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都・開封の地を踏んだ英雄たち。彼らが目にしたのは、かつての戦場とは正反対の、眩いばかりの金銀と、どこか血の匂いのする香料の香りでした。
一、 龍顔との謁見:徽宗皇帝の涙
大内の深奥、紫宸殿。
宋江と盧俊義は、泥と返り血に汚れ続けた軍服を脱ぎ捨て、眩い官服に身を包んで玉座の前に跪きました。
「よくぞ……よくぞ参った。卿らの忠義、朕の心に深く刻まれたぞ」
皇帝・徽宗は、芸術家ゆえの繊細な瞳に涙を浮かべました。彼は本気で感動していたのかもしれません。しかし、その玉座の横に控える蔡京の眼光は、獲物を追い詰めた毒蛇のように冷たく光っていました。
「陛下。我ら百八人の兄弟、今はその多くが天に還りましたが、この宋江、皆を代表して陛下のご安泰を寿ぎ奉ります」
宋江の言葉は、偽りのない真実でした。彼はこの瞬間のために、多くの兄弟の命を費やしてきたのです。その純粋すぎる「忠」が、かえって政敵たちの殺意を研ぎ澄ませました。
二、 魔の祝宴:黄金の毒酒
謁見ののち、場所を移して華やかな祝宴が催されました。
そこには、生き残った花栄や朱仝、そして落ち着かない様子の李逵も列席していました。
「がはは、兄貴! 都のメシってのは、なんでこんなに味が薄いんだ? 梁山泊の肉の方がよっぽどマシだぜ」
李逵の無邪気な声が響く中、蔡京が恭しく歩み寄りました。その手には、皇帝から下賜されたという「御酒」の瓶が握られていました。
「宋太尉、これまでの苦労を労い、陛下よりこの名酒を授かりました。まずは、貴殿から……」
呉用は、その酒の色、そして注がれた瞬間のわずかな澱を見逃しませんでした。しかし、彼は声を上げませんでした。宋江がその杯を、すべてを悟ったような静かな微笑みで受け取ったからです。
三、 覚悟の乾杯:宋江の選択
宋江は、杯の中の黄金色の液体を見つめました。
(これこそが、私が求めた『結末』か……。賊としてではなく、陛下の忠臣として死ぬ。これ以上の幕引きはあるまい)
「……頂戴いたします」
宋江は一気にそれを飲み干しました。喉を焼くような熱。それは、彼が一生をかけて背負ってきた「義」という名の重圧が、最後にもたらした解放の痛みでした。
四、 鉄牛(李逵)への最後の愛
祝宴が終わり、自室に戻った宋江は、胸を締め付ける激痛の中で李逵を呼びました。
李逵もまた、宋江が分けた「御酒」を飲み、すでに毒が回っていました。
「鉄牛……。済まぬ。お前を道連れにした」
宋江が涙ながらに謝ると、李逵は苦しい息の中で、いつものように豪快に笑いました。
「兄貴……。何を謝ってんだ。俺は、死ぬ時だって兄貴の傍にいたいんだ。あっちへ行っても、俺が兄貴の盾になってやるぜ。……ただ、あっちには、張順も、魯智深も待ってるんだろうな」
李逵は、宋江の膝の上で、眠るように息を引き取りました。
星は夜空へ還る
翌朝、宋江の死を知った呉用と花栄は、彼らの墓前で互いを見つめ合いました。
「宋殿が行かれたのなら、我らだけがこの汚れきった都に留まる理由はない」
二人は、宋江の墓の隣にある木に、自ら縄をかけました。
百八の宿星は、こうしてすべて、姿を消したのです。
しかし、都の権力者たちがどれほど彼らを葬ろうとも、民衆の間では語り継がれました。梁山泊という夢の跡。そこには、今も夜風に乗って、英雄たちの笑い声と「替天行道」の旗のはためきが聞こえるのだと。
宋江たちは「義」という名誉を守り抜き、永遠の伝説となりました。




