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都・開封で宋江が「黄金の檻」に閉じ込められているその時。
梁山泊の仮設の砦は、阿鼻叫喚の地獄と化していました。
高俅が送り込んだのは、正規の軍勢だけではありません。
「結界」が消え、むき出しになった島に襲いかかったのは、高俅の子飼いの刺客集団と、火砲を自在に操る別動隊でした。
一、 降り注ぐ火の雨
夜の闇を切り裂いて、対岸から無数の火塊が飛来しました。
「火を消せ! 筵を濡らせ!」
呉用の叫びも虚しく、仮設の砦の乾燥した木柵や筵の屋根は、瞬く間に火だるまとなりました。
泥を練り、汗を流して築いた砦が、音を立てて崩れていきます。
その火光を背にして、水際から這い上がってきたのは、漆黒の具足を纏った高俅の別動隊でした。彼らは名も名乗らず、ただ機械のように、動くものすべてを斬り捨てていきます。
二、 林冲、執念の槍
「……おのれ、高俅の犬どもが!」
林冲は、燃え盛る火柱の中から、鬼気迫る表情で飛び出しました。
彼の蛇矛は、もはやかつての優雅さを失っていました。ただ一人でも多くの敵を、一秒でも早く沈めるための、凶暴な破壊の具と化していました。
「皆、怯むな! 兄貴が戻るまで、この一歩を譲るな!」
林冲の周りには、すでに数十の骸が積み上がっていました。しかし、敵の数は減るどころか、闇の中から次々と湧き出してきます。
林冲の右肩には、敵の毒矢が深く突き刺さっていました。激痛が全身を走りますが、彼は槍を杖代わりにして立ち続けました。かつて禁軍で教えた誇りも、武人の礼節も、今の林冲にはありません。あるのはただ、宋江という「光」を失ったあとの、底知れぬ孤独と怒りだけでした。
三、 散りゆく星々
戦いは、もはや組織的な防衛を超えていました。
**李逵**は、四方を敵に囲まれ、体中に十数本の槍を受けながらも、二丁斧を振り回し続けていました。
「兄貴……まだかよ……。兄貴……!」
返り血で真っ赤に染まった李逵の目は、もはや敵の姿さえ捉えていませんでした。ただ、宋江が去っていった都の方角を、血の涙を流しながら見つめていました。
武松と魯智深は、背中合わせになり、押し寄せる波のような敵を迎え撃っていました。
「和尚、酒が切れたぜ」
「ふん、あの世に行けば、極上の蓮の花の酒が飲めるだろうさ」
二人の豪傑もまた、幾多の傷を負い、その呼吸は荒く、膝は微かに震えていました。
四、 泥濘の中の絶望
呉用は、崩れゆく砦の頂から、その惨状を凝視していました。
軍師として、あらゆる策を巡らせましたが、物理的な力の差、そして何より「首領不在」という精神的な空白は、あまりに大きすぎました。
「これが……高俅の真の狙いか」
高俅は、宋江を「忠義」という鎖で縛り付け、その間に、梁山泊の肉体(好漢たち)を、じわじわと削り取っていく。
宋江が都で贅沢な食事を一口運ぶたびに、島では一人の兄弟が泥の中に沈んでいく。
「宋殿……貴殿の信じた『忠』は、我らの『義』を殺しておりますぞ……!」
呉用の悲痛な叫びは、火薬の爆発音と、男たちの断末魔の中に掻き消されていきました。
泥と鉄の砦は、いまや血の池へと変わり果てようとしていたのです。




