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激闘の地、江南から、命からがら生き残った者たちが辿り着いたのは、かつての熱気や怒号が消え去った、静まり返る梁山泊の砦でした。
そこには、かつて百八人が肩を組んで笑い、酒を酌み交わした「聚義庁」が、主たちの帰りを待つかのように、ただ黙然と佇んでいました。
一、 凍りついた空座
宋江が、よろめく足取りで広間へと入りました。
正面の壇上には、かつて百八人が名を連ねた「天罡地煞」の石碑が立っています。しかし、その前にあるはずの百八の椅子は、そのほとんどが空席でした。
秦明の座には、折れた狼牙棒が置かれている。
張順の座には、乾いた泥の付いた水軍の旗が立てかけられている。
解兄弟の座には、愛用の狩猟具が虚しく横たわっている。
宋江は、その空席の一つ一つに触れながら、声を殺して泣きました。「……皆、帰ってきたぞ。我が家へ。梁山泊へ……」
二、 湖上の野辺送り:李逵の沈黙
広場の中心では、生き残った李逵が、亡き兄弟たちの名を刻んだ木の位牌を、一つ一つ丁寧に磨いていました。
普段なら「死んだ奴を拝んで何になる!」と暴れるはずの鉄牛が、まるで壊れ物を扱うかのように、その太い指先を震わせています。
「張順……。お前の位牌、一番いい木の場所にしてやったぜ。ここなら、湖の音がよく聞こえるからよ……」
武松は、片腕で重い線香を焚き、その煙が空へ昇っていくのを、ただ無言で見つめていました。彼にとって、この煙の向こう側こそが、今や自分の「本当の居場所」のように感じられていたのかもしれません。
三、 呉用の最後の大記:宿星の名簿
総参謀長・呉用は、震える手で筆を執り、梁山泊の記録の最後の一行を書き加えました。
「義に殉じ、天に還る者、八十余名。残れる星、二十七。替天行道の旗、今ここにその役目を終えんとす」
呉用は、隣に座る朱武と目を合わせました。二人の知将は、もはや策を練る必要のないこの静寂に、深い虚しさと、そしてある種の解放感を抱いていました。
四、 替天行道の旗を、下ろす時
夜、砦の最高点。
宋江は、かつて自分が掲げた「替天行道」の大旗を見上げました。戦火に焼かれ、潮風に晒されたその布は、もはや襤褸のようでした。
「呉先生。この旗は、もうこれ以上、誰の血も吸わなくてよいのだな」
宋江の合図とともに、燕青が静かに旗を降ろしました。
その瞬間、梁山泊を囲む湖面から、無数の光る蛍が湧き上がったといいます。それは、散っていった好漢たちの魂が、ようやく戦いから解き放たれ、本来の星々へと還っていく姿でした。
百八の宿星が、それぞれの席を去りました。静まり返った砦で、生き残った二十七人は、自分たちが「英雄」としてではなく、「歴史の目撃者」として残されたことを悟ります。




