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泥と鉄の砦から、ただ一騎で都・開封へと向かった宋江。
彼を待ち受けていたのは、罵声でも鎖でもなく、あまりに白々しく、そして寒気のするような「静寂」と「礼遇」でした。
これこそが、高俅という男が仕掛けた、もっとも残酷な罠の形でした。
一、 華やかな地獄
開封の門をくぐった宋江を、高俅は自ら出迎えました。
「おお、及時雨殿。よくぞ、陛下への忠義を示された」
高俅は、まるで長年の友を招くかのように、宋江を豪華な馬車へと誘いました。
宋江が通されたのは、地下の牢獄ではなく、豪奢な装飾が施された**「賓客の間」**でした。
床には西域の絨毯が敷かれ、机には山海の珍味が並び、美しい調べの楽が流れています。しかし、その部屋の窓には、芸術的な細工の奥に、太い鉄格子が隠されていました。
「宋江殿、まずは旅の疲れを癒されよ。陛下との拝謁は、日を改めて整えよう」
高俅はそう言い残し、立ち去り際に一度だけ宋江を振り返りました。その目は、獲物をじっくりと腐らせてから喰らう、毒蛇のそれでした。
二、 孤独の毒
宋江は、その部屋で三日三晩、放置されました。
誰も彼を責めず、誰も彼に触れず、ただ最高級の食事と酒だけが、音もなく運び込まれます。
「……何故だ。何故、私を裁かない」
宋江は、窓の外の月を見上げ、呟きました。
かつて梁山泊で、李逵や武松と泥にまみれ、焚き火を囲んだあの夜。
あの時、自分たちは「逆賊」でありながら、確かに「生きて」いました。
しかし、この華やかな部屋に閉じ込められた今の自分は、ただの「飼い殺しの獣」に過ぎません。
高俅の狙いは、宋江を「英雄」として処刑することではありませんでした。
宋江を贅沢の中に浸し、梁山泊の仲間たちが泥を啜って戦っている間に、自分だけが都で甘い汁を吸っているという**「噂」**を、天下に広めることだったのです。
三、 血に染まった「賜り物」
四日目の夜。
高俅が再び現れました。その手には、一つの漆塗りの箱が握られていました。
「宋江殿。貴殿の忠義に免じ、陛下より賜り物だ。……それと、島に残った貴殿の仲間たちからも、風の便りが届いている」
高俅が箱を開けると、そこには、梁山泊の仮設の砦から奪われた、血に濡れた**「替天行道」の旗の切れ端**が入っていました。
「貴殿がここで美味い酒を飲んでいる間、島では小競り合いがあったようだ。貴殿の居ぬ梁山泊は、もはや統率の取れぬ野犬の群れ。私の部下たちが、少しばかり掃除をさせてもらった」
宋江は、その旗の切れ端を震える手で掴みました。
「高俅……貴様……!」
「怒るな、宋江殿。貴殿は、彼らを見捨てて『忠義』を選んだのではないか。ならば、彼らがどうなろうと、貴殿の関わるところではあるまいて」
高俅の笑い声が、冷たく贅沢な部屋に響きました。
宋江は、自分が選んだ「忠義」という名の正しさが、仲間たちの命を吸い取って咲く、呪われた花であったことを、突きつけられたのでした。




