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闇の向こうから、無数の松明の火がうごめきながら近づいてきた。
それは、高俅が送り込んだ、血に飢えた官軍の伏兵――その数、三千。
雪を蹴立てる馬の蹄の音が、地響きとなって梁山泊の好漢たちの足元を揺らす。
「来たか……」
宋江が呟くのと同時に、呉用が扇を鋭く振った。
「各個、陣を敷け! 迎え撃つのではない、奴らの喉元を食い破るのだ!」
一、 咆哮の先鋒
最初に動いたのは、黒旋風・**李逵**であった。
「がたがた抜かすな、この小役人どもが!」
二丁の大斧を風車のように振り回し、李逵は官軍の最前列に真っ向から飛び込んだ。
鎧を断ち、盾を砕く。雪の上に真っ赤な血の花が次々と咲き乱れる。その背後から、**魯智深**が六十二斤の禅杖を振り下ろし、馬ごと官軍の将を叩き伏せた。
「阿弥陀仏! 地獄への道連れは、俺が引導を渡してやる!」
二、 氷の刺突
混戦の中、官軍の伏兵が宋江の本陣を狙って左右から包囲しようとした。
そのとき、暗闇の中から銀色の閃光が走った。
豹子頭・**林冲**である。
林冲の蛇矛は、吹雪を切り裂く一筋の雷光のようであった。
突き出されるたびに、官軍の騎馬兵が喉を射抜かれ、崩れ落ちていく。その顔は驚くほどに静かであった。かつて禁軍の師範として、自分を陥れた高俅の軍を、今、自らの手で屠っている。その皮肉な運命を噛みしめるように、彼の槍は一分の狂いもなく、死を運び続けた。
「高俅の犬どもに告ぐ。我が名は林冲。恨みは深い、命を捨ててかかってこい」
三、 宋江の決断
伏兵の指揮官、党世雄は、梁山泊のあまりの強さに戦慄した。
「おのれ、これほどまでとは……。全軍、引くな! 数で押し包め!」
しかし、宋江は馬上で冷静にその動揺を見抜いていた。
「花栄、あの指揮官を止めろ」
「御意」
宋江の傍らにいた小李広・花栄が、大弓を限界まで引き絞った。
放たれた一矢は、雪を切り裂き、闇を貫き、叫び声を上げようとした党世雄の兜の真ん中を射抜いた。
指揮官を失った官軍が、雪崩を打って崩れ始める。
四、 勝利の向こう側
激突は、刻が経つのを忘れさせるほど凄惨なものであった。
夜が白み始める頃、野には官軍の亡骸が点在し、梁山泊の旗だけが冬風にたなびいていた。
「……勝ったな」
李逵が返り血を拭いながら笑った。
だが、宋江の顔に喜びはなかった。足元に転がる官軍の兵士の顔を見た。彼らもまた、命じられるままに戦場へ駆り出された、この国の民に他ならない。
「これが、俺たちが歩み始めた道の正体か」
宋江の声は、勝利の凱歌ではなく、告解のように低かった。
結界を破り、外の世界に出た彼らが最初に手にしたのは、かつての同胞たちの血であった。
「兄貴、立ち止まってはいけません」
林冲が、血に濡れた槍を収めながら言った。
「高俅は、これを待っているのです。我らが罪を重ね、真の『逆賊』として世に疎まれることを。我らは行かねばなりません。この血の雨のその先へ」
宋江は、東の空から昇る寒々しい太陽を見上げた。
百八の星は、今や大地に降り立ち、その輝きを血の色に変えながら、深く、暗い歴史の渦へと足を踏み入れていった。
高俅との最初の激突は、梁山泊の圧倒的な武威を見せつけましたが、同時に宋江の心に深い影を落としました。




