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戦いの火が消え、凍てついた大地に煙だけがくすぶっていた。
官軍を退けた好漢たちは、戦場のすぐ近くにある荒れ果てた村の廃屋に身を寄せた。壁は崩れ、隙間風が吹き抜けるが、今はその寒ささえ、自分たちが生きている証のように感じられた。
一、 凍える火を囲んで
焚き火を囲む男たちの顔は、煤と返り血で汚れ、疲れ切っていた。
巨大な体を丸めて焚き火にあたっていた**魯智深が、腰の瓢箪から酒を煽り、隣に座る武松**に差し出した。
「……武松よ。さっきの官軍の若造、死に際に母親の名を呼んでやがった」
魯智深の声は、いつもの豪放さが消え、ひどく掠れていた。
「俺の禅杖は、悪い奴の頭を砕くために持っているはずなんだがな。あいつの頭を叩き割ったとき、俺の心まで少しひび割れた気がしたぜ」
武松は黙って酒を受け取り、一口飲むと、遠くの闇を見つめた。
「和尚、それが『外』の世界だ。梁山泊の霧の中にいたときは、俺たちは英雄ごっこをしていられた。だが、あいつらが壊したのは結界だけじゃない。俺たちの『正義』という名の逃げ道も壊しやがったんだ」
二、 林冲の孤独
部屋の隅、柱に寄りかかって一人、槍の先を拭っていた**林冲**に、呉用が静かに近づいた。
「林冲殿。貴殿の槍、今日は一段と鋭かった」
「……呉用先生。私は、かつての部下たちを殺しました」
林冲は手を止めず、氷のような声で言った。
「今日の官軍の中には、私が禁軍で教えた顔もいた。彼らは私を『先生』と呼ぼうとして、そのまま息絶えた。先生、教えてください。私は高俅を憎んでここに来ましたが、私が殺しているのは、高俅ではなく、この国の未来ではないのですか」
呉用は羽扇を閉じ、林冲の隣に腰を下ろした。
「……我らは星の宿命を背負わされています。星は自ら光ることはできても、その軌道を変えることはできません。林冲殿、我らに許されているのは、どこで燃え尽きるかを選ぶことだけなのです」
三、 宋江の涙
廃屋の奥、月明かりが差し込む窓辺で、**宋江**は一人、地図を広げていた。しかし、その目は地名ではなく、虚空を彷徨っていた。
そこに、**李逵**が大きな足音を立てて入ってきた。
「兄貴! 何を湿っぽい顔してやがる。勝ったんだ、笑えよ! 次はいつ都へ攻め込むんだ?」
宋江はゆっくりと振り返った。その頬を、一筋の涙が伝っていた。
「鉄牛(李逵の愛称)よ。お前は怖くないのか。俺たちが、こうして一歩進むたびに、かつての仲間や、守るべきだった民の血で、この手が汚れていくのが」
李逵は大きな頭を掻き、不思議そうな顔をした。
「俺は馬鹿だからよ、難しいことは分からねえ。だけどよ、兄貴が『行け』って言うなら、そこが地獄の底でも俺は笑って行くぜ。兄貴が泣いてるなら、俺が代わりに怒ってやる。それでいいじゃねえか」
宋江は、李逵の汚れなき、しかし残酷なまでの忠誠心に、胸を締め付けられた。
「……そうだな。俺はもう、引き返すことはできない」
宋江は立ち上がり、焚き火の周りに集まる百八人の影を見渡した。
彼らは皆、傷つき、迷い、それでも宋江という「光」を信じて、この闇の中に留まっている。
「夜明けと共に砦に戻る」
宋江の声が、静かに廃屋に響いた。




