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梁山泊の静かな弔いの夜が明け、霧の向こうから現れたのは、かつてのような討伐軍の鉄甲ではなく、黄金の刺繍を施した**「御使の船」**でした。
皇帝・徽宗からの直筆の感謝状と、生き残った将兵全員を都・開封へと招く招待状。それは、戦いに疲れ果てた者たちにとって、あまりに甘美で、あまりに不吉な響きを持っていました。
一、 黄金の親書:偽りの恩赦
御使は、聚義庁の壇上で厳かに詔を読み上げました。
「梁山泊の義士ら、四方の賊を平らげ、国を救いたる功績、万古に輝かん。朕は深くこれを愛で、卿らを朝廷の重臣として迎え入れる。直ちに都へ参じ、朕自らが授ける祝宴に列せよ」
宋江は、その詔を両手で捧げ持ち、深く頭を垂れました。
「過分なるお言葉……。兄弟たちの死も、これで報われます」
宋江の瞳には、かつての「忠義」が再び灯っていました。彼は信じたかったのです。自分たちが流した血が、ようやく国家に認められたのだと。
二、 呉用の予感:氷の如き冷徹
しかし、その傍らで詔を聞く呉用の心は、冬の湖底よりも冷え切っていました。
(……感謝状か。蔡京が、これほどの功臣を野に放つはずがない。これは招待状ではない。我らを一箇所に集め、根こそぎにするための『死の宴』への招待だ)
呉用は、生き残った朱武や燕青と目配せをしました。彼らの目にも、同様の警戒の色が浮かんでいます。しかし、一度「官軍」として戦い、朝廷の傘下に入った以上、この招きを拒めば、それこそが反逆の証となり、亡き兄弟たちの名誉を汚すことになります。
三、 燕青の去り際:最後のアドバイス
宴への出発を前に、浪子・燕青は主君である盧俊義に近づき、静かに言いました。
「旦那……。鳥がいなくなれば、良き弓は蔵にしまわれ、兎が死ねば、猟犬は煮て食われる(鳥尽弓蔵、兎死狗烹)。この都行き、私は同行しませぬ。旦那も、今すぐ官位を捨て、私と共に名もなき民として消えましょう」
しかし、律儀な盧俊義は首を振りました。「燕青、お前の気遣いは嬉しい。だが、私は宋江兄貴と共に、最後までこの『義』を見届けねばならぬのだ」
燕青は悲しげに微笑むと、その夜、誰にも告げず、一弦の琴だけを抱えて梁山泊を去っていきました。
四、 都へ向かう「亡霊」の隊列
数日後、宋江を筆頭とする二十七人の英雄たちは、かつての三十万の軍勢ではなく、一握りの随行員だけを連れて、都・開封へと向かいました。
彼らが纏うのは、新調された豪華な官服。しかし、その下にある肉体は傷だらけであり、魂は梁山泊の土に半分置いてきたかのように虚ろでした。
「兄貴、都に行けば、うめえもんが腹一杯食えるんだろ?」
李逵が、慣れない正装に身をよじりながら尋ねました。
「ああ、鉄牛。陛下がお前を待っておられるぞ」
宋江は優しく答えましたが、その視線は、遠く霞む開封の城壁の向こう側、そこに潜む蔡京たちの冷笑を見据えているかのようでした。
ついに都へ入る英雄たち。




