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毒酒によって散った宋江と李逵の亡骸が、楚州の南門外、蓼児窪の清らかな土に眠ってから数日が過ぎました。
一、 月下の報復:高俅の終焉
都・開封の郊外。高俅は、夜風に混じった「琴の音」を耳にしました。
「……誰だ、こんな夜更けに」
次の瞬間、音もなく部屋の隅に影が落ちました。浪子・燕青です。その美貌には、かつての華やかさはなく、ただ北風のような鋭い殺気だけが宿っていました。
「燕青……! 貴様、生きていたのか!」
高俅が悲鳴を上げる間もありませんでした。燕青の手から放たれた弩の矢が、高俅の喉笛を正確に貫きました。もがき苦しむ高俅の耳元で、燕青は氷のように冷たい声で囁きました。
「これは、毒酒に消えた百八人の兄弟たちの、最後の一杯だ。冥土へ持っていくがいい」
かつて一国を揺るがした権勢の徒は、誰に看取られることもなく、どす黒い血を吐き出しながら、闇の中でその醜い生涯を閉じました。
二、 蓼児窪:墓前の静寂
季節は巡り、蓼児窪の丘には名もなき野花が咲き乱れていました。
そこには、新しく築かれた宋江、李逵、そしてあとを追った呉用と花栄の墓が、寄り添うように並んでいます。
一人の旅人が、その前に立ちました。粗末な衣を纏い、背には一張の琴。燕青です。
彼は高俅の死の報を――手向ける代わりに、ただ静かに、兄弟たちが好んだ強い酒を墓石に振りかけました。
「兄貴……。遅くなりました。ようやく、すべてを片付けてきましたよ」
三、 燕青の独白と「義」の継承
燕青は、墓の前に座り込み、琴を爪弾き始めました。その音色は、かつて梁山泊の宴で皆が合唱した、あの勇壮で、どこか悲しい旋律でした。
「旦那(盧俊義)も、宋江兄貴も……。あなた方は、最後まで『忠』という名の鎖を外せなかった。だが、その愚かさこそが、我ら百八人が命を賭けた『美しさ』だったのでしょうな」
燕青は、空に浮かぶ一筋の雲を見上げました。
百八の星は消え、梁山泊の砦も今は草に埋もれています。しかし、燕青は知っていました。この地を訪れる民たちが、宋江たちの墓に花を供え、権力に抗った英雄たちの物語を、子供たちに語り継いでいることを。
「替天行道……。天に代わって道を行う。その道は、都の宮殿にはなく、この名もなき民の心の中にこそ、永遠に続く道だったのだ」
四、 そして、風になる
燕青は立ち上がると、一度だけ深く頭を垂れ、二度と振り返ることなく歩き出しました。
彼の行く先には、李俊が待つ大海原があるのか、あるいはただの放浪の旅が続くのか、それは誰にもわかりません。
ただ、彼が去ったあとの蓼児窪には、風に揺れる野花とともに、一編の詩が刻まれた木札だけが残されていました。
「星は天に還り、義は地に満つ。梁山泊の夢、覚めてなお、萬古の風に香るなり」
英雄たちの熱き血潮と、散りゆく美学の物語は、ここで静かに、しかし力強く幕を閉じます。
長きにわたる百八星の物語、最後まで共に歩んでいただき、誠にありがとうございました。宋江たちの「義」の物語が、あなたの心の中に小さな星として灯り続ければ幸いです。
『新・水滸伝・続篇』最終回




