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水門を抜け、都の喧騒が遠のいた荒野。
冷たい夜風が、宋江の意識を現実に引き戻しました。
李逵の背中から降ろされた宋江は、泥の上に膝をつき、肩で息をしながら周囲を見渡しました。そこにいたのは、かつての煌びやかな義賊の姿ではなく、血と煤にまみれ、傷ついた獣のような仲間たちの姿でした。
一、 崩れ落ちた「忠義」
宋江は、自分を支える李逵の手を震えながら握り返し、集まった好漢たち――燕青、戴宗、そして傷だらけで後から合流した張順たちを、一人ひとり見つめました。
「……すまぬ。……すまぬ……」
宋江の口から漏れたのは、首領としての号令でも、皇帝への忠辞でもなく、絞り出すような謝罪でした。
「私は、間違っていた。私が求めた『忠』は、ただの自己満足に過ぎなかったのだ。私が都で黄金の椅子に座っている間、お前たちは泥を舐め、血を流し、私のために命を削っていた……」
宋江は地面の泥を強く掴みました。都で出された山海の珍味よりも、今、仲間の傷口から流れる血の匂いの方が、彼には耐え難いほど重く感じられたのです。
二、 「義」の重さ
宋江は、朦朧とする意識の中で、遠く燃える開封の空を見上げました。あそこには、まだ武松と魯智深が残っています。
「鉄牛よ……林冲よ……。私は、お前たちの『義』に生かされた。この命はもう、私のものではない。朝廷のものでも、陛下のものですらない」
宋江は、やつれ果てた顔を上げ、かつてないほど鋭い、しかし悲しみを湛えた眼光を放ちました。
「我らは、もう二度と『帰順』という言葉は口にせぬ。この国が我らを拒み、闇に葬ろうとするならば、我らは地の底まで堕ち、そこからこの腐った世を食い破る。……それが、私を救うために流された、お前たちの血への唯一の報いだ」
三、 泥濘の誓い
宋江は、李逵の肩を借りて立ち上がりました。体は震え、今にも倒れそうでしたが、その声には不思議な力が宿っていました。
「戻るぞ。……あの泥と鉄の砦へ。そこが我らの墓場になろうとも、百八の星が揃って燃え尽きる場所は、あそこしかない」
その言葉を聞いた好漢たちの目に、再び灯火が宿りました。
宋江が「首領」に戻った瞬間でした。しかし、それはかつての温和な及時雨ではありません。仲間の命という、あまりに重い負債を背負った、**「修羅としての宋江」**の誕生でした。
そして、夜明けの荒野。宋江一行は再び梁山泊へと歩み始めます。




