
画面にカウントが表示される。
3。
2。
1。
スタート。
レイナが、画面を見る。
一瞬だけ、間が空く。
そして。
「……こんにちは」
声を出す。
少しだけぎこちない。
だが、それでも。
「久しぶりです」
言葉が続く。
コメント欄。
最初は、何もない。
静かな画面。
数秒。
そして。
『え?レイナ?』
ひとつ、流れる。
続いて。
『マジで本人?』
『戻ってきたの?』
少しずつ、増えていく。
「……あ」
レイナが、小さく声を漏らす。
目が、少しだけ開く。
さらに。
『待ってた』
『元気だった?』
『嬉しい』
コメントが流れる。
ゆっくり。
でも確実に。
「……ほんとだ」
小さくつぶやく。
その声は、少し震えていた。
「見てくれてる人、いるね」
笑う。
今度は、さっきより自然に。
「ちょっと緊張してるけど」
「また、少しずつやっていこうと思います」
言葉が、しっかりしてくる。
空気が変わる。
止まっていたものが、少しずつ動き出す。
恒一は、その様子を少し離れた場所から見ていた。
(……いけるかもしれねぇな)
根拠はない。
だが、確かに感じる。
ゼロじゃない。
まだ終わってない。
その証拠が、目の前にあった。
「……どう?」
配信が一区切りつき、レイナが振り返る。
「……いいんじゃねぇか」
同じ言葉。
だが、さっきとは意味が違う。
「コメント、結構来てたよ」
「うん」
レイナが頷く。
その顔は、少しだけ明るかった。
ほんの少し。
でも確実に。
「……やれるかも」
小さく言う。
その言葉に、恒一は何も返さなかった。
ただ。
(……やるしかねぇ)
心の中でつぶやく。
そのときだった。
スマホが震える。
画面を見る。
通知。
配信の切り抜き。
拡散。
再生数が、少しずつ伸びている。
「……おい」
「ん?」
「これ、回ってるぞ」
レイナが覗き込む。
「……ほんとだ」
驚きの声。
まだ大した数字じゃない。
だが。
確かに広がっている。
「……早くない?」
「まあ、タイミングだろ」
そう言いながらも、内心は違った。
(……流れ、来てるか?)
あの力。
あの感覚。
まだはっきりとはわからない。
だが。
何かが、動いている。
いい方向に。
「……いけるかもね」
レイナが、もう一度言う。
今度は、はっきりと。
「……ああ」
恒一も頷く。
小さな一歩。
だが、それは確かに前進だった。
ここから。
少しずつ。
積み重ねていく。
まだ始まったばかり。
だが。
確実に。
戻るための道は、でき始めていた。
第17話を読んでいただきありがとうございました。
配信という形での再スタート。
ほんの小さな反応ですが、それが大きな意味を持つ一歩になりました。
止まっていたものが、少しずつ動き出しています。
ここからどう広がっていくのか。
そして、その流れがどこへ向かうのか——
次回は、さらに変化が見えてくるかもしれません。
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引き続きよろしくお願いします。




