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「神行太保」――戴宗が、その自慢の足で開封から戻ってきたとき、彼の顔は雪よりも白く、眼には絶望の色が混じっていました。
焚き火を囲む李俊や林冲たちの前に、戴宗は崩れ落ちるように膝をつきました。
「……兄貴は、生きておられる。だが、あれは『生かされている』だけだ」
戴宗の報告は、好漢たちの心を凍りつかせました。宋江が黄金の檻の中で、高俅の冷酷な精神的拷問を受け、やつれ果てていること。そして高俅が、宋江を「裏切り者の象徴」として天下に晒そうとしていること。
「ふざけるなッ!!」
真っ先に吠えたのは、やはり**李逵**でした。
二丁の大斧を床に叩きつけ、凄まじい火花を散らします。
「俺は分かってたんだ! あの都の狐野郎が兄貴をまともに扱うはずがねえって! 呉先生、作戦もクソもねえ。俺が今すぐ都へ乗り込んで、あの金ピカの牢屋をぶち壊し、兄貴を担いで帰ってくる! 邪魔する奴は、皇帝だろうが神様だろうが、この鉄牛が叩き割ってやるぜ!」
血走った眼で飛び出そうとする李逵の肩を、呉用の羽扇が静かに、しかし鋼のように重く制しました。
呉用の眼光:『幻影の凱旋』作戦
「待て、鉄牛。……力だけで開封は落とせん。高俅の狙いは宋殿を殺すことではなく、梁山泊の『義』を汚すことにある。ならば、我々はその裏をかく」
呉用の瞳に、かつての智多星としての鋭い光が戻っていました。
「戴宗、お前の足が頼りだ。もう一度都へ戻れ。ただし、次は『噂』を運ぶのだ」
呉用は地図を広げ、集まった好漢たちに次々と段取りを指示し始めました。
一、 偽の降伏:林冲と李俊の役割
「林冲殿、李俊殿。貴殿らはあえて軍を引き、官軍に『梁山泊は内紛で崩壊した』と思わせよ。武器を捨て、逃げ惑う敗残兵を演じるのだ。高俅が勝利を確信し、警戒を解くその瞬間を待つ」
二、 都の闇:燕青の潜入
「浪子・燕青。お前は都の盛り場へ紛れ込み、李師師を通じて陛下の側近に『高俅が宋江を密かに毒殺しようとしている』という嘘を流せ。朝廷の内部を疑心暗鬼に陥らせるのだ」
三、 鉄牛の「隠し玉」
「李逵。お前は私と一緒に、都の西門近くにある廃寺に潜む。お前の出番は、宋殿を救い出した『後』だ。追っ手を一歩も通さぬ、死の門番となってもらう」
「いいか、皆。これは宋殿を救うだけの戦いではない」
呉用は、焚き火の火を見つめながら低く言いました。
「宋殿が守りたかった『忠』と、我らが守りたい『義』。そのどちらが正しいのか、都のど真ん中で高俅に見せつけてやるのだ」
「……面白い」
武松が、欠けた刀を研ぎながら不敵に笑いました。
「英雄ごっこは終わりだと言ったが……最後に最高の『芝居』を見せてやろうじゃねえか」
泥と血にまみれた砦の中で、再び「意志」が一つにまとまりました。
宋江を救うため。そして、梁山泊という星が燃え尽きる前に、最大級の輝きを放つため。
闇夜に紛れ、好漢たちは再び動き出しました。
目的地は、魔都・開封。
かつてない、そして最後となるかもしれない「大博打」の幕が上がろうとしていました。




